株式会社 夏井&カンパニー

百囀集

夏井いつきが市井の佳句を一句鑑賞

  • 富士山の全容見えて入試へと  更紗

    季語
    入学試験
    季節
    仲春
    分類
    人事
    鑑賞
     一言で「入試」といっても、最近は小学校中学校高校大学と色々あります。そんな時代の季語「入学試験」ですから、どの年代なのかがはっきり分かる作り方をしたいわけですが、これはもう大学入試に違いないと読める点を、まずは評価したい一句です。
     「富士山の全容見えて」という措辞から、飛行機で上京しての入試かなと想像しました。日本に山はたくさんあるけれど、「富士山」は日本人にとって晴れなる山にして吉兆の山。下五「入試へと」という措辞が、日本一の山の全容が見事にみえる今日の明るい春空を吉として、これから東京の受験に乗り込むぞという意気込みを表現しています。合格祈願を込めての実感の一句です。
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊2014年2月21日放送分)
  • 母という魔女春菊も食えと言う  ミル

    季語
    春菊
    季節
    三春
    分類
    植物
    鑑賞
     好き嫌いを「母」に諭される句は数えきれぬほど読んできましたが、「母という魔女」という比喩一つで鮮やかなオリジナリティを手に入れた快哉!見事な発想です。この句の眼目である「魔女」という言葉に対して「春菊」は絶妙な野菜。独特の匂いは、「魔女」が調合する薬のようでもあり、ぞわぞわと脇芽を増殖させるさまや、意外に可愛い花を咲かせるさまは魔法のようでもあります。
     「母という魔女」は大きな鍋に薬草を放り込む手つきで「春菊」を入れ、さあ体に良いのだからお食べなさいと迫ってきます。「魔女」の微笑みに気圧されて、「春菊」の怖ろしい匂いと味を飲み下す、そんな子どもの様子も見えてくる楽しい作品です。
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2014年3月14日掲載分)
  • 河原辺の野焼きに爆ずるボールはも  くらげを

    季語
    野焼
    季節
    初春
    分類
    人事
    鑑賞
     最後の「はも」は「…はなあ」という意味で、詠嘆を表します。「河原辺」で行われている「野焼」の最中に、ボン!と爆ぜるものがある。それが「ボール」であることに気付いた時の軽い驚きを、「ボールはも」と表現したわけです。「爆ずる」の一語が、爆ぜる音、火の匂い、「ボール」の焦げた臭いなどをありありと想像させ、ある時代の「野焼」という季語の現場の手触りを伝えます。
     さらに、「はも」という悠長な語り口が、「野焼」が行われてきた縄文の頃からの時代の印象や、春の長閑やかな気分をも感じさせます。おまえも絶滅寸前季語に数えられるようになったか、「野焼」よ、という感慨に寄り添ってくれた一句でもありました。
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2016年2月19日掲載分)
  • 堅雪の野越ゆイエスの如く越ゆ  樫の木

    季語
    堅雪
    季節
    初春
    分類
    天文
    鑑賞
     「堅雪」とは、解けかかった雪が夜の冷え込みによって固く凍り付く状態を指します。「堅雪の野」とは、雪に足をめり込ませることなく、ぬかるみに足を取られることもなく歩ける野。そのさまを「イエスの如く」と比喩した点がこの句の魅力です。
     「堅雪の野行く」「堅雪の野歩く」ではなく「越ゆ」という動詞を選択したことで、「野」の広さや移動していく距離を想像させるとともに、ささやかな困難のイメージを添えます。「~越ゆ~越ゆ」と畳みかける一句の調べも、内容に見合っていますね。
     「堅雪の野」を越えて歩く私自身が、数々の奇跡を成し遂げた「イエス」のようであるよ、という感興に心動かされた作品でした。
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2014年2月14日放送分)
  • 海鼠噛む千にひとりの歯と言われ  竹本俊夫

    季語
    海鼠
    季節
    三冬
    分類
    動物
    鑑賞
     「海鼠」ってやつが美味いと思えるようになったのは、お酒を飲むようになってから。子どもの頃は、あんな怖ろしげな色したゴムみたいな食べ物を大人たちはよく食べるもんだと訝しく思うばかりでした。「海鼠噛む」から始まるこの一句は、いかにも大人の食べ物として大人が噛んでいるに違いないと思うのですが、中七下五の展開が痛快です。「千にひとりの歯と言われ」という十二音の措辞のみで、この人物の人並みならぬ「歯」の丈夫さを述べ、歯科医との会話までをもありありと想像させてしまうのですから、大したものです。「歯だけは誉められます」と笑う作者は90歳。天晴れな一句は、天晴れな歯から生まれてきたのですね。
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:第12回「はぴかちゃん歯いく大賞」一般の部入賞作)
  • 隼にブロッケンの環二度裂かる  瀑

