株式会社 夏井&カンパニー

百囀集

夏井いつきが市井の佳句を一句鑑賞

  • 鰯焼く煙国見の煙かな  ひでやん

    季語
    季節
    三秋
    分類
    動物
    鑑賞
     なんとまあ悠長な「鰯」の句でしょう。
     「国見」とは、【天皇や地方の長(おさ)が高い所に登って、国の地勢、景色や人民の生活状態を望み見ること】。古事記には、仁徳天皇の国見の逸話があります。都を美しく整備したけれど、民の家から竈の煙が立ってない。それに気づき、即座に税を免除するお触れをだしたという話です。
     路地に流れだす「鰯焼く」煙は、庶民の生活が無事に営まれている証拠。それもまた「国見の煙」ではないか、と思う作者は、仁徳天皇の気持ちになりきっているのかも。古事記を下敷きに発想に拍手です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2017年7月27日週分)
  • 秋分の日を留めたる鎌の先  みなと

    季語
    秋分
    季節
    仲秋
    分類
    時候
    鑑賞
    「秋分の日」とありますが、これは人事の「秋分の日」ではなく、「秋分」の日差しという意味ですね。
     折しも、稲刈り等の農作業も忙しくなる頃。「鎌」の出番も増えてきます。
     たまたま「鎌の先」にある日差しを「秋分の日を留めたる」と表現することで、次第に日暮れが早くなる「秋分」という時候を描いています。
    「留めたる」という動詞の選択が、そのような読みを投げかけています。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2013年9月5日週掲載分)
  • かがみ見ておくばのめいろのぞく秋  福鹿文音(鬼北町立好藤小学校三年)

    季語
    季節
    三秋
    分類
    時候
    鑑賞
     「かがみ」を見ながら歯を磨く習慣が、「おくばのめいろのぞく」という詩句を生み出しました。
     最後の最後に「秋」という季語がコロンと転がりでてくる語り口が、なんだかおしゃれな作品です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:第11回はぴかちゃん歯いく大賞 優秀賞)※学年は受賞時
     
  • ていねいに噛んでこめかみより秋思  森 青萄

    季語
    秋思
    季節
    三秋
    分類
    人事
    鑑賞
     ものを噛むとは、私たちが生きていく上で必須の行為です。子どもの頃から、良く噛んで食べなさいよという親の言葉は何度も何度も聞かされてきました。その教え通りに、大人になった今でも「ていねいに噛んで」日々の食事をいただいているのです。
     しかしながらこの秋のものさびしい思いは、どうも「こめかみ」から押し寄せてくるような気がするよ。噛む度に動くこの「こめかみ」が心を苛めているような気がするよ、と作者の心は揺れるのです。「ていねいに噛んで」いても丁寧に生きていても、理由もなく「秋思」に囚われてしまう心。「こめかみ」という一点の部位が、目に見えぬ「秋思」との接点としてズキンズキンと疼くのです。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2019年9月発表分)
  • 胡麻爆ぜて王土は一夜にてほろぶ  とおと

    季語
    胡麻
    季節
    仲秋
    分類
    植物
    鑑賞
     「胡麻」が実を弾かせることからの発想かもしれませんが、たかが「胡麻」という季語から「王土は一夜にてほろぶ」という詩語へジャンピングするこの作家の発想に驚きます。
     「王土」とは、文字通り王が治めている領土。「王土」が「一夜」にて滅びるということは歴史上いくらでもあることですが、「胡麻爆ぜて」の小さな爆発が、「王土」の滅亡という大きな爆発となる。
     詩的連動というのでしょうか、「胡麻」の爆ぜる微細な波動が、「王土」の滅亡へと繋がっていくという虚の連動の中に、詩的真実を感じ取らざるを得ない秀作です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2016年9月16日掲載分)
  • 溢蚊を打ち美しき日本説く  小泉岩魚

    季語
    溢蚊
    季節
    仲秋
    分類
    動物
    鑑賞
     「溢れ蚊(あぶれか)」は「秋の蚊」の傍題。本来「蚊」は夏の季語ですが、秋になっても飛んでいるものを「秋の蚊」と呼び、「溢れ蚊」と哀れみます。外れてしまう、落ちぶれてしまうという意味を持つ「溢る」という動詞をくっつけて「溢蚊」という名をつけるのは、実に日本人らしい「哀れ」の美意識でありましょう。
     夏という季節から外れても生き残っている蚊を「溢れ蚊」と呼び、慈しむ心を持ちつつも、我が身の周りを飛んでいれば容赦なく叩く。「溢れ蚊」を平然と「打ち」果たす一方で、「美しき文化」を「説く」自分への自嘲でしょうか。他人への皮肉でしょうか。いかにも俳人らしい視点の生きた作品となりました。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2016年9月9日放送分)
  • 新涼へ抜けて乳歯の根の長し  門田佳菜

