株式会社 夏井&カンパニー

百囀集

夏井いつきが市井の佳句を一句鑑賞

  • まあなんてよく燃えさうな蝉の声   せり坊

    季語
    季節
    晩夏
    分類
    動物
    鑑賞
     「まあなんて」という感嘆、「よく燃えさうな」という比喩。一体何だ?と思えば「蝉の声」だという意外性と現実性。
     地面も太陽も人も木も全て「燃えさうな」真昼のストレートな実感を呟いた一句です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2019年6月兼題分)
  • 雷の悲しい自死のような時差   二重格子

    季語
    季節
    三夏
    分類
    天文
    鑑賞
     まずはピカッ! と雷光が走り、少し遅れて雷鳴が轟く。誰もが経験したことのある「時差」を、「悲しい自死のような」と比喩しました。
     雷光は自死の予告であり、雷鳴は雷の自死であるという詩的把握に驚きました。
     「時差」の一語は、それを読者に納得させるリアリティとして最後に置かれます。名詞止の余白もよく効いています。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2023年6月20日週分)
  • 志望校下げてプールに浮いている   あいだほ

    季語
    プール
    季節
    晩夏
    分類
    人事
    鑑賞
     「志望校下げて」で、高校三年生の夏かと読めます。受験正念場の夏に、早々と「志望校」を下げる決断をした。担任の強い勧めか(脅しか)、親の主張する安全策か、本人の決断か、抜き差しならぬ事情があったか。 前半の失意と悔しさが、後半「プールに浮いている」という措辞によって、ポカンと映像化されます。
     夏の明るさと眩しさと歓声と水が満たされた「プール」という器の中で、この人物はただ浮いているのです。 「志望校」を下げるのなら、ここから必死で勉強せねばならぬわけではない。この夏を泳ぎたければ、泳ぐことだってできる。が、安心感を手に入れたとは思えない喪失感。
     映画のワンシーンのようなカメラワークが、「プール」を季語として描く。そんな作品です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2020年5月28日週分)
      
  • 紫陽花やいま出奔の機のにほひ   可笑式

    季語
    紫陽花
    季節
    仲夏
    分類
    植物
    鑑賞
     「紫陽花や」の詠嘆から、「いま出奔の機」と展開し「~のにほひ」と着地する意外性。
     何気ない日常に存在する不穏は、紫陽花みたいに湿った水臭い土臭い、そんな「にほひ」を発しているのかもしれません。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2022年6月兼題分)
  • 日焼して二言めには波のこと   かるかるか

    季語
    日焼
    季節
    三夏
    分類
    人事
    鑑賞
     「日焼して」という状況からの展開が、軽くもあり気怠くもあり。
     「二言めには波のこと」しか言わないのは、波だけを見つめる海の休暇を心から楽しんでいるのか。はたまた「波のこと」しか言えない恋人同士のはにかみの時間なのか。
     様々な人物が浮かんでは消えていく、夏の午後。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2017年5月18日週分)
  • 阪神園芸さん江 お礼の虹   赤馬福助

    季語
    季節
    三夏
    分類
    天文
    鑑賞
     「阪神園芸さん」は、阪神甲子園球場のグラウンド整備を担当する会社です。
     試合が始まった後での驟雨。見事な対応。そして上がる雨。
     再開を待つファンの心のカタチのような見事な「お礼の虹」です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2021年6月兼題分)
  • 戦意無きこと告げ蜘蛛を追い立てる   鞠月

    季語
    蜘蛛
    季節
    三夏
    分類
    動物
    鑑賞
     「蜘蛛は殺してはいけない」と教えられ、理由は分からないままその言葉を守ってきた人も多いのではないでしょうか。「蜘蛛」はおっかないけど、殺してはいけないのなら、「蜘蛛」の方でサッサと逃げてくれることを願うわけですが、向こうさんもなかなか素直に逃げてくれない。そんな場面を活写した一句です。
     逃げる気配を見せず毅然たる「戦意」を感じさせるこの「蜘蛛」は、手足の長くて大きなアシダカグモでしょうか。こちらには「戦意」が無いことを告げようにも言葉は通じず、その困惑の気持ちが「追い立てる」という動作に読み取れます。「蜘蛛」が「戦意」を納め退却し始めた瞬間の安堵が一句の余白に滲むのも味わい。 「蜘蛛」とのみ語っているにもかかわらず、クモの種類まで想像できる一句です。
        
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2013年5月9日週分)
  • 太陽の死ぬ日蜜柑の花ぷんと  葦信夫

