百囀集
夏井いつきが市井の佳句を一句鑑賞
壁紙に天使の眠る花の冷え 紆夜曲雪
- 季語
- 花冷
- 季節
- 晩春
- 分類
- 時候
- 鑑賞
- 古い洋館には、こんな「壁紙」が貼られた部屋もあるのかもしれません。「壁紙に天使の眠る」絵柄を想像したとき、「天使」たちの薔薇色の肌がやわらかに浮かんできました。
「花の冷え」を感じさせる「壁」の一字と、そこに描かれた「天使」たち。「眠る」の一語も優しい印象の美しい一句です。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年3月26日週分)
頬白鳴く縄紋地層に男の歯 和田新太郎
- 季語
- 頬白
- 季節
- 晩春
- 分類
- 動物
- 鑑賞
- 「縄文」ではなく「縄紋」という標記が、縄の紋様まで見えるような印象を与えます。
「縄紋地層」から出土したのは、見事に健康な「男の歯」であったのでしょうか。
生き生きとした頬白の囀りと出土した歯の取合せが印象的な一句。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:第7回はぴかちゃん歯いく大賞 一般の部・優秀賞)
金次郎巣箱の番を頼まれる 八木ふみ
- 季語
- 巣箱
- 季節
- 三春
- 分類
- 動物
- 鑑賞
- 人名がでてきました。実在の「金次郎」さんと読むよりは、校庭のどこかに設置されている二宮金次郎像だと読むほうが楽しいですね。イマドキの学校には置かれてないのかもしれませんが、一昔前は薪を背負いながら本を読んでいる「金次郎」さんの像は、どこの学校にもありました。
働きつつ本も読んでる彼なのに、「巣箱の蕃」まで頼まれたらこりゃ大変だね~という俳諧味。ユニークな発想の一句です。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2014年3月27日週分)
削りたての鉛筆眩し朝つばめ ほろろ。
- 季語
- 燕
- 季節
- 晩春
- 分類
- 動物
- 鑑賞
- 取り合わせの技を成功させるためには、季語と季語以外の部分を繋ぐ接点が必要です。この句では「眩し」の一語がその働きをしています。
小学校一年生の最初の朝でしょうか。「つばめ」の生き生きした動きも眩しい朝です。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2020年1月発表分)
わがはいはネコでこのくさはていれぎ 高橋無垢
- 季語
- ていれぎ
- 季節
- 仲春
- 分類
- 植物
- 鑑賞
- 「ていれぎ」はアブラナ科の多年草。大葉種付花(オオバタネツケバナ)が正式な名前ですが、松山ではもっぱら「ていれぎ」と呼ばれています。松山の天然記念物でもあります。俳人宮坂静生さんが提唱する「地貌季語(ちぼうきご)」の一つ。
松山らしさをどう出すかの一手として、夏目漱石著『我が輩は猫である』の一節を拝借。「わがはいはネコで」となりきっているのが面白い。小説の中の「ネコ」も英語教師として松山に赴任した漱石も「ていれぎ」は知らなかったに違いないという正直な思い。
そんな困惑と共感を「わがはいはネコで」あって「このくさはていれぎ」であるという詩的定義で表現した発想が愉快な作品です。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2019年1月24日週分)
ひな段のあれはおりられない真顔 はんばぁぐ
- 季語
- 雛段
- 季節
- 仲春
- 分類
- 人事
- 鑑賞
- 雛段に並ぶ雛の表情を描く句は沢山ありますが、「あれはおりられない真顔」という表現に独自性と真実味があります。
雛一体を吾の背丈に置き換えてみると、この段差はとてもじゃないけど飛び降りられないに違いない。これこそが俳人のリアルな想像力。
「あれ」という距離感、「真顔」という描写、各々の言葉の選択も見事です。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2022年1月20日週分)
校舎から春潮眺めゐる白衣 はまのはの
- 季語
- 春潮
- 季節
- 三春
- 分類
- 地理
- 鑑賞
- 「校舎」から「春潮」の流れが眺められるのですから、高台にある「校舎」の3階とか4階とかの教室でしょう。
理科室を思ったのは下5「白衣」の一語からの想像かもしれません。春休みでしょうか、離任の決まった日でしょうか。
「眺めゐる」にささやかな時間経過と春の愁いも読み取れます。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2018年2月8日週分)
春愁の舌もてあます歯科の椅子 松本京子
- 季語
- 春愁
- 季節
- 三春
- 分類
- 人事
- 鑑賞
- 「歯科の椅子」に座って大きく口を開けたとき、「舌」は一体どこにおけばいいんだろうという小さな疑問。
それを「春愁」と表現したのが作者のセンスです。
「もてあます」という措辞にも強い共感を覚えます。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:第12回はぴかちゃん歯いく大賞 一般の部・優秀賞)
城山の今日は春めくものを撮る ポメロ親父
- 季語
- 春めく
- 季節
- 初春
- 分類
- 時候
- 鑑賞
