株式会社 夏井&カンパニー

百囀集

夏井いつきが市井の佳句を一句鑑賞

  • 蒸鰈五枚で女仏くれまいか  月の道馨子

    季語
    蒸鰈
    季節
    仲春
    分類
    人事
    鑑賞
     「若狭には佛多くて蒸鰈  森澄雄」を本歌取りしているのでしょうが、アプローチが全く違う。その発想が実に面白い作品です。
     皇室にも献上する「蒸鰈」だぞ。これを「五枚」やるから、その「女仏」をくれないだろうかと持ちかけているのです。惚れ込んだ骨董品なのか、宿を借りた貧乏寺での会話か。はたまた「女仏」は実際の女を意味するか。読めば読むほど、面白くなってきます。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2020年2月6日週分)
  • うらうらと巣よりあふるるかやねずみ  あまぶー

    季語
    うらうら
    季節
    三春
    分類
    時候
    鑑賞
     「かやねずみ」調べてみました。【頭胴長54~79mm、尾長 47~91mm、体重 7~14gの日本では一番小さなネズミである】との解説。写真をみると絵本に出てくるようなネズミなので吃驚しました。さらにイネ科の葉を利用して作るという10㎝ほどの球形の巣ってのが、これまた可愛い。
     なるほど、この「巣」で眠り、出産や育児をするのだと思うと、「巣よりあふるる」という措辞が脳内で明確な映像を描き始めました。勿論、上五を「うららかや」としても成立しますが、「うらうら」は副詞ですから動詞「あふるる」を修飾。オノマトペのような効果を発揮しつつ、小さな「かやねずみ」の様子が臨場感をもって描かれています。「巣」のみを漢字にした表記も優しくて楽しげです。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2018年12月18日週分)
  • うらうらぽかろんぽかろん羊追う  蟻馬次朗

    季語
    うらうら
    季節
    三春
    分類
    時候
    鑑賞
     「うららかや」ではなく、敢えて「うらうら」なのかという必然性を考える時、オノマトペ的な使い方もあるのではないか、と考える。そんな発想の句は他にもありましたが、この句は抜きん出ております。
     季語「うらうら」は副詞ながら、まるでオノマトペのような力を発揮。さらに「ぽかろんぽかろん」は季語を表現したオノマトペでありつつ、「羊」を追う人物の動作や心の表現にもなり得ている。
     見事な佳句でした。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2018年12月23日週分)
  • 空也像おそらく赤き椿吐く  水鏡新

    季語
    椿
    季節
    三春
    分類
    植物
    鑑賞
     日本史の教科書の写真が記憶に残っている人も多いのではないでしょうか。一読、六波羅蜜寺の「空也上人立像」を思いました。少し前屈みに、顔は上げて立つ空也上人。その口からは六体の小さな仏が飛び出しています。これは「南無阿弥陀仏」と唱えた声が阿弥陀仏となったという伝承によるものです。
     それに対して掲出句は、空也像はおそらく赤い椿を吐く、と断じました。「おそらく」と言いつつ「吐く」と断言し、実際に吐いてはいない「椿」を読者の目にありありと見せる。見事な力技です。
     念仏を唱えれば極楽往生できると説く空也上人。その口が吐く「赤き椿」は血のようでもあり、人の心を動かす鮮烈な言葉のようでもあります。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2023年2月兼題分)
  • 空箱の猫の子傷林檎の重さ  GONZA

    季語
    猫の子
    季節
    晩春
    分類
    動物
    鑑賞
     「空箱の猫の子」は、空箱の中に捨てられていた子猫に違いありません。こんなところに捨てられている……と思わず、手に取ったのでしょう。手のひらにある重さは、何かの重さに似ていると感じ、ああ、これは「傷林檎」と同じ重さだと気づくのです。
     ということは、子猫を手のひらに置いている人物は、リンゴ農家の人ではないか。傷林檎を選別する手のひらには、その重さが刻まれているのではないか、と、読みが広がっていきます。
     手間ひまかけて育てた林檎にも傷がつき、捨てざるを得ないという現実があります。生れでた小さな命である「猫の子」を捨ててしまうのも、何らかの事情があったのだろうが……と、春の思いは揺れていきます。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2022年2月兼題分)
  • 春の底を紅下黒の深海魚  うからうから