    季語
    季節
    三冬
    分類
    動物
    鑑賞
     「ブロッケンの環」とは、ブロッケン現象に現れる虹色の環。ネット辞書には[ブロッケン現象は、霧の中に伸びた影と、周りにできる虹色の輪(ブロッケンの虹)の二現象をまとめて指している]と解説されています。同じ現象を日本では御来迎とも呼びます。
     冬の季語「隼」の特徴は飛翔の速さ。時速300~400キロの速さで飛ぶというのですから驚きです。ブロッケン現象という短い時間の光景のなか、「隼」が獲物を狙って急降下してくる。そのさまを見てとる観察眼、「二度裂かる」という描写力。上五の助詞「に」の是非については意見が分かれるかもしれませんが、「隼」との一期一会の瞬間をよくも見事に切り取ったものだと感心致しました。
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2015年11月27日放送分)
  • 子どもらの空へと予鈴霜柱  七七子

    季語
    霜柱
    季節
    三冬
    分類
    地理
    鑑賞
     「子どもらの空」と語ることで、その「空」に下にいる「子どもら」が動き出します。「へ」という助詞の効果で「予鈴」は空に向かって響きわたります。勿論「予鈴」の一語が、学校という場面やこれから授業が始まる状況をさりげなく伝えていることは言うまでもなく、言葉の経済効率も抜群です。最後に「霜柱」という季語が目に飛び込んできた瞬間、冬の朝の冷たい空気、痛いような青空、その空に響く予鈴の澄んだ音、「あ、あと五分だ!」と走り出す子どもたちの声が、一気に立ち上がってきます。
     やがて国語の本を読む声や音楽室の歌声が聞こえてくる頃には、「霜柱」の小さな光は冷たい青空に吸われるように溶け始めます。
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2013年12月6日掲載分)
  • ザビエルの髭湿らせて阿茶羅漬  ほろよい

    季語
    阿茶羅漬
    季節
    新年
    分類
    人事
    鑑賞
     「ザビエル」とはフランシスコ・ザビエル司祭。1549年に日本に初めてキリスト教を伝えた方ですね。世界史の教科書の挿絵にあった肖像画が記憶に残っています。
     かたや「阿茶羅漬」とは、とうがらしを加えた甘酢に大根やかぶなどの野菜を漬け込んだもので、【京阪地方の独自の正月料理】ということで新年の季語とされています。
     「あちゃら」という響きが、あちゃら=よその国?っぽいイメージを添えるせいか「ザビエル」という名と妙に似合いますね。かの「ザビエル」さんも「髭」を湿らせながら異国の新年を言祝ぎつつ「阿茶羅漬」を食べたのではないかと、そんな想像も膨らみます。
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』』2014年1月10日放送分)
  • ほとけのざ口伝遠野につまびらか  野風

    季語
    仏の座
    季節
    新年
    分類
    植物
    鑑賞
     「口伝」とは、語り伝えること。「遠野」とは、柳田國男著『遠野物語』のもととなった町。「つまびらか」とは、詳しいさま。天狗や河童や座敷童子たちの数々の「口伝」が「つまびらか」に語られる「遠野」という地の「ほとけのざ」がしきりに思われる新年だよ、と意訳を込めて読んでみると、雪の下でやがて来る春を待つ「ほとけのざ」がことさら愛おしく思われます。雪の匂いと土の匂いと草の匂いが、一句からこぼれ落ちてくるかのような感覚を愛します。
     新年の七草を祝うために探す「ほとけのざ」は、妖怪や死者や神が生き生きと存在する「遠野」の地の特別な植物として、集められます。七草を刻むためのこの地独特の唄もあるにちがいありません。
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』』2014年1月10日掲載分)
  • マンデラの訃報聞きたり社会鍋  またた

    季語
    社会鍋
    季節
    仲冬
    分類
    人事
    鑑賞
     「マンデラ」とはネルソン・マンデラ氏。27年間の不当な投獄生活の末に、南アフリカ共和国の大統領となり、アパルトヘイト撤廃運動の功績を讃えられ、ノーべル平和賞を受賞しています。2013年12月5日、95歳にて死去されました。
     季語「社会鍋」は救世軍が歳末に実施する生活困窮者支援等の街頭募金。三脚に鍋を吊して募金を呼びかけるのでこの名が生まれました。今ではあまり見ることのない「社会鍋」と、終生を人種差別撤廃運動に捧げた「マンデラ」氏との取り合わせは、世界が抱え込む様々な困難や苦悩を思わせます。「訃報聞きたり」と呟く横顔に、投げ込まれるコインの映像が重なっていくかのような作品です。
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2013年12月27日放送分)
  • 霜のトラクターへ拳骨のごとく火を入れる  初蒸気

