株式会社 夏井&カンパニー

百囀集

夏井いつきが市井の佳句を一句鑑賞

  • アイスコーヒーと眺む多肉植物の憂い  無窮花(むぐんふぁ)

    季語
    アイスコーヒー
    季節
    三夏
    分類
    人事
    鑑賞
     「多肉植物」とは、サボテンのように肥厚した葉や茎などに多量の水分を含んでいる植物を指します。乾燥した土地や塩分の強い土地などに生育するのが特徴ですが、最近はインテリアとしてユニークな形の「多肉植物」を飾るのも流行っているようです。
     エアコンのきいた涼しい部屋で「アイスコーヒー」を飲んでいるのか、お洒落なカフェか。片隅に置かれた大きな「多肉植物」か、卓上に飾られた小さなものか。「多肉植物」たちは「憂い」を抱えているから、妙な形に膨らんだり鋭い棘が生えだしたりしてくるんじゃないのか……。「多肉植物の憂い」をぼんやりと眺める作者の心を過る想念。都会の憂いが溶ける「アイスコーヒー」の苦さ。

    (鑑賞:夏井いつき)
    (ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』6月17日放送分)
  • 巴旦杏愛は真円ならざりき  長野・遠音

    季語
    巴旦杏
    季節
    仲夏
    分類
    植物
    鑑賞
     「巴旦杏」とは、スモモの一品種。大形の実の先が尖っているため、「とがりすもも」という呼び名もあるようです。中国原産で、熟すと赤い表皮に白い粉を帯びる美しい果実です。
     尖がっている「巴旦杏」に対して、「愛は真円ならざりき」と呟く作者。「なら・ざり・き」を品詞分解すると、断定+打消+過去となりますから、「愛は真円ではなかった」というニュアンスでしょうか。「愛」とは真円ではなく、歪んだり尖ったりしていると読んでもいいし、凸凹の「愛」に包まれて人はみな傷心の日々を生き、やがて再生していくのだよと読むのも一興。
     巴旦杏の尖ったお尻を見ながら、私たちは「愛」というものについて考え始めるのです。

    (鑑賞:夏井いつき)
    (ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』6月24日放送分)
  • 夏暁を鎌研ぐ音が急き立てる  日土・だんご虫

    季語
    夏暁
    季節
    三夏
    分類
    時候
    鑑賞
     夏の農作業は、お日さまが上がるまでの涼しい時間にどれだけ仕事を片付けられるかが重要なのです。日中の暑い間は、屋根の下でできる作業をしたり、ちょっと横になって休憩したりするのです。
     日々の疲れが溜まる夏の暁、思わずも寝過ごしてしまったのでしょうか。「鎌」を「研ぐ」シュッシュッという「音」が、早くしないとお日さまが上ってしまうよ……という焦りをかき立てます。「夏暁を」の「を」は、経過していく時間や場所を意味する助詞。一音の使い方にも心が行き届いています。「鎌研ぐ音が急き立てる」という擬人化で、このような現場証明のある「夏暁」を表現できるのは、やはり農業に携わる人ならではの実感の強さゆえでしょう。
     
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2016年7月1日放送分)
  • 蜜柑の花散つて熊楠まつぱだか  博士

    季語
    蜜柑の花
    季節
    初夏
    分類
    植物
    鑑賞
     「熊楠」とは南方熊楠のこと。博物学者で生物学者で民俗学者。驚異的な記憶力を持ちつつ様々な奇行でも有名な人でした。「まつぱだか」もその一つ。ふんどしだけで野山を跋扈していたとの逸話を思う時、後半の措辞「熊楠まつぱだか」は微笑ましくもあります。
     熊楠が生まれた和歌山は、蜜柑の産地。彼の地の「蜜柑の花」の濃厚な香りが、奇才の脳髄を凜々と刺激していたに違いないと、そんな妄想も抱きます。臨終の際に「花が消えるから」と医者を拒否したという熊楠。「蜜柑の花散つて」は、熊楠という巨星への弔辞であり、小さな星のような花をこぼした後に実る蜜柑という豊かな果実への賛辞でもあるのでしょう。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2016年5月27日掲載分)
  • 龍の息めく鮒鮓の臭気(かざ)なせり  佐藤直哉

    季語
    鮒鮓
    季節
    三夏
    分類
    人事
    鑑賞
     「鮒鮓」は琵琶湖を擁する滋賀県の名産。「鮒鮓」の臭いを詠んだ句は沢山ありますが、「龍の息めく」という比喩が卓抜です。その見事な比喩を「臭気なせり」という古風な言い回しが受け止めることで、一種の格調も醸し出します。
     空想上の生き物「龍」の生々しい「息」を想像できるのが俳人たる嗅覚。琵琶湖に潜んでいる「龍」だから、沢山の鮒を食べているに違いない。一気に吸い込まれた鮒たちは、腹の中で長い時間をかけて発酵しているかもしれない。となれば、その「龍の息」もきっと腥いに違いない。琵琶湖へのご挨拶も含めて、二重三重の仕掛けをもって「鮒鮓」という季語を表現した逸品です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2016年5月13日掲載分)
  • 初夏や跳ねては沈む野の兎  でこはち