- 日本各地に「城山」を真ん中に置いた城下町がありますが、松山の町もその一つです。松山城に登るルートは幾つかありますが、毎朝散歩やジョギングの人たちが天守閣を目指して上ってきます。
一昔前でしたら「撮る」といえば、ずっしりと重い大仰なカメラしか思い浮かびませんでしたが、今はケイタイで誰でも「撮る」ことができる時代。この句の「今日は春めくものを撮る」という言い回しもまた、イマドキの軽やかさですね。
○○を撮ると具体的に提示せず、敢えて「春めくものを撮る」と表現したことで、読み手の心にさまざまな「春めくもの」を想像させます。そこに作者の工夫がみえる一句です。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2013年1月31日週分)
節分の風呂濛々と沸かしけり 尚川
- 季語
- 節分
- 季節
- 晩冬
- 分類
- 時候
- 鑑賞
- 「節分」×「風呂」という取り合わせの句はけっこうありますが、ここまで単純な切り口で「節分」が表現できるのだという驚きの一句。
「節分や」と切ることも考えられるのですが、この句の場合は「節分の」がいいですね。「の」という助詞は、「の」の上にある単語によって、下にある単語を限定していく働きがあります。風呂にも色々あるけど「節分の風呂」を沸かしている、という「限定」の意味になります。
「節分」は二十四節気最後の日。明日からまた新しい二十四節気が始まるというその日に、まずは「風呂」を沸かし、永い冬の間の身の垢を落とそうというのでしょうか。「濛々」たる湯気の匂いが一句の世界に広がり、その香もまた「節分」の気分を盛り上げます。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2014年1月16日週分)
三人目できたら布団どうするか 青海也緒
- 季語
- 布団
- 季節
- 三冬
- 分類
- 人事
- 鑑賞
- 小さなアパートの小さな部屋で健気に生きる家族を思いました。結婚し子どもも授かり、共働きをしながら力を合わせて今日を生き抜く夫婦。そして三人目の懐妊。授かるという喜びの向こうから、仕事はどうしよう、上の子どもたちの預け先は、出産費用の蓄えは……と、現実の厳しさがじわじわと押し寄せてくるのです。
夫と妻との間に二人の子どもたちを寝かせ、今日も無事に過ごせたという安堵にひたる夜。ふっと心を過ったのが、まさにこの思いなのでしょう。
こんな単純な呟きでもって、やがて来る切実な現実と冬という季節の気配を書けるものかと、ささやかな感動を覚えました。俳句はこれでよいのだと、改めてしみじみと思うのです。
(鑑賞:夏井いつき9
(出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2020年1月発表分)
七つ目の雪うさぎおくすべり台 幸の実(9才)
- 季語
- 雪兎
- 季節
- 晩冬
- 分類
- 人事
- 鑑賞
- 「七」という数詞が巧い。「雪うさぎ」を「すべり台」に置くという映像を「七つ」という数詞が支えます。
しかも「七つ目」ですから、一つずつ作っては並べている子どもたちも見えてくる。
小学生って、俳句のタネを自ら生み出す名人だよな! 同時投句「かいねこのざらりとなめるゆきうさぎ」の、猫の舌の「ざらり」と舐める雪の感触にも惹かれました。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2018年11月15日週分) ※年齢は投句時のもの
雪うさぎ机上静かな野となりぬ にゃん
- 季語
- 雪兎
- 季節
- 晩冬
- 分類
- 人事
- 鑑賞
- 季語「雪うさぎ」の解説には「盆の上に飾り」という文言がでてくることが多いですね。
当然のことながら、この「机上」には「雪うさぎ」を飾った盆が置かれているのです。
「雪うさぎ」の明るさ、冷たさが、机の上を「静かな野」にしてしまうという清浄な一句。
「静かな野」という詩語に格調が添います。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2018年11月15日週分)
七日目に生まるる地球仏の座 緑風佳
- 季語
- 仏の座
- 季節
- 新年
- 分類
- 植物
- 鑑賞
- イザナギ・イザナミの物語だと読んだのですが、日本列島ではなく「地球」とありますから、作者としては聖書の物語をイメージしているのかもしれません。
「仏の座」という季語との取り合わせが、日本の神話を想像させる力を持っているので、そのラインでの推敲もあり?!かなとは思います。
が、ともあれ「仏の座」という季語に対して、このような発想を持てることを讃えたい作品です。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2013年12月12日週分)
去年今年指にぴく ぴく不整脈 トポル
- 季語
- 去年今年
- 季節
- 新年
- 分類
- 時候
- 鑑賞
- 「指」の先の「不整脈」の断続を、この微妙な一マスの空白で表現するアイデア。
文字面で「不整脈」の一拍を見せつつ、声に出してみるとちゃんと17音になっているあたりも、ベテランの粋な技だなあ。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2019年12月発表分)