    季語
    蜜柑の花
    季節
    初夏
    分類
    植物
    鑑賞
     「花蜜柑」という季語を思う時、それは一本の蜜柑の木ではなく、蜜柑畑の光景を思うのではないでしょうか。
     「太陽が死ぬ日」という幻想を抱かせられるのは「蜜柑の花」の香りのせいかもしれません。最後の「ぷんと」が詩的リアリティのある擬態語です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2016年4月14日週分)
  • 探針に抗う歯根日雷   吉田 実

    季語
    日雷
    季節
    三夏
    分類
    天文
    鑑賞
     歯周病検査で、歯周ポケットの深さを測るために刺す「探針」。「探針に抗う歯根」に取り合わされたのは、晴天に鳴っている「日雷」です。
     針による痛みを感じならがも、しぶとく健やかな歯根は、日雷のように強い力をもってそこに存在しています。
      
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:第21回はぴかちゃん歯いく大賞)
  • 相伝の植田の臍は古墳なり   森ぱふ

    季語
    植田
    季節
    仲夏
    分類
    地理
    鑑賞
     「相伝」とは、【代々受け継いで伝えること】ですね。自分の家の田として伝えられてきた「植田」の真ん中に小さな「古墳」があるというのです。田圃の真ん中にそんなものがあると、田植機は使いにくいし、煩雑極まりないわけですが、その小さな「古墳」を守ることも「相伝」されているのでしょう。「古墳の臍」という表現が、一句に俳味と映像をもたらします。
     「青田」でも成立はしますが、苗が植えられたばかりの「植田」の時期こそが、「植田の臍は古墳なり」を最も実感する期間なのでしょう。むっくりと膨らんだ「臍」のような形の「古墳」に「植田」を渡る風が集まります。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2014年5月15日週分)
  • りるるりるるり初夏の喉ぶくろ   板柿せっか

    季語
    初夏
    季節
    時候
    分類
    初夏
    鑑賞
     鳥の名は分からないけど「りるるりるるり」と鳴いているのです。
     「喉ぶくろ」が膨らんで、音となって発せられる。あの「喉ぶくろ」に溜まっていく声はまさに「初夏」の声であるよ、という作者の感動が素直に伝わってくる作品。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2020年5月兼題分)
  • 追悼の風船をまだ放せない  大和田美信

    季語
    風船
    季節
    三春
    分類
    人事
    鑑賞
     追悼式。遺族の手にあった色とりどりの風船が、今青空へ放たれる。
     「まだ放せない」という呟きが、哀しみの棘となって読み手の心に刺さる。
       
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句季刊誌 伊月庵通信 2021年夏号 雑詠欄「百囀集」)
  • 春雨が痛い四つ脚轢いてより   熊の谷のまさる@俳句迷子の会

    季語
    春雨
    季節
    三春
    分類
    天文
    鑑賞
     季語「春雨」とは、柔らかに静かに降る春の雨。なのに、その雨が「痛い」というのです。
     中七の「四つ脚」とは、脚が四本ある生き物。春雨の中を運転していて、いきなり「四つ脚」を轢いてしまったのです。猫でしょうか、犬でしょうか。山を貫く道路で遭遇した、狸か鼬かもしれません。正体は分からないけれど、「四つ脚」であったことだけは、確かな事実。飛び出してきた生き物を避けられなかったハンドルの感触。確かに轢いたと分かるタイヤの感触。それらが、ずっと降り続く「春の雨」を、違うもののように感じさせるのです。
    「春雨が痛い」と書くことで、季語「春雨」の本意を逆の方向から表現する。その技量も褒めたい作品です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2023年3月兼題分)
  • 暖かや造花は水を欲しがって   紗蘭

    季語
    暖か
    季節
    三春
    分類
    時候
    鑑賞
     こんな感じ方もあるのかとハッとさせられた作品です。「造花」が「水」を欲しがるわけはないのですが、「暖かや」という時候を感じるようになると、「造花」ですら「水」を「欲しがって」いるように見える、「欲しがって」いるに違いないという発想に詩があります。最近の「造花」の精巧さを思うと、なおさらの詩的実感です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年4月2日週分)
  • 鳥雲に入る切株の面の眩し   いかちゃん

    季語
    鳥雲に入る
    季節
    仲春
    分類
    動物
    鑑賞
     季語「鳥雲に入る」は、北へ帰って行く鳥たち。前半で遠景、カットを切り替えて眼前の「切株」に焦点を合わせるカメラワークが見事です。
     しかも、切株の存在だけではなく、「面」にフォーカスし「眩し」と描写する。その光こそが、いかにも春。
     はろばろと雲に入っていく鳥たちが、再び見えてくる構造もさすがの一句です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2023年1月20日週分)