百囀集
夏井いつきが市井の佳句を一句鑑賞
りるるりるるり初夏の喉ぶくろ 板柿せっか
- 季語
- 初夏
- 季節
- 時候
- 分類
- 初夏
- 鑑賞
- 鳥の名は分からないけど「りるるりるるり」と鳴いているのです。
「喉ぶくろ」が膨らんで、音となって発せられる。あの「喉ぶくろ」に溜まっていく声はまさに「初夏」の声であるよ、という作者の感動が素直に伝わってくる作品。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2020年5月兼題分)
追悼の風船をまだ放せない 大和田美信
- 季語
- 風船
- 季節
- 三春
- 分類
- 人事
- 鑑賞
- 追悼式。遺族の手にあった色とりどりの風船が、今青空へ放たれる。
「まだ放せない」という呟きが、哀しみの棘となって読み手の心に刺さる。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:俳句季刊誌 伊月庵通信 2021年夏号 雑詠欄「百囀集」)
春雨が痛い四つ脚轢いてより 熊の谷のまさる@俳句迷子の会
- 季語
- 春雨
- 季節
- 三春
- 分類
- 天文
- 鑑賞
- 季語「春雨」とは、柔らかに静かに降る春の雨。なのに、その雨が「痛い」というのです。
中七の「四つ脚」とは、脚が四本ある生き物。春雨の中を運転していて、いきなり「四つ脚」を轢いてしまったのです。猫でしょうか、犬でしょうか。山を貫く道路で遭遇した、狸か鼬かもしれません。正体は分からないけれど、「四つ脚」であったことだけは、確かな事実。飛び出してきた生き物を避けられなかったハンドルの感触。確かに轢いたと分かるタイヤの感触。それらが、ずっと降り続く「春の雨」を、違うもののように感じさせるのです。
「春雨が痛い」と書くことで、季語「春雨」の本意を逆の方向から表現する。その技量も褒めたい作品です。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2023年3月兼題分)
暖かや造花は水を欲しがって 紗蘭
- 季語
- 暖か
- 季節
- 三春
- 分類
- 時候
- 鑑賞
- こんな感じ方もあるのかとハッとさせられた作品です。「造花」が「水」を欲しがるわけはないのですが、「暖かや」という時候を感じるようになると、「造花」ですら「水」を「欲しがって」いるように見える、「欲しがって」いるに違いないという発想に詩があります。最近の「造花」の精巧さを思うと、なおさらの詩的実感です。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年4月2日週分)
鳥雲に入る切株の面の眩し いかちゃん
- 季語
- 鳥雲に入る
- 季節
- 仲春
- 分類
- 動物
- 鑑賞
- 季語「鳥雲に入る」は、北へ帰って行く鳥たち。前半で遠景、カットを切り替えて眼前の「切株」に焦点を合わせるカメラワークが見事です。
しかも、切株の存在だけではなく、「面」にフォーカスし「眩し」と描写する。その光こそが、いかにも春。
はろばろと雲に入っていく鳥たちが、再び見えてくる構造もさすがの一句です。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2023年1月20日週分)
きれいなのここが椿の爆心地 比良田トルコ石
- 季語
- 椿
- 季節
- 三春
- 分類
- 植物
- 鑑賞
- 「きれいなの」という無防備な言葉で始まり、「爆心地」という心穏やかならざる言葉で終わる一句。
「ここが椿の」という呟きのような中七が鮮やかな映像を描き、心に不穏なさざ波を立てます。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2023年2月兼題分)
山笑ふ雲の寿命は三十分 しゃれこうべの妻
- 季語
- 山笑う
- 季節
- 三春
- 分類
- 地理
- 鑑賞
- 中七「雲の寿命」というフレーズそのものが詩の言葉です。
作者からの情報によると「春によく見られる積雲、わたぐもは30分くらい」の命なのだそうです。科学的裏付けが付くと、詩そのものが更にパワーアップします。
「山笑う」頃、様々な生き物の命が地上には萌え出します。空の上では、雲たちが短い命を形作っては、次々に消えていきます。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2024年3月20日週分)
蕨狩る老女五人は無敵なり 津軽まつ
- 季語
- 蕨狩
- 季節
- 仲春
- 分類
- 人事
- 鑑賞
- 「蕨狩」となればこの「老女五人」に敵う人間はいないのです。足腰も丈夫で、要領もよくて、賑やかで、何よりも「蕨」の群生している場所を熟知している「老女五人」。
皆で共有しているポイントもあれば、自分だけが知っているポイントもあるに違いありません。
「無敵なり」と言い切ったところにユーモアも生まれます。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2017年1月26日週分)
摘まれて蝶は淋しき棒となる ぞんぬ
- 季語
- 蝶
- 季節
- 三春
- 分類
- 動物
- 鑑賞
- 摘んだ蝶を離す、指が鱗粉に汚れる等の句はよく見ますが、摘まれた蝶そのものを描写する句は、少ないかと思います。