    季語
    初夏
    季節
    初夏
    分類
    時候
    鑑賞
     試みに「野兎の跳ねては沈む夏はじめ」と、語順を替えてみましょうか。述べている意味は同じですが、一句の勢いは全く違います。 掲出句の上五「初夏や」という切字の勢い。中七「跳ねては沈む」という描写のリアリティ。下五「野」という広さを思わせてからの「~の兎」という生き物への焦点の絞り方。この語順が一句の世界を生き生きと立ち上がらせているのです。あるべき言葉が見事に選択され、適所に置かれていることが手に取るように分かる作品。
    「跳ねては沈む野の兎」は「初夏」のひかりを弾きながら、あっという間に「野」のなかに消えていきます。その速さがまた「初夏」の躍動感となって、読者の心に清々しく印象付けられます。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年5月15日掲載分)
  • 茅花流しやアトランタより巨船  緑の手

    季語
    茅花流し
    季節
    初夏
    分類
    天文
    鑑賞
     「茅花流し」とは、茅花の銀色の絮を揺するように吹く風のこと。そして、「アトランタ」とはアメリカのジョージア州にある都市です。「アトランタ」という地名の響きが「茅花流し」という季語の世界に吹き込んでくることに、非常に新鮮な思いがありました。
     「アトランタより巨船」とは、アトランタを出発して日本に到着した客船でしょうか、貨物船でしょうか。茅花流しの風に乗って、という印象が優しくもありダイナミックでもあります。
     一読、リズムが気になる人もいるかとは思いますが、「茅花流しや/アトランタより/巨船」の773の調べが独特の味わい。足してみると17音になるという工夫も誉めたいところです。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2015年5月15日放送分)
  • 産気づく象舎や春の月は望  長緒 連

    季語
    春の月
    季節
    三春
    分類
    天文
    鑑賞
     上五中七「産気づく象舎や」で象舎内を描写し、「や」の強調からカットが替わり、象舎の上にのぼっている「春の月」がクローズアップされます。「春の月のぼる」ではなく「春の月は望」としたところも巧いですね。「望」は「望月」つまり満月のことです。「象舎」では母象が「産気」づいて、いよいよお産が始まるよ、折しも上ってきた「春の月」は、見事な「望」の月であるよ、という詠嘆が、いよいよ始まるお産への期待感を表現します。
     「産気づく象」ではなく「象舎」と述べることで、緊張感が満ちる象舎の様子や出入りする飼育員の表情をも想像させます。「春の月」が命の始まりのイメージとして表現された悠々たる作品です。
       
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年5月1日掲載分)
  • 鯉と鯉ぶつかる匂ひあたたかし  小木さん

    季語
    暖か
    季節
    三春
    分類
    時候
    鑑賞
     季語「暖か」を表現するために、「鯉と鯉」が「ぶつかる」折に発する「匂ひ」に焦点を絞り込んでくるとは、実に鋭敏な感覚の持ち主だと感嘆致しました。「匂ひ」という3音の嗅覚表現が、作者の感知した光景を読者の脳裏に鮮やかに伝えます。
     「あたたか」くなってきた水辺に佇むと、「鯉」たちは餌が貰えるのではないかとざぶざぶ集まってきます。「鯉と鯉」が身を翻し「ぶつかる」時、池の水は大きく揺らぎ、水は「匂ひ」を放ちます。きらきらと春の日を弾く水面、「鯉」たちに揉まれる水の音、生臭い「匂ひ」。視覚と聴覚と嗅覚を、上五中七の12音で見事に表現し得てこその、季語「あたたかし」という実感です。
       
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年4月23日掲載分)
  • 雨の野や馬の子の名はルミエール  東ゆっこ

    季語
    馬の子
    季節
    晩春
    分類
    動物
    鑑賞
     「ルミエール」とはフランス語で「光」の意。こんな名前をつけるということは、生まれた「馬の子」はサラブレッド系でしょうか。
     中七下五の詩句をさらに美しくしているのが上五「雨の野や」という詠嘆。「馬の子」が春の季語ですから、この「野」は春草の芽吹く野原です。朝の雨を想像したのは「ルミエール」という言葉の余韻でしょうか。朝の雨が降る明るい野の美しさ。今朝生まれた「馬の子の名」を「ルミエール」と決めた瞬間の感動が、読み手の心にさざなみのように広がってきます。
     やがてこの輝く野を、光のような鬣をなびかせ、光のように疾駆する「馬の子」は、今やっと立ち上がって母馬の乳房に鼻をすり寄せているのでしょう。
       
