株式会社 夏井&カンパニー

百囀集

夏井いつきが市井の佳句を一句鑑賞

  • 節分の風呂濛々と沸かしけり  尚川

    季語
    節分
    季節
    晩冬
    分類
    時候
    鑑賞
     「節分」×「風呂」という取り合わせの句はけっこうありますが、ここまで単純な切り口で「節分」が表現できるのだという驚きの一句。
     「節分や」と切ることも考えられるのですが、この句の場合は「節分の」がいいですね。「の」という助詞は、「の」の上にある単語によって、下にある単語を限定していく働きがあります。風呂にも色々あるけど「節分の風呂」を沸かしている、という「限定」の意味になります。
     「節分」は二十四節気最後の日。明日からまた新しい二十四節気が始まるというその日に、まずは「風呂」を沸かし、永い冬の間の身の垢を落とそうというのでしょうか。「濛々」たる湯気の匂いが一句の世界に広がり、その香もまた「節分」の気分を盛り上げます。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2014年1月16日週分) 
  • 三人目できたら布団どうするか  青海也緒

    季語
    布団
    季節
    三冬
    分類
    人事
    鑑賞
     小さなアパートの小さな部屋で健気に生きる家族を思いました。結婚し子どもも授かり、共働きをしながら力を合わせて今日を生き抜く夫婦。そして三人目の懐妊。授かるという喜びの向こうから、仕事はどうしよう、上の子どもたちの預け先は、出産費用の蓄えは……と、現実の厳しさがじわじわと押し寄せてくるのです。
     夫と妻との間に二人の子どもたちを寝かせ、今日も無事に過ごせたという安堵にひたる夜。ふっと心を過ったのが、まさにこの思いなのでしょう。
     こんな単純な呟きでもって、やがて来る切実な現実と冬という季節の気配を書けるものかと、ささやかな感動を覚えました。俳句はこれでよいのだと、改めてしみじみと思うのです。
      
    (鑑賞:夏井いつき9
    (出典: ~よ句もわる句も~ 2020年1月発表分)
  • 七つ目の雪うさぎおくすべり台  幸の実(9才)

    季語
    雪兎
    季節
    晩冬
    分類
    人事
    鑑賞
     「七」という数詞が巧い。「雪うさぎ」を「すべり台」に置くという映像を「七つ」という数詞が支えます。
     しかも「七つ目」ですから、一つずつ作っては並べている子どもたちも見えてくる。
     小学生って、俳句のタネを自ら生み出す名人だよな! 同時投句「かいねこのざらりとなめるゆきうさぎ」の、猫の舌の「ざらり」と舐める雪の感触にも惹かれました。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2018年11月15日週分) ※年齢は投句時のもの
  • 雪うさぎ机上静かな野となりぬ  にゃん

    季語
    雪兎
    季節
    晩冬
    分類
    人事
    鑑賞
     季語「雪うさぎ」の解説には「盆の上に飾り」という文言がでてくることが多いですね。
     当然のことながら、この「机上」には「雪うさぎ」を飾った盆が置かれているのです。
     「雪うさぎ」の明るさ、冷たさが、机の上を「静かな野」にしてしまうという清浄な一句。
     「静かな野」という詩語に格調が添います。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2018年11月15日週分) 
  • 七日目に生まるる地球仏の座  緑風佳

    季語
    仏の座
    季節
    新年
    分類
    植物
    鑑賞
     イザナギ・イザナミの物語だと読んだのですが、日本列島ではなく「地球」とありますから、作者としては聖書の物語をイメージしているのかもしれません。
     「仏の座」という季語との取り合わせが、日本の神話を想像させる力を持っているので、そのラインでの推敲もあり?!かなとは思います。
     が、ともあれ「仏の座」という季語に対して、このような発想を持てることを讃えたい作品です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2013年12月12日週分) 
  • 去年今年指にぴく ぴく不整脈   トポル

    季語
    去年今年
    季節
    新年
    分類
    時候
    鑑賞
     「指」の先の「不整脈」の断続を、この微妙な一マスの空白で表現するアイデア。
     文字面で「不整脈」の一拍を見せつつ、声に出してみるとちゃんと17音になっているあたりも、ベテランの粋な技だなあ。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2019年12月発表分)
  • クリスマス君らマッチも擦れんのか  久我恒子

    季語
    クリスマス
    季節
    仲冬
    分類
    人事
    鑑賞
     聖歌隊のキャンドルサービスを思いました。蝋燭に灯をともして街を歩いているのでしょう。歌はこんなに巧いのに「君らマッチも擦れんのか」という年配者の呟き。
     現代の「クリスマス」の点景としてなんともリアルな一句です。
     
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2019年11月発表分)
  • 円陣のラガーひしゃげた耳の湯気  月の道

