株式会社 夏井&カンパニー

百囀集

夏井いつきが市井の佳句を一句鑑賞

  • 晴れ晴れと千鳥を散らしつつ着岸  古瀬まさあき

    季語
    千鳥
    季節
    三冬
    分類
    動物
    鑑賞
     打ち込まれた木の杭、張り渡された板。河口近くの小さな船着き場を思いました。波打ち際では、千鳥たちが餌を漁っています。人々を乗せる渡し舟でしょうか、モノを運ぶ簡素な川舟かもしれません。そんな舟が着岸するさまを眺めているとも読めますが、個人的には舟に乗っている人物の視点から味わいたい作品です。
     冬晴れの明るい空。冷たいけれど頬に気持よい風。目指す船着き場に着く寸前、砂浜の千鳥たちがハッと飛び立ち、小舟はコツンと着岸に揺れる。「晴れ晴れと千鳥を散らし」とは、まさにこの実感に違いないと。ややもすると間延びしがちな「~つつ」という措辞が、「着岸」までのささやかな時間を映像化。いかにも季語「千鳥」らしい描写の一句となりました。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2024年11月兼題分)
  • 石呑み込むやうに飯 福寿草がまぶしい   いさな歌鈴

    季語
    福寿草
    季節
    新年
    分類
    植物
    鑑賞
     種田山頭火のような自由律の一句。まず押さえたいのは、前半の助詞「に」です。仮に「石飲み込むやうな飯」であれば、固く冷たい飯の意になりますが、「石飲み込むやうに飯」ですから(何かの事情や心身の調子によって)石を飲み込むように飯を食べていると読み解けます。このニュアンスを押さえた上で、出現する後半の「福寿草」にハッと息を飲みます。石を飲み込むようにしても飯が食えている有り難さを、新年の季語「福寿草」の眩しさに託す。「福寿草がまぶしい」という率直な措辞は、季語「福寿草」の存在をまっすぐに読み手の心に差し出すかのようです。灰色の石と白い飯と黄金色の福寿草のイメージの対比も隠し味。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2022年1月兼題分)
  • 日の丸にきれいな余白水仙花  にゃん

    季語
    水仙
    季節
    晩冬
    分類
    植物
    鑑賞
     「日の丸」のデザインは、シンプルの極致なる美。赤の周りの白の部分を「きれいな余白」と認識できる感覚そのものが詩だなあと思います。
     上五中七の音数を使って「日の丸」の単純美を称えた後の、「水仙花」の取り合わせが絶妙。
     水仙の白い花びらと、黄色の芯の部分の配置が、そのまま「日の丸」の単純美と響き合います。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2021年11月20日週分)
  • ほぼ捨てていくつか売つて寒き家  大岩摩利

    季語
    寒し
    季節
    三冬
    分類
    時候
    鑑賞
     冬の時候の季語「寒し」は、体感だけでなく、心情を重ねて表現する場合もあります。実家処分の場面と「寒し」を取り合わせる発想はそれなりにありますが、掲出句には強い現場証明を感じました。
     どこにも「実家」とは書いていませんが、両親の居なくなった家を片付けているに違いないと読みました。感傷的な気持ちはあまりなく、面倒くさい処分を託されていることを苦々しく思っているのではないでしょうか。
     一句の構成として巧いのは、「捨てて」「売つて」と動作を重ねたことだけでなく、「ほぼ」「いくつか」というニュアンスを添えた点。この工夫が真実味となりました。
     下五「寒き家」は、何もなくなった空間的寒さであり、家や親に対する冷ややかな心情をも表しているのではないかと。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2024年1月兼題分)
  • 都合悪いと蜜柑ばっかり剥いて、もう  可不可

    季語
    蜜柑
    季節
    三冬
    分類
    植物
    鑑賞
     読点を巧く使った一句。二人の人物がいるわけですが、女性と思われる側の言葉(あるいは心の内の言葉)を書き留めることによって、両方の人物を描写している点が興味深いですね。
     最後の「、もう」の部分を、どんな台詞まわしで声にするかによって、一句のドラマはいかようにも変化していきます。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年10月29日週分)
  • 日めくりの豊かな虚や十二月  栗田すずさん

    季語
    十二月
    季節
    仲冬
    分類
    時候
    鑑賞
    「虚」は、「うろ」と読みます。内部が空になっているところという意味の「うろ」には、「虚」「空」「洞」等の文字がありますが、「虚」という文字は句の内容に対して的確です。
     一日一日「日めくり」を破っていくと、過ぎた日数分の枚数が、破れた断面の厚みとなって残ります。それを「豊かな虚」と表現したのです。時候の季語「十二月」は、本来映像を持たないのですが、目に見える厚みとして実感させているのが、この句の眼目。しかも、その「虚」を「豊かな」と感じているのですから、作者にとってこの一年がどういうものであったかも、読み取ることができます。
     中七の「や」の詠嘆は、作者にとっての「十二月」という季語への詠嘆にも重なってきます。
    「日めくり」と「十二月」は、言わばベタな取り合わせですが、中七の工夫があれば十二分に新しくなれる。そんなお手本のような作品です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2022年12月兼題分)
  • 枇杷の花小鳥1の役に決まったよ  座敷わらしなつき(7才)

    季語
    枇杷の花
    季節
    仲冬
    分類
    植物
    鑑賞
     「枇杷の花」の咲く頃の発表会でしょうか。クラスで演じる劇の役どころは「小鳥1の役」。1があれば、2も3もあるのでしょう。
     口々に「枇杷の花」を苛む役か。はたまた慰める役か。醜いアヒルの子のような「枇杷の花」をめぐる小鳥たちのおしゃべり。
     どんな劇なのかと想像が広がります。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2018年11月1日週分)
     ※ 年齢は投句時
  • 冬蜂や怒りは遅い毒のやう  渋谷 晶