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2014年4月11日掲載分)
  • 桜狩轟く滝のところまで  そも

    季語
    桜狩
    季節
    晩春
    分類
    人事
    鑑賞
     主たる季語は「桜狩」ですが、「滝」も大きな時空を持つ夏の季語。このような季重なりが堂々と成立することに驚きつつも、「桜狩」という季語の現場の実感が季重なりというタブーを越え、読者の心にありありと像を結ばせるのだと、気持ちよく理解できます。
     「桜狩」とは、山中に咲く桜を探しに行くこと。その過程を楽しみ、桜を見つけた瞬間を喜ぶことこそが、この季語の本意だと考えます。真っ白に咲く桜を探し歩いていると、真っ白に溢れ「轟く滝」が目に入ってくる、その瞬間の感動が「桜狩」という過程の喜びとして、読者の心に飛び込んできます。下五「ところまで」の余韻もまた「桜狩」という季語の醍醐味に呼応します。
       
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2013年4月12日放送分より)
  • さくらさくらはるかはるかに方舟  山之口卜一

    季語
    季節
    晩春
    分類
    植物
    鑑賞
     「さくらさくら」と繰り返す詠嘆、「はるかはるか」と伸びていく視線の先に密やかにおかれた詩語「方舟」が、読者の思念を遠い遠い時空へと誘います。
     この「方舟」はノアが大洪水を逃れるために用意した、あの方舟でしょうか。それとも、作者の想念を閉じ込めるための小さな方舟、散っていく「さくら」を愛しむ方舟、葬るための方舟……など、さまざまな解釈が生まれる深い作品です。「さくらさくら」と咲きこぼれる花は「はるかはるか」にある異次元空間へと滑り込んでいきます。その「さくら」の一片は小さなひかりとなって、静かな水に浮かぶ「方舟」の哀しみを慰めるのかもしれません。
       
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:徳島県俳句連盟第五一回大会選句集)
  • 狛犬の毬は何色春の風  ぐわ

    季語
    春風
    季節
    三春
    分類
    天文
    鑑賞
     最初は「春の風」と「狛犬」を取り合わせた句という意味での既視感があったのですが、中七「毬は何色」という発想が実に素敵で、次第に強く惹かれていきました。
     石の「狛犬」が手を置く「毬」は当然ながら石の色をしていますので、私は今まで、あの毬は何色だろう?なんて考えたこともありませんでした。中七「毬は何色」というフレーズに続き、下五「春の風」という季語が出現したとたん、その「毬」の一点からみるみるうちに色が生まれ、色が広がり、石の色をした「狛犬」も色を取り戻していくかのような鮮やかな心地。見えない色を見せてくれる驚き。「春の風」という季語の力による言葉の魔法です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年2月27日掲載分)
  • 今飛んだの見た蘆の角揺れている  河合郁

    季語
    蘆の角
    季節
    仲春
    分類
    植物
    鑑賞
     眼前にあるのは、揺れ残る「蘆の角」のみですが、「今飛んだの見た」という言葉が生き生きと映像を伝えます。「今飛んだの」がなんであったかは語られていませんが、鳥であったことは分かります。「今飛んだ」鳥を見つけたささやかな興奮が、春の岸辺の散策の楽しさを語り、揺れ残っている「蘆の角」が作者の心に春の印象的なシーンとして刻まれます。きらめく春を喜ぶシーンのなんと楽しいことでしょう。
     「今」見た?青い綺麗な鳥!翡翠かな。翡翠って夏の季語でしょ?うん、そうだけど、この辺りに翡翠の巣があるから、時々飛んでるのを見るよ。そんな会話が交わされたのかもしれませんね。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年4月4日掲載分)
  • 荷車の墓石を曳いて春の牛  ポメロ親父

    季語
    季節
    三春
    分類
    時候
    鑑賞
     「荷車」という言葉自体がどこか懐かしい響きを持っていますが、「荷車」に積まれた「墓石」を「曳いて」いるのが「春の牛」であるよ、となるとさらに一昔前の光景にワープする心持ちです。
     この手の季語の使い方には懐疑的な俳人もいらっしゃるかとは思いますが、「春」というのどやかな季節が「荷車」や「牛」が現役で活躍していた時代の気分に似合っているのは間違いのない事実。「荷車」の前後には「墓石」を立てる人足の男らもいるのでしょう。荷台に積まれた新しい「墓石」は、「春」の柔らかな日射しに包まれてほんのりと温かく、優しい光を放っているのでしょう。「春の牛」のゆっくりとした歩幅も一句の味わいであります。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出展:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2015年5月2日放送分)