中七「淋しき棒」という比喩に心を動かされました。最初、摘まんだ蝶の表現として「棒」は大きすぎるのではと思ったのですが、マッチ棒も綿棒も「棒」ですから、ここは許容してよいかと納得。
唯一といってもよい武器である飛ぶ力を封じられた「蝶」は、一本の「淋しき棒」であるよ、という把握そのものが詩です。我が翅を、巨大な指で摘まれている蝶の無力感は、大きな寓意として読者の心に刺さります。私たちもまた、翅を摘まれて身動きのできない蝶のような「淋しき棒」ではないかと。蝶の句として、忘れ難い愛唱句となりました。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2023年4月兼題分)
病む姉の春の月へと横たはる てん点
- 季語
- 春の月
- 季節
- 三春
- 分類
- 天文
- 鑑賞
- この句の眼目は「春の月へと」という表現。「病む姉」が寝ていて、そのベッドの向こうに「春の月」が見えるという単純な光景にしてないのが、「~へと」という措辞でしょう。「へ」は動作の方向、「と」は変化の結果を意味しますから、「春の月」へ向かってその場所へと今、横たわった……というニュアンス。
「病む姉」の実体が「春の月」のように柔らかい微光を発しているような印象もあり、「春」という一語の感触に救われたような心持ちになりました。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2013年2月21日週分)
卒業すいちばん遠き木に触れて 山田蹴人
- 季語
- 卒業
- 季節
- 仲春
- 分類
- 人事
- 鑑賞
- 卒業式も終わり、教室での担任の話を聞き、級友たちと言葉も交わし、充分に別れを惜しんだのだけれど、なんだか去りがたい。そんな気持ちを詠んだ句は色々あります。が、その気持ちを、どんな動作で表現するか、そこがこの句想の肝となります。
校舎を出て、自分の教室を見上げ、校庭をゆっくりと歩き出す。グランドの隅の「いちばん遠き木」のところまできて、おもむろにその木肌に「触れ」るのです。「卒業」の日のささやかな感慨、名残惜しさは、まるで樹皮の手触りのようでもあります。これ以上することもなく、まるでその木に触れるのが目的であったかのように、静かに離れていく。
「卒業」の日の言葉にしにくい感情を、さりげない動作で表現した上質な作品です。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2021年2月4日週分)
奈良や春いろに言うなら蘇芳色 弁女
- 季語
- 春
- 季節
- 三春
- 分類
- 時候
- 鑑賞
- 「奈良や春」から「いろに言うなら」という展開が、まるで和歌のような味わいと調べ。
下五の後に付け句を誘うかのような嫋やかさが魅力の一句です。
(出典:俳句季刊誌 伊月庵通信 2021年夏号 「日本の色歳時記」欄)
まんさくやわらしべ長者のその後のこと 松本だりあ
- 季語
- 満作(まんさく)
- 季節
- 初春
- 分類
- 植物
- 鑑賞
- こんな発想も愉快だなあ。拾った藁を他の何かと交換しながら歩いて、ついには長者さまになってしまうのが「わらしべ長者」のお話ですが、「その後」に思いを馳せたことはありませんでした(笑)。長者になってめでたしめでたし……では終わらない物語があるのかもなあ。
この花がよく咲くとその秋の実りが豊かになると言われることから名付けられたのが、「まんさく」の名のもう一つの由来。「まんさく」「わらしべ長者」の付かず離れずのイメージが楽しい作品です。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2013年2月7日週分)
きみといふみづの器や春を待つ 稲畑とりこ
- 季語
- 春待つ
- 季節
- 仲冬
- 分類
- 時候
- 鑑賞
- 詩歌における「きみ」は恋愛の対象をイメージさせます。
「みづの器」のように瑞々しい「きみ」への真摯な恋心にとどまらず、春を司る佐保姫のような普遍的存在をも匂わせるたおやかな作品です。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2023年1月兼題分)
鯨待つ砲手の洟の乾きけり クズウジュンイチ
- 季語
- 鯨
- 季節
- 三冬
- 分類
- 動物
- 鑑賞
- 「鯨待つ砲手」という人物を一句の世界に置いてみるだけならば誰にでもできますが、この人物に強いリアリティをもたせられるか否かが、かなり高いハードルです。
一句を読んだとたん、行ったこともない南氷洋の捕鯨船の甲板に自分がワープしていることに驚きました。荒れる波、上下に揺れる船、冷たい波飛沫、悴む手、鯨が近くにいると分かる緊張感、「砲手」の横顔。垂れた「洟(はな)」が、そのまま乾いているという描写の、なんたるリアリティでしょう。さらに一瞬も気が抜けない時間の経過が「乾きけり」という詠嘆となります。
「けり」は過去の助動詞ですが、元々は【気づき】を意味する語であったそうです。その状況は兼ねてからそこにあったのに、今、ハッとワタクシが気付いた!という意味で、詠嘆や強意を示す言葉として変化しました。「鯨待つ」という状況、「砲手」という人物、その「洟」がバリバリに「乾き」きっているという状態、それらが抜き差しならぬ映像として読み手に迫ってくる、迫力の「けり」の一句でありました。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2014年11月13日週分)