    季語
    新涼
    季節
    初秋
    分類
    時候
    鑑賞
     乳歯が抜ける体験は子どもにとってはもちろん新鮮な驚きの体験ですが、俳人にとってもじっくり観察する「乳歯」の姿は面白いものです。
     我が子の抜けたばかりの「乳歯」の歯茎に埋まって見えなかった「根」のなんと長いことか。
     「新涼」の空気に晒されて歯の表面が乾いていく様までありありと想像されるのは、まさに観察の力。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:第16回はぴかちゃん俳句大賞 はぴか大賞)
  • 千羽鶴たった15羽西瓜切る  ツユマメ末っ子@8歳

    季語
    西瓜
    季節
    初秋
    分類
    植物
    鑑賞
     秋の季語だと知って驚く人が多いのが「西瓜」という季語。露地物は八月に入ってから熟れてくる、と農家の方に教えてもらったことがあります。夏のイメージなのに秋という曖昧な性質の季語「西瓜」を、こんな形で表現できることにハッとさせられました。
     上五「千羽鶴」の一語は原爆への祈りを連想させます。まだ「たった15羽」しか折れていない「千羽鶴」。折り紙の鶴は一羽折るのも難しいのに、千羽折らなくては祈りは届かない。まだ「たった15羽」だけど、これ食べてまた頑張ろうねと、冷たい「西瓜」を「切る」のです。
     夏休みの親子の一場面ではないかと想像すると、中七がますます真実味のある呟きとして読者の心にひびきます。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2020年7月発表分)
  • ソーダ水浮かぶ島から制覇せよ  福熊猫

    季語
    ソーダ水
    季節
    三夏
    分類
    人事
    鑑賞
     「ソーダ水」に対するイメージは、年代によって違うのだろうと思いますが、ワタクシのような五十代の人間にとっては、緑色の液体に缶詰めのサクランボが放り込んである、あれが懐かしの定番。そして、お金や心に余裕のある時は、ささやかな贅沢としてアイスクリームを浮かべた「クリームソーダ」を注文したものです。
     一読「ソーダ水」の後に出現する「浮かぶ島」って、目の前にある島?と思うのですが、下五まで読み通してみると「浮かぶ島」が「ソーダ水」の中に浮いてるアイスクリームの比喩であることが分かります。まずは、この白くて冷たくて甘い「島」から「制覇せよ」という司令めいた表現には、「ソーダ水」を目の前にした愉快があふれていますね。
     「浮かぶ島」が、読み手の脳に一瞬、海の光景を思わせる仕掛けは、サブリミナル効果のように一句の世界に作用します。冒険を促すような「制覇せよ」という言葉と相まって、夏という季節を楽しむ心が弾ける作品です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2014年6月12日週掲載分)
  • キャンプだホイほし空見ながらはをみがく  山川凌平(松山市久枝小学校二年)

    季語
    キャンプ
    季節
    晩夏
    分類
    人事
    鑑賞
     いきなり「キャンプだホイ」で始まる愉快な一句。歯ブラシを持って踊り出しそうなウキウキ感は、まさに「キャンプ」という夏の季語の楽しさ。
     一度唱えればすぐに覚えられる、口ずさみやすい口誦性が、この句の特徴です。
     私も「キャンプだホイ」の歌を覚えて、星空の下でキャンプをしてみたいなあ。勿論、キャンプの荷物には歯ブラシを忘れないようにしなくちゃね!
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:第9回はぴかちゃん歯いく大賞 はぴか大賞)※学年は受賞時
  • 多産系の向日葵たちが立ちあがる  中原久遠

