株式会社 夏井&カンパニー

百囀集

夏井いつきが市井の佳句を一句鑑賞

  • また天を地に秋分の砂時計  ほうじ茶

    季語
    秋分
    季節
    仲秋
    分類
    時候
    鑑賞
     「また天を地に」で神話のような世界へ行くのかと思いきや、「砂時計」を引っ繰り返すという動作にもってきた一句。こんな手もあったかというコロンブスの卵ですね。
     「秋分」という季語が持つ「時間」「半分」「折り返し」等のイメージが、「砂時計」というモノでストレートに表現されました。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2013年9月5日週分)
  • 秋晴や牛乳箱の青きれい  あつちやん

    季語
    秋晴
    季節
    三秋
    分類
    天文
    鑑賞
     「秋晴」は言うまでもなく青いのだから、敢えて「青」を取り合わせるのは小さな勇気がいります。
     「牛乳箱」は、朝配達してもらう牛乳の受け箱だと読みました。「秋晴」の朝を思いました。
     いかにも秋らしい晴天のなんと美しいことかと見上げ、玄関先に置かれた「牛乳箱」の「青」もまた「きれい」だと思う。
     ひょっとすると、つい最近、牛乳の配達を頼み始めた新品の「牛乳箱」かもしれません。
     「秋晴」を喜び、「牛乳箱の青」を素直に「きれい」だと誉め、そして真っ白な牛乳を飲み干す。なんと健康的な「秋晴」の日でしょう。
     なんの企みもなく、「きれい」なものを「きれい」だという。これこそが俳人の素直な心根。こんな感覚を忘れないでいたいと強く思った一句です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2020年8月20日週分)
  • 歯みがき粉探す残暑の祖母の家  山崎志音(県立松山西中等教育学校)

    季語
    残暑
    季節
    初秋
    分類
    時候
    鑑賞
     夏休みに行く「祖母の家」。楽しい一日を過ごして、歯磨きをしようと思ったら「歯みがき粉」がない。普段とは違う洗面台に同じ経験をした人も多いことでしょう。
     「残暑」のもどかしさが共感度を増します。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:第16回はぴかちゃん歯いく大賞 中・高校生の部優秀賞)
  • 傷ついた心と国と秋の蝶  ほろよい

    季語
    秋の蝶
    季節
    三秋
    分類
    動物
    鑑賞
     「秋の蝶」は、我が身を嘆きながら飛んでいるみたいな生き物です。「傷ついた」という措辞は、「心」「国」「秋の蝶」と三つのものにかかっていきます。
     一瞬、難民の坊やが亡くなったニュース映像を思いました。世界中の人が俳句の心をもって下さるならば、世界は絶対に平和になっていくと思うのですが……。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年8月13日週分)
  • 蟷螂やほとんど水の臭ひの死  ほろろ。

    季語
    蟷螂
    季節
    三秋
    分類
    動物
    鑑賞
     水辺で死んでいる蟷螂を思いました。この死に様は針金虫のせいに違いありません。針金虫は蟷螂などに寄生し、脳をコントロールして水辺へ向かわせます。蟷螂が水に入ると、針金虫は宿主のお尻から出て、己の生殖のために体をくねらせて泳ぎ出すのです。実際にヨロヨロと水を探して歩く蟷螂や、蟷螂から出てきた針金虫を見て、これがそうか!と驚きました。さらに、寄生された蟷螂自身の生殖能力はほぼ奪われるという事実を知って、衝撃を受けました。
     中七下五は蟷螂の死の実感であり、上五「蟷螂や」は生態系の中で担わせられた運命への詠嘆でもあります。「ほとんど」という一見曖昧な措辞に、強いリアリティがあることに感銘を受けました。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2021年9月発表分)
  • 恍惚の口より佛出て踊る  杏と優

    季語
    季節
    初秋
    分類
    人事
    鑑賞
     一読、空也上人像の口からでている六体の「佛」を思いました。日本史の教科書に載っていたのは六波羅蜜寺の「木造空也上人立像」。大きな頭と痩せた脚。首から鉦をぶら下げ、右手に撞木、左手に杖。唱えた念仏が口から出ると佛の姿になっていく、という木像です。
     踊ることも念仏を唱えることも、続けていると次第に「恍惚」としてきます。恍惚とは、心奪われてうっとりするさま。舞踏的恍惚と宗教的恍惚が一致していく、それが季語「踊」の本質なのでしょう。
     死者の魂を念いつつ踊り続ける姿は、まるで「恍惚の口」から吐き出された「佛」が踊っているかのよう。やがて「佛」と我は渾然一体となり、「踊」の輪は輪廻のごとく回り続けるのです。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2018年6月28日週分)
  • 法師蝉ピース一本供えけり  あい

    季語
    法師蝉
    季節
    初秋
    分類
    動物
    鑑賞
     この句は「法師」に対して「供え」という動詞が、取り合わせの接点となっています。そして、取り合わせられているのが「ピース一本」というモノ。煙草の銘柄の「ピース」だと分かれば、たちどころに映像が浮かんできます。
     愛煙家で、特に「ピース」を好んでいた故人の墓に、火を付けたピースをお供えしている光景です。
     下五「供えけり」という詠嘆に、思いが籠もります。「法師蝉」の鳴き始めるお盆の頃の光景でありましょう。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2014年7月24日週分) 
  • 影の持つ水鉄砲も透きとほる  かのたま

    季語
    水鉄砲
    季節
    三夏
    分類
    人事
    鑑賞
     「影」とは「水鉄砲」を持っている人物の影です。一句の世界に存在しているのは水鉄砲を持った人とその「影」のみです。手にしているのは、透明あるいは半透明の素材でできたスケルトンの「水鉄砲」。夏の太陽光線は「水鉄砲」を突き抜け、水はゆらゆらと光を弾いています。
     ポイントとなるのは、「影の持つ水鉄砲も」の「も」です。この助詞は、手にしている「水鉄砲」も透き通っているけれど、「水鉄砲」の影も透