    季語
    冬蜂
    季節
    三冬
    分類
    動物
    鑑賞
     「冬蜂や」という詠嘆に取り合わせたのは「怒り」という感情。
     「遅い毒のやう」という比喩のリアリティが、じわじわと効いてくる。
       
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句季刊誌 伊月庵通信 2023年春号 雑詠欄「百囀集」)
  • 太陽は今日も灰色帰り花  松廣李子

    季語
    帰り花
    季節
    初冬
    分類
    植物
    鑑賞
     初冬の「太陽」は「今日も灰色」です。
    「も」という助詞が示す変わらない日常を、ポッと灯すかのように「帰り花」が咲きます。
    「灰色」との対比という意味でも、ここは色のある「帰り花」を想像したい一句。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2018年11月兼題分)
  • 立冬の匂ひは硝子百グラム  玉庭正章

    季語
    立冬
    季節
    初冬
    分類
    時候
    鑑賞
     「立冬」は映像を持たない時候の季語。それにもし匂いがあるとしたらという比喩の発想ですが、「硝子百グラム」が絶妙です。
     「百グラム」については読みを迷いましたが、冬という季節が硝子の匂いだとすれば、「立冬」はその「百グラム」分ぐらい、と読み解きました。
     そう読めば「立冬」という季語は効いてくるかと思うのです。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2022年10月20日週分)
  • 豊胸の弁財天や秋高し  みなと

    季語
    秋高し
    季節
    三秋
    分類
    天文
    鑑賞
     この豊かさ、いいですね。「弁財天」は、琵琶を弾く天女の姿で描かれる七福神の紅一点。たまたま目にした「弁財天」の「胸」がなんともグラマラスだという愉快が「豊胸の弁財天や」という措辞に弾けます。
     季語「秋高し」が持つ豊穣のイメージは、福徳・諸芸能上達・財福の神である「弁財天」にも通じます。「豊胸」の女神ともなれば、その感は尚更でありましょう。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2013年9月12日週分)
  • 胸郭はさみしき籠や後の月  綾竹あんどれ

    季語
    後の月
    季節
    晩秋
    分類
    天文
    鑑賞
    「胸郭(きょうかく)」とは、胸椎・肋骨・胸骨から構成される籠状の骨格です。心臓や肺など重要な臓器を保護する胸郭ですが、それを「さみしき籠」という表現した詩語に惹かれます。
    「後の月」とは、旧暦九月十三夜の月。満月の二夜前、少し欠けた月を愛でる心は、自身の胸中にある「さみし」を味わう心と触れ合い、響き合います。
     八月十五夜を見て、九月十三夜を見ないのは「片見月」といって忌んだのも古人の美意識。季語「後の月」は、八月十五夜へと思いを馳せるニュアンスをも含みます。『源氏物語』の世界から現代まで連綿と繋がる「さみしき籠」の物語が、この一句に封じ込められているかのようにも思われ、心打たれた一句です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2023年10月兼題分)
  • 実むらさき千年つづく鈴祓ひ  龍田山門

    季語
    実紫
    季節
    晩秋
    分類
    植物
    鑑賞
     「実むらさき」は「紫式部」の傍題。その名前から、『源氏物語』の作者紫式部を思わないではいられません。紫式部が生きた平安時代は千年前。その「千年」というキーワードを巧く使って、下五「鈴祓ひ」を取り合わせました。
     「鈴祓ひ」とは、神社における祈祷の際、祝詞の後に鈴を使って行われるお祓い。清らかな鈴の音が、人々の穢れを祓い、心身を清浄にするといわれています。
     試みに上五を「紫式部」に替えてみると、傍題がいかに生かされているかが分かります。「実」の一字が「鈴」の形状にもつながり、「むらさき」の印象が「千年」前に『源氏物語』を書き残した一人の女性の存在を匂わせます。「千年つづく鈴祓ひ」を行う神社の片隅には、この秋も「実むらさき」が美しい実をつけているはずです。
       
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2020年9月3日週分)
  • あしびきの山犬睨む落とし水  ちびつぶぶどう

    季語
    落し水
    季節
    仲秋
    分類
    地理
    鑑賞
    「落し水」の恩恵を知っているのは鴉だけではありません。「山犬」も、棚田の「落し水」が終わった後に、ささやかな獲物が簡単に手に入ることを知っているのでしょう。「睨む」という動詞も「山犬」を描写する言葉として的確に機能しています。
     なんといっても掲出句の特色は、枕詞「あしびきの」を使っている点にあります。俳句における枕詞は十七音のうちの五音を浪費するに等しいわけですから、その浪費がある種の効果を発揮してくれないと、使う意味はありません。優美な枕詞でもある「あしびきの」という上五が「山犬」という禍々しい印象を内包する言葉にくっついていく意外性もさることながら、「あしびきの」は周りの景色を彷彿とさせる効果も持っていますので、枕詞を使うという冒険をここは褒めるべきでありましょう。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2014年9月4日週分)
  • 祖父も父も吾も子も桃を食う犬歯  浅野勇一郎

    季語
    季節
    初秋
    分類
    植物
    鑑賞
     四代を表すのに大半を費やした後に出てくる犬歯。四代そろった丈夫そうな犬歯と、桃に歯が食い込む様子が目に見えるようです。
     林檎や梨ではなくて、桃なのがいいですね。桃の食べ方はもちろん、持ち方や美味しそうな表情までもがそっくりなのかもしれません。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:第19回はぴかちゃん歯いく大賞)