    季語
    向日葵
    季節
    晩夏
    分類
    植物
    鑑賞
     「多産系」の一語で、太い腰と健康的な笑顔を持ったイタリア人のお母さんを想像したものですから、中7「向日葵たち」という擬人化が気持ちよく飛び込んできました。
     「向日葵」の芯にはびっしりと種が犇めいています。一本の「向日葵」に育つ種の数。「たち」の一語によって広がる向日葵畑。「多産系の向日葵たち」という詩語は、圧倒的に豊かで明るい光景を読者の眼前に立ち上げます。太陽の恵みと大地の熱によって種は熟していきます。「多産系の向日葵たち」をさらに力強くしているのが、下五「立ちあがる」という複合動詞。
     むくむくと、めりめりと育っていく「向日葵たち」の生きる力が眩しく逞しい作品です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2018年6月発表分)
  • 学校は城址夏木立迫る  じろ

    季語
    夏木立
    季節
    三夏
    分類
    植物
    鑑賞
     「学校は城址(しろあと)」に建っているというのですから、古い歴史のある学校、かつては藩校だったのかもしれませんね。小高い丘に聳える山城も、平地に築かれる平城も、城とは町の真ん中にその偉容を誇るものですから、この学校も町の真ん中なんだけれど、堀之内の緑に囲まれた静かな環境にあるのでしょう。
     前半の措辞だけでこれだけの内容を伝え得る言葉の経済効率も見事ですが、後半の「迫る」という動詞の選択が巧いですね。樹齢を重ねた木々、校舎にかぶさらんばかりに広がる木陰、教室に吹き込む涼やかな風、それらを一気に感じさせるのがこの動詞の効果。百年前も今も変わらない「夏木立」の風が読み手の心に届きます。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2013年6月6日週掲載分)
  • ぬけたははにゅうどうぐものかけらかな  赤星咲太朗(西条市立大町小学校一年)

    季語
    入道雲
    季節
    三夏
    分類
    天文
    鑑賞
    「ぬけたは」は小さな乳歯でしょう。毎日丁寧に磨いてきた乳歯がある日突然抜けるということは、子どもにとって大きな事件です。
     抜けたばかりの乳歯は、瑞々しい色をしています。眼前にむくむくと育つ入道雲のかけらがそこにあるかのような透明感です。
     さっきまで自分の歯であったものをしげしげと眺める好奇心、まるで「にゅうどうぐものかけら」みたいだよという発想力が、こんなに瑞々しい作品になりました。
     小さな「は」と大きな「にゅうどうぐも」の遠近感が、一句の映像をしっかりと創り上げます。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:第11回はぴかちゃん歯いく大賞 はぴか大賞)※学年は受賞時
  • 炎天の角を曲がるとはや戦前  可不可

    季語
    炎天
    季節
    晩夏
    分類
    天文
    鑑賞
     「炎天」という季語が持つイメージワードを思い出してみましょう。「炎天」というのは単に暑い夏の気象状況を述べるだけではなく、ある種のイメージを読み手に想起させる力を持っているのです。
     この「炎天」の下の、あの「角」を「曲がると」……という提示は、様々なイメージワードを一気に引き出してきます。渦巻く想念の中に、「はや戦前」という言葉は楔のように突き刺さり、今年の「炎天」をさらに怖ろしいものにしていくのです。
     最後に、作者のコメントも附しておきたいと思います。 ●こうやってあの夏の続きが始まるのだと思うと、悔しくて恐ろしい。/可不可
     
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2014年7月10日週掲載分)
  • 阿部定の声なき笑ひ日日草  吾平

    季語
    日日草
    季節
    晩夏
    分類
    植物
    鑑賞
     阿部定事件を描いた映画『愛のコリーダ』(大島渚監督)を観たのは、大学生三年の夏だったか? 映画好きの友人に連れて行かれ、どんな映画なのかも知らずに見始めたから、いきなりの場面に目玉ぶっ飛び! 見終わった時、もうぐったりだったけど、友人は「いつきちゃん、せっかくだからもう一回観る?」なんていうんで、二度吃驚。彼女は、結局映画の仕事をするようになり、今になってみればナルホドねえと納得する次第なのですが(苦笑)。
     後にも先にも一度っきりしか観てない映画ですが、あまりに強烈で、小さな場面が脳の襞にこびりついているのを、この句に出会って再認識しました。実話をもとにした映画だそうですが、実話というのが実は最も怖いのかもしれません。定役をした女優さんはどなただったか? たしかに「声なき笑ひ」を静かに浮かべておられました。凄惨な事件を起こした「阿部定」という女性の日常にも、「日々草」は小さな花を咲かせていたのでしょうね。
     改めて、「日々草」はほのぼのと明るいだけの花ではなく、日常の向こうに口を開けている影の存在も知っている花であるよと、生々しく思い知らせてくれた一句です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2013年7月4日週掲載分)