    季語
    季節
    三春
    分類
    時候
    鑑賞
     春という季節の底には、春愁や春恨が暗く沈殿しているのだろうか。
     その底に潜む深海魚たちは、静かに紅下黒の鰓を閉じるのだ。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句季刊誌 伊月庵通信 2022年秋号 「色の歳時記」)
  • そばに寄るみづかき臭ふ春浅し  高橋なつ

    季語
    春浅し
    季節
    初春
    分類
    時候
    鑑賞
     「そばに寄る」って何? と思えば「みづかき」だといい、それが「臭ふ」という。この語順が実に巧い作品です。
     私は、池に残っている馴れ馴れしい春の鴨を想像しました。
     こんな風に嗅覚で表現する「春浅し」もあるのですね。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2019年2月兼題分)
  • 行くあてのなき犬海は春めかん  理酔

    季語
    春めく
    季節
    初春
    分類
    時候
    鑑賞
     風も空も波もすべてがひかりの粒を弾きはじめるのが春という季節です。「行くあてのなき犬」までを一気に読ませた後に出現する「海」には、冷たくも明るい光の波がひしめきあっています。
     そんな春めく埠頭には野犬が一匹。首を垂れ餌を漁る「犬」を「行くあてのなき」ものとして見つめる作者のまなざしにあるのは、憐れみか、いたわりか、自身の境遇を投影した自嘲でしょうか。
     「行くあてのなき」は、痩せて汚れた「犬」を連想させるだけではなく、作者の心を暗示する言葉として働くことに気づくと、一句の心理的奥行きが広がります。
     「海の」ではなく「海は春めかん」と呟く心、春を希求する作者の心情に寄り添いたくなった一句です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2013年1月31日週分)
  • 河豚ぎゅいと鳴く貧民に余生なし  桃園ユキチ

    季語
    河豚
    季節
    三冬
    分類
    動物
    鑑賞
     季語「河豚」は、種類によって随分とイメージが変わります。専門店で饗されるトラフグは高価で高級な食材。かたや、ハリセンボンの類いは、河豚提灯として吊るされるユーモラスな姿が印象的。ハコフグあたりになると、釣りを邪魔する外道という認識もあり、各々の傍題によって本意そのものが大きく変わります。
     掲出句の巧みは、それらを包括して「貧民に余生なし」と言い切ったところです。食うところも少ない、食えもしない河豚は、釣り上げられて「ぎゅい」と鳴くばかり。釣り上げた人間の方も、また外道かと放り捨てます。「貧民」の我らには「余生」などという優雅な言葉はない。死ぬまで、生きることに必死であるよ。そんな切実な感慨が、「ぎゅい」と鳴く河豚に託された一句です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2023年12月兼題分)
  • うみどりのむくろ錆朱に凍つる傷  伊奈川富真乃

    季語
    凍つ
    季節
    三冬
    分類
    時候
    鑑賞
     「うみどりのむくろ」にある深い傷が凍てているという事実。
     それを突き付けられる衝撃。
     「錆朱」という描写の生々しさ。
     
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句季刊誌 伊月庵通信 2023年春号 「色の歳時記」)
  • 「じゅうりん」てどう書くのだか霜柱  カリメロ

    季語
    霜柱
    季節
    三冬
    分類
    地理
    鑑賞
     自分が喜んでガシガシ「霜柱」を踏んでいるのでしょう。
     そして、ふとこういう感じを「じゅうりん」って言うのか……なんて思うのだけれど、その難しい文字は全く思い浮かんでこない。
     「~どう書くんだか」という投げ出したような語り口にリアリティとユーモアのある一句です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2013年11月14日週分)
  • 水汲めば仄かに濁り枇杷の花  樫の木

