株式会社 夏井&カンパニー

百囀集

夏井いつきが市井の佳句を一句鑑賞

  • ソーダ水浮かぶ島から制覇せよ  福熊猫

    季語
    ソーダ水
    季節
    三夏
    分類
    人事
    鑑賞
     「ソーダ水」に対するイメージは、年代によって違うのだろうと思いますが、ワタクシのような五十代の人間にとっては、緑色の液体に缶詰めのサクランボが放り込んである、あれが懐かしの定番。そして、お金や心に余裕のある時は、ささやかな贅沢としてアイスクリームを浮かべた「クリームソーダ」を注文したものです。
     一読「ソーダ水」の後に出現する「浮かぶ島」って、目の前にある島?と思うのですが、下五まで読み通してみると「浮かぶ島」が「ソーダ水」の中に浮いてるアイスクリームの比喩であることが分かります。まずは、この白くて冷たくて甘い「島」から「制覇せよ」という司令めいた表現には、「ソーダ水」を目の前にした愉快があふれていますね。
     「浮かぶ島」が、読み手の脳に一瞬、海の光景を思わせる仕掛けは、サブリミナル効果のように一句の世界に作用します。冒険を促すような「制覇せよ」という言葉と相まって、夏という季節を楽しむ心が弾ける作品です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2014年6月12日週掲載分)
  • キャンプだホイほし空見ながらはをみがく  山川凌平(松山市久枝小学校二年)

    季語
    キャンプ
    季節
    晩夏
    分類
    人事
    鑑賞
     いきなり「キャンプだホイ」で始まる愉快な一句。歯ブラシを持って踊り出しそうなウキウキ感は、まさに「キャンプ」という夏の季語の楽しさ。
     一度唱えればすぐに覚えられる、口ずさみやすい口誦性が、この句の特徴です。
     私も「キャンプだホイ」の歌を覚えて、星空の下でキャンプをしてみたいなあ。勿論、キャンプの荷物には歯ブラシを忘れないようにしなくちゃね!
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:第9回はぴかちゃん歯いく大賞 はぴか大賞)※学年は受賞時
  • 多産系の向日葵たちが立ちあがる  中原久遠

    季語
    向日葵
    季節
    晩夏
    分類
    植物
    鑑賞
     「多産系」の一語で、太い腰と健康的な笑顔を持ったイタリア人のお母さんを想像したものですから、中7「向日葵たち」という擬人化が気持ちよく飛び込んできました。
     「向日葵」の芯にはびっしりと種が犇めいています。一本の「向日葵」に育つ種の数。「たち」の一語によって広がる向日葵畑。「多産系の向日葵たち」という詩語は、圧倒的に豊かで明るい光景を読者の眼前に立ち上げます。太陽の恵みと大地の熱によって種は熟していきます。「多産系の向日葵たち」をさらに力強くしているのが、下五「立ちあがる」という複合動詞。
     むくむくと、めりめりと育っていく「向日葵たち」の生きる力が眩しく逞しい作品です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2018年6月発表分)
  • 学校は城址夏木立迫る  じろ

    季語
    夏木立
    季節
    三夏
    分類
    植物
    鑑賞
     「学校は城址(しろあと)」に建っているというのですから、古い歴史のある学校、かつては藩校だったのかもしれませんね。小高い丘に聳える山城も、平地に築かれる平城も、城とは町の真ん中にその偉容を誇るものですから、この学校も町の真ん中なんだけれど、堀之内の緑に囲まれた静かな環境にあるのでしょう。
     前半の措辞だけでこれだけの内容を伝え得る言葉の経済効率も見事ですが、後半の「迫る」という動詞の選択が巧いですね。樹齢を重ねた木々、校舎にかぶさらんばかりに広がる木陰、教室に吹き込む涼やかな風、それらを一気に感じさせるのがこの動詞の効果。百年前も今も変わらない「夏木立」の風が読み手の心に届きます。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2013年6月6日週掲載分)
  • ぬけたははにゅうどうぐものかけらかな  赤星咲太朗(西条市立大町小学校一年)

