いつき組長あいさつ
俳句集団いつき組とは
「俳句集団いつき組」は組織ではありません。
「俳句って楽しい!」と思う人は勝手に名乗って下さい。
「いつき組」組員を名乗るついでに、「俳句の種蒔き」を手伝って下さい。
それが組員と名乗って下さる人たちへの、組長を名乗る夏井いつきからのたった一つのお願いです。
「いつき組」は「広場」である
例えば「結社」は「家」だ。
そこには「主宰」という「家長」がいて、「文学的主義主張」という名の「家訓」があったりする。厳格かつ保守的な「家」もあれば、自由奔放な「家」もあって、「俳句修行」という名の「躾」をきちんとする家もあれば、「自由な表現」という名の「放任」をモットーとする家もある。そこに集うのは「誌友」「同人」という名の家族契約を結んだ人たち。「家長」である「主宰」を尊敬し、師と仰ぐ人たちだ。
それに対して『いつき組』は「広場」だ。
広場だからいろんな人が出入りする。「結社」という名の「家」に自分の居場所を持っている人が「広場」での交流も楽しいもんだとやってくることもあれば、「家」というものの存在すら知らないまま『いつき組』という広場で俳句を楽しみ始めた人もいる。ふらりと現れ、ふらりといなくなり、久しぶりに「広場」に顔を見せたかと思ったら「この度、こんな『家』に所属することになりました」なんて、自分の作品の載ってる本を見せてくれる人もいる。「別の町へ引っ越すことになったんですが、私の俳句に合った『家』を紹介してもらえませんか」なんていう人もいるから、あそこの町にはこんな「家長」がいるよ、あなたにはあの「家長」がいいかもね、とアドバイスすることだってある。
私は、いわばその「広場」をアジトとしてる住人。気が付けば「組長」と呼ばれていたから、ちょっと態度がデカかったのかもしれない。
「広場」には、そもそも「家」のような序列もなければ、積み上げていくべき地位もない。野ざらしだから、俳句の世界で生きていくとすれば、なかなかにキビシイ状況下に置かれているともいえる。が、面白い作品を見せてくれる人には、広場中の歓声と拍手が集まる。無条件で賞賛される。それが快感なものだから、皆、この野ざらしの「広場」で、己の力を磨きあったりする。それもまた楽し、というヤツだ。
「広場」であろうが、「家」であろうが、表現者である以上、その評価は17音の作品が全てだ。たった17音、そこが潔くていい。それ以外の余計なモノが、作品評価を捻じ曲げたり、過大評価される原因になったりってのは……どうも性に合わない。「広場」に住んでいようが、「家」を持っていようが、作品の評価には一切関係はない。佳い作品を作る、それが全てだ。
(「夏井いつきの100年俳句日記」2009年10月6日記事より抜粋)
「広げる」ことと「高める」こと
「正岡子規がなくなって百年経ちました。
私は子規没後の次の百年作りをしたい。
日本には平安時代から和歌っていうのがあって、俳句は和歌の五七五七七の雅な世界から俗のエネルギーを抽出して、その俗のエネルギーを核にして生まれた文学なんです。
俳句っていうのは俗のエネルギーがふつふつと湧いてくる、猥雑さも全部呑み込めるような文学だと思うのです。
私はたまたま俳句の歴史のなかで、この時代に、たまたま生まれ合わせたわけですよね。この時代の私に出来ることはいったい何なのかって考えたときに、もう一度俳句をたくさんのひとたちの前に開いてみせたい。私にだって俳句を楽しめる、俳句のある人生がどんなに素敵な人生なのか、前向きに明るく好奇心いっぱいに生きられる。どんな辛いことがあっても、それを俳句にしたら生きて行ける。
もちろん裾野を広げる中で天才が出てきてくれたらうれしいよ。次の百年をになう新しい俳人が出てきてくれたらそれはうれしいけど、一人の天才を見つけるためにやってるんじゃないんです。たくさんの人たちに俳句のある人生を味わって貰いたい。」
(「夏井いつきの100年俳句日記」2012年1月1日記事より抜粋/「夏井いつきの一句一遊」2004年放送分よりの聞き書き)
楽しむこと・高めること・種を蒔くこと
俳句集団『いつき組』が立ち上がった時の理念は、この二十数年間、何一つ変わりません。
「いつき組」という広場は、
真剣に切磋琢磨する場であり、
仲間と繋がる場であり、
広場のど真ん中に私はいつもいますので、それぞれの居心地の良い場所を見つけて、俳句を楽しんで下さい。