    季語
    枇杷の花
    季節
    仲冬
    分類
    植物
    鑑賞
     「水」を汲んでみると、水底の砂を巻き上げて「仄かに」濁った、という状況を描いた句は幾らでもあります。が、この上五中七の詩句に季語「枇杷の花」が取り合わせられたとたん、一句は化学変化を起こします。
     季語「枇杷の花」は、咲いてるのかどうかも分かりにくい地味な花。誰かが汲むことによって濁るという状態が生じる「水」。それはまるで地味な「枇杷の花」が咲きいづるような仄かな濁りと光なのですよ、「枇杷の花」とは仄かに水を濁らせるように咲く花なのですよ、と一句は語りかけてきます。
     言葉と言葉が出会うことによって生じる詩という名の火花を楽しむのが、取り合わせという手法。仄かなものであればあるほど、慈しみ深い美しさを持つ。それもまた俳句という文芸の滋味というものです。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2018年11月1日週分)
  • 冬凪やボード置き場にまよひ蜂  大久保加州

    季語
    冬凪
    季節
    三冬
    分類
    天文
    鑑賞
     風が強く吹き、海が荒れることの多い冬。そんな中にも、風がおさまり波が穏やかになる日もあります。それが「冬凪」。分類としては天文の季語になります。
     上五「冬凪や」は、嗚呼なんとも気持ちの良い冬凪の日だなあ、という詠嘆です。中七「ボード置き場」の「ボード」は、サーフボードだと読みました。季語に含まれる「凪」の一字の印象が、海を思わせるからでしょうか。
    「冬凪」の日ですから、海は平らか。サーフィンには向かない今日の海です。手入れでもするかと、ボード置き場に近づいたのでしょうか。「まよひ蜂」が、ボード置き場の方へ飛んでいくのを見つけたのかもしれません。
     勿論、季重なりですが、主たる季語は「冬凪」。弱々しい冬の蜂も、その陽気に誘われて飛んできたのでしょう。「ボード置き場」にいる「まよひ蜂」を描くことで、季語「冬凪」を表現。季語の位置づけが明確で、季重なりのお手本のような一句です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2022年11月兼題分)
  • 寒椿雪の温度となつてゐる  佐藤直哉

    季語
    寒椿
    季節
    晩冬
    分類
    植物
    鑑賞
     山茶花の変種のカンツバキもあるようですが、季語としての「寒椿」は冬季に咲く椿という定義になります。
     「雪」との季重なりですが、上五「寒椿」が主たる季語。雪の中の「寒椿」は赤に違いありません。「寒椿」にかぶさるように積もっている雪。もうすでにこの「寒椿」は「雪の温度となつてゐる」に違いない、という気づきに詩があります。
     つまり、寒椿に雪が降っている光景を描写するのではなく、「雪の温度となつてゐる」という措辞によって、伝えたい映像を読者の脳内にて再生させる。ここに新しい試みがあるのです。しかも視覚だけでなく触覚としての冷たさもパッキング。読み下した瞬間に、この「寒椿」に触れようと手をのばす自分を感じました。俳句は、まだまだ色んなことができるのだという刺激をもらった作品です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2019年12月12日週分)
  • 冬の海テトラポッドへ波の自死  小沢史

    季語
    冬の海
    季節
    三冬
    分類
    地理
    鑑賞
     荒い波を防ぐ消波ブロックの代名詞が、テトラポッド(という商標名のコンクリートブロック)。「冬の海」と「テトラポッド」は、光景としても取り合わせとしても定番中の定番ですが、この句の眼目は最後の五音にあるのです。
     テトラポッドにぶち当たっては砕ける波の様子を、作者は「波の自死」だと捉えます。波とは、海自身が無尽蔵に内包する分身です。その波たちは、冬の暗い空の下、テトラポッドを目指して走り出し、ぶち当たり、吼え狂い、砕けます。次々に押し寄せる波たちの自死を、冬の海は薄目を開けて、遠くから見据えているのだと思うと、なんだか空恐ろしくなってきます。たった五音の詩語が、見慣れた光景に新しい意味を与える。それが、俳句という一行詩の力でもあるのです。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2021年11月兼題分)