    季語
    ラグビー
    季節
    三冬
    分類
    人事
    鑑賞
     「ラガー」たちの「耳」は独特のかたちに「ひしゃげ」ます。そこに焦点を絞ってみるのも一手です。
     最初の「円陣」の一語で状況と映像を、最後の「湯気」で臨場感を表現。
     「円陣のラガー」で一度カットが切れて、「ひしゃげた耳」のアップになるカメラワークもいいですね。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2017年11月30日週分) 
  • マスクする鼻梁うるはし大女優  明田句仁子

    季語
    マスク
    季節
    三冬
    分類
    人事
    鑑賞
     「鼻」を描く句は勿論たくさんありますが、「鼻」ではなく「鼻梁」、しかも「うるはし」という形容がそのまま「大女優」という人物をありありと描写しています。
     冬の乾燥から喉を守るのも女優の大切な心得ですね。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2019年1月発表分)
  • きんいろはかなしい色ね枯葎  すな恵

    季語
    枯葎
    季節
    三冬
    分類
    植物
    鑑賞
     この句を読むと「きんいろはかなしい色ね」という言葉の明るい切なさに癒やされます。
     「きんいろ」とは一面の「枯葎」にそそぐ太陽でしょう。そして「枯」という状態が放つ色でもあるでしょう。
     「かなしい色ね」という呟きのあとに「枯葎」は温かな存在として、読み手の心を包み込みます。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2013年10月31日週分)
  • 凩に磨かれ唖の木叫びけり  テツコ

    季語
    季節
    初冬
    分類
    天文
    鑑賞
     「木」は言葉が話せません。「唖の木」という詩語が胸を刺します。「凩」は「木」を磨くように冷たく吹きつけます。裸木でしょうか。「磨かれ」という描写が、その幹の硬質なひかりを読者の脳内にありありと再生します。
     さらに「凩」という季語を強く表現しているのが後半の措辞。言葉を話せない「木」が叫ぶかのように揺れます。強く冷たい葉擦れの音。揺れに揺れる枝。冷たく光る幹。「磨かれ~叫び」という動詞が共鳴し合い「凩」という季語の本質を描き出します。「叫びけり」という下五の強さに、また胸を衝かれます。
     「唖の木」という比喩に対して擬人化「叫びけり」を重ねているのに、言葉の質量のバランスが崩れてない。その技術にも感嘆します。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2018年10月発表分)
  • おさがりのジャケット何の臭いだろ  三島ちとせ

    季語
    ジャケット
    季節
    三冬
    分類
    人事
    鑑賞
     お父さんから叔父さんから先輩からもらった「おさがりのジャケット」を、ありがとうございます! と手に取ってみると、今まで嗅いだことのない「臭い」がしているのに気付きます。
     ナフタリンでも煙草でも酒でもない、未知の「臭い」。誰かの人生が染みた「臭い」の「ジャケット」は,ずっしりと重く作者の手にあります。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2014年10月30日週分)
  • 令和元年皇居時雨れてございます  凪太

    季語
    時雨
    季節
    初冬
    分類
    天文
    鑑賞
     「令和元年」を迎えた私たちは、ありとあらゆることを「令和初の○○ですね」と言祝いできました。新しい御代に居合わせる偶然を喜んでまいりました。
     作者は「令和元年」の「皇居」の前に佇んでいたのでしょうか。高いビルの上から「皇居」の杜を走りゆく「時雨」のさまを眺めていたのでしょうか。
     「皇居時雨れてございます」は、勿論「令和元年」現在の様子を述べる言葉ではありますが、いつか語られるに違いない侍従の回想録のような響きにも感じられました。
     季語「時雨」の持つ伝統的な美意識が、そんな連想を我が脳裏にもたらしたのかもしれません。作者の脳裏に記憶され続ける「令和元年」の「時雨」の映像。静かで美しいひかりの時雨です。
     
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2019年10月発表分)
  • ステッキを銀座に求め初時雨  薄暮の旅人

    季語
    初時雨
    季節
    初冬
    分類
    天文
    鑑賞
     「初時雨」は一種の明るさや華やぎをもった通り雨ですが、「時雨」という季語が本来もっている寂寥感も内包しているわけですから、そこが難しいさじ加減です。
     そういう意味で、「ステッキ」「銀座」「初時雨」の三つの言葉がほどよい距離で構成されている一句。
     「ステッキを銀座に求め」という行為や地名によって、ロマンスグレーの人物が浮かんできます。古き良き時代の日本の紳士には「銀座」がいかにも似合います。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2013年10月24日週分)
  • 歯磨きの介護実習菊日和  鈴村綾音(愛媛県立北条高等学校二年)

    季語
    菊日和
    季節
    仲秋
    分類
    天文
    鑑賞
     「介護実習」という四文字だけで、状況を明確に伝えている点が実に巧い作品です。
     「歯みがきの介護実習」の現場は緊張の中にも和やかさのある時間。
     季語「菊日和」が優しい表情を添えます。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:第12回はぴかちゃん歯いく大賞 中・高生の部優秀賞)※学年は受賞時