    季語
    入道雲
    季節
    三夏
    分類
    天文
    鑑賞
    「ぬけたは」は小さな乳歯でしょう。毎日丁寧に磨いてきた乳歯がある日突然抜けるということは、子どもにとって大きな事件です。
     抜けたばかりの乳歯は、瑞々しい色をしています。眼前にむくむくと育つ入道雲のかけらがそこにあるかのような透明感です。
     さっきまで自分の歯であったものをしげしげと眺める好奇心、まるで「にゅうどうぐものかけら」みたいだよという発想力が、こんなに瑞々しい作品になりました。
     小さな「は」と大きな「にゅうどうぐも」の遠近感が、一句の映像をしっかりと創り上げます。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:第11回はぴかちゃん歯いく大賞 はぴか大賞)※学年は受賞時
  • 炎天の角を曲がるとはや戦前  可不可

    季語
    炎天
    季節
    晩夏
    分類
    天文
    鑑賞
     「炎天」という季語が持つイメージワードを思い出してみましょう。「炎天」というのは単に暑い夏の気象状況を述べるだけではなく、ある種のイメージを読み手に想起させる力を持っているのです。
     この「炎天」の下の、あの「角」を「曲がると」……という提示は、様々なイメージワードを一気に引き出してきます。渦巻く想念の中に、「はや戦前」という言葉は楔のように突き刺さり、今年の「炎天」をさらに怖ろしいものにしていくのです。
     最後に、作者のコメントも附しておきたいと思います。 ●こうやってあの夏の続きが始まるのだと思うと、悔しくて恐ろしい。/可不可
     
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2014年7月10日週掲載分)
  • 阿部定の声なき笑ひ日日草  吾平

    季語
    日日草
    季節
    晩夏
    分類
    植物
    鑑賞
     阿部定事件を描いた映画『愛のコリーダ』(大島渚監督)を観たのは、大学生三年の夏だったか? 映画好きの友人に連れて行かれ、どんな映画なのかも知らずに見始めたから、いきなりの場面に目玉ぶっ飛び! 見終わった時、もうぐったりだったけど、友人は「いつきちゃん、せっかくだからもう一回観る?」なんていうんで、二度吃驚。彼女は、結局映画の仕事をするようになり、今になってみればナルホドねえと納得する次第なのですが(苦笑)。
     後にも先にも一度っきりしか観てない映画ですが、あまりに強烈で、小さな場面が脳の襞にこびりついているのを、この句に出会って再認識しました。実話をもとにした映画だそうですが、実話というのが実は最も怖いのかもしれません。定役をした女優さんはどなただったか? たしかに「声なき笑ひ」を静かに浮かべておられました。凄惨な事件を起こした「阿部定」という女性の日常にも、「日々草」は小さな花を咲かせていたのでしょうね。
     改めて、「日々草」はほのぼのと明るいだけの花ではなく、日常の向こうに口を開けている影の存在も知っている花であるよと、生々しく思い知らせてくれた一句です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2013年7月4日週掲載分)
  • 擦れ違う日焼の群れの塩素臭  江口小春

    季語
    日焼
    季節
    三夏
    分類
    人事
    鑑賞
     一瞬の実感を切り取った作品です。
     「擦れ違う」という複合動詞は、人物と人物の短い時間の動作を描写。どんな人物と擦れ違ったのだろうと思った瞬間、「日焼の群れ」というフレーズが出現します。作者の側は一人、向こうからやってきたのは見事に「日焼」した一団。光景が明確に再現されています。
     そして、最も誉めたいのが下五。「日焼の群れ」と擦れ違う瞬間、「塩素臭」がしたという嗅覚です。体から髪から匂ってくる「塩素臭」は、長い時間プールで泳いだ人ならではの特徴。
     「日焼の群れ」とありますから、中学や高校の水泳部ではないかと読みました。同じ「塩素臭」を匂わせている可能性としては、オリンピック選手とかも想定できますが、彼らは立派な屋内プールで練習しているでしょうから、「日焼の群れ」という表現にはならない。プール帰りの親子の可能性も考えましたが、その賑やかな明るさに対して「日焼の群れ」という措辞はニュアンスが違いますね。
     「擦れ違う」という時間を切り取りつつ、「日焼の群れ」という人物たちをリアルに想像させる言葉の選択。さらに、その「日焼の群れ」が発する「塩素臭」を瞬間的にキャッチする嗅覚。俳人らしい鋭敏なアンテナが、日常の何気ない出来事を見事に切り取りました。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2017年5月18日週掲載分)
  • 石竹や残留孤児の名は菊枝  一走人