    季語
    季節
    三冬
    分類
    天文
    鑑賞
     一面「霜」の降りた畑を横目で睨みながら、シートの「霜」をごしごし払いレバーを引きキーを回しますが、余熱ランプは点灯せず「トラクター」は凍りきったままです。何度も何度も、よし!もう一度!とキーを回す、この気合いを「拳骨のごとく火を入れる」と表現したことが、この句の眼目。いやはや見事な比喩であります。
     下五「火を入れる」は、セルが回り出す瞬間であり、「拳骨」が入った瞬間。畑やトラクターを真っ白に凍らせている鉄壁の「霜」への反撃は、この「火」から始まります。全身に「霜」を纏ったまま唸り始める「トラクター」のなんと逞しいことか。そして、こんな方法で描き出される「霜」という季語の、なんと新鮮なことか!
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2014年1月24日掲載分)
  • 大鷲に引きちぎられたように月  マイマイ

    季語
    季節
    三冬
    分類
    動物
    鑑賞
     頭上にはちょっと歪な形をした「月」があるだけです。それを見上げている作者は、昼間見た「大鷲」の姿を重ね合わせます。「大鷲に引きちぎられた」は一種の比喩ですが、どちらが主たる季語であるかというと、「大鷲」だと考えたいですね。「大鷲」の猛々しさを「月」の姿を借りて表現した一句だと読ませて頂きました。
     試みに「~ような月」と変えてみましょう。「ような」は、口語の助動詞「ようだ」の連体形ですから、そのまま「月」に掛かりますが、掲出句「ように」は連用形ですから下五「~月」の下に隠された「在る」等の用言を示唆します。この1音の差が「大鷲」という存在を明確に見せるかどうかの重要な鍵。実に的確な選択です。
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』12月20日放送分)
  • 枯むぐら我等は笑ひつつ亡ぶ  くろやぎ

    季語
    枯葎
    季節
    三冬
    分類
    植物
    鑑賞
     一読後の不穏な心持ちは、「枯むぐら」の蔓に引っかかっている幾万の顔を想像させます。その顔の一つ一つが笑っているとは、なんと怖ろしい光景か……と鳥肌が立ちます。
     子規句の「枯むぐら」に降る「あたゝかな雨」は、次なる再生を促し約束する雨です。「我等は笑ひつつ亡ぶ」を個体の死と読めば、子へと?いでいく命のイメージを掬いとることもできますが、掲出句が想起させるのはもっと暗い未来、つまり「我等」という人類がいつか「笑ひつつ亡ぶ」日が来るかもしれないという啓示とも読めます。「我等は笑ひつつ亡ぶ」という詩語が宣言する真実を、季語「枯むぐら」が優しく怖ろしく突きつけているようでもあります。
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』11月22日掲載分)
  • 冬眠の獣空には狩の星  笑松

    季語
    冬眠
    季節
    三冬
    分類
    動物
    鑑賞
     「冬眠の獣」と表現するだけでは、あまりにも様々な獣がイメージされますから、一瞬曖昧な言葉だなあと思うのですが、一句の魅力は後半の語りによって引き出されてきます。
     「冬眠の獣」で意味が切れた後に出現する「空には狩の星」という措辞は雄大です。こう畳みかけることによって、狩猟の対象となる獣たちは今すやすやと眠っているよと一句は語りかけます。冬眠の獣たちが眠っている間は狩も行われず、地球上は美しい静けさに満ちているというわけです。「狩の星」は射手座でしょうか。季語「冬眠」によって頭上の星座の清浄を表現し、それによって「冬眠」の静けさと安らぎを表現する、見事な発想の作品でありました。
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』12月6日放送分)
  • 蓮根掘る水蒼穹へ試し撃つ  田中憂馬

    季語
    蓮根掘る
    季節
    初冬
    分類
    人事
    鑑賞
     「蓮根掘る」作業の大きな特色となっているのが、ホースの水圧で泥を動かす「水」の存在です。ゴム長、ゴム手袋で全身を鎧い、蓮田に降り立ち、作業用のホースを手にした男が、まずはその「水」を頭上の「蒼穹=青空」へ放った、という場面。「蓮根掘る」という作業を俳句にしようとすると、どうしても視線が下に行きがちなのですが、そこを裏切ってくれているのも小気味よいですね。
     動詞「掘る」、複合動詞「試し撃つ」で7音を占めていますが、「水」「蒼穹へ」という二つの要素が良い位置に配置され、鮮やかな効果を発揮しています。冷たい青空の下、「蓮根掘」の人物の何気ない動作を、見事に活写した作品です。
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』11月29日掲載分)