    季語
    石竹
    季節
    仲夏
    分類
    植物
    鑑賞
     石竹という季語の中には、中国のイメージと日本のイメージが綯い交ぜになっているところがあるんですね。
     残留孤児の名前が「菊枝」とだけわかっている……そういうところに取り合わせを持ってきた意欲作です。
     石竹の花の可憐さが、どこか切なくもあります。
     
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2006年5月26日放送分)
  • 貝殻の奥から梅雨を見てゐたり  すりいぴい

    季語
    梅雨
    季節
    仲夏
    分類
    天文
    鑑賞
    「貝殻の奥から」という発想にまず驚かされます。
    「貝殻」の穴から見える雨粒はどんなだろう、降り続く日々をどう過ごそうと想像すると、楽しいような憂鬱なような「梅雨」の日々が浮かんでは消えていきます。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2019年5月発表分)
  • 篝火のじき唸りだす鵜飼かな  登美子

    季語
    鵜飼
    季節
    三夏
    分類
    人事
    鑑賞
    「篝火」「鵜飼」とくれば、よくある素材だと通り過ぎてしまいがちですが、この作品から学ぶべきは一句を構築するカメラワークの巧さ。たった十七音で光景をありありと描くには、読み手の脳内にどんな映像がどう再生されていくかを考える必要があります。
     まず「篝火」のアップから始まる上五。その火が次第に強くなっていくさまを活写する中七「じき唸りだす」が、この句の眼目です。
    「鵜飼」の舟が速力を加えて漁場を目指す風の勢い、いよいよ鵜を放つ現場の昂ぶりが、さりげなくも見事に映像化された中七。
    「じき」の一語が示唆する時間の経過もまた、「鵜飼」そのものが時間の感覚を含む季語であるから成立する絶妙なバランス。
    「唸る」という動詞が確かな選択であることは言わずもがなの一句です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2013年5月16日週掲載分)
  • 青い実の初夏のひかりを身ごもれり  はまゆう

    季語
    初夏
    季節
    初夏
    分類
    時候
    鑑賞
     美しいイメージの一句ですね。
     この「青い実」は「初夏のひかり」を身ごもっているのだよ、という発想がなんとも素敵です。
     「初夏(しょか)」という季語が「青い実」の存在をもって表現されていて、この季語そのものの美しい響きを改めて認識した次第です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年4月23日週発表分)
  • 口開けて河馬の信頼風薫る  越智空子

    季語
    風薫る
    季節
    三夏
    分類
    天文
    鑑賞
     「河馬」の「口」に頭を突っ込んで見せる飼育員さん。大きな歯ブラシで「河馬」の歯磨きに挑戦する子たち。
     「信頼」という堅い言葉が詩の言葉となれば、季語「風薫る」は、益々清々しい味わいとなります。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2018年4月発表分)
  • 伽羅蕗と筍飯と憂国と  てんきゅう

    季語
    伽羅蕗/筍飯
    季節
    三夏/初夏
    分類
    人事
    鑑賞
    「伽羅蕗」も季語ですから確信犯的季重なりの一句。……とはいえ、「伽羅蕗と筍飯と」と畳みかける夏の食べ物二種は、いかにも美味そうな取り合わせです。
     味濃くほろ苦い「伽羅蕗」と薄味の「筍飯」が並列で提示され、美味そうだなあ!と思ったとたんに出現する、下五「憂国と」という変化球。
     日本の国ならではの味を喜ぶワタクシだからこそ、この国の未来を憂いているのだよ、という一句を口ずさめば、「伽羅蕗」はますますぴりっと辛く、「筍飯」はしみじみと美味なのでありましょう。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2013年4月25日週掲載分)
  • 桃の花鳥の形の蒙古班  松山・うらら

    季語
    桃の花
    季節
    晩春
    分類
    植物
    鑑賞
     桃の花と青いアザを取り合わせた句は他にもあるのですが、「蒙古班」ということで赤ん坊だということがわかります。
     桃の花の明るさと、赤ん坊の生命力。
     蒙古斑が「鳥の形」というのがいいですね。生き生きと、今にも羽ばたいていきそうで、見事な一句だったと思います。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2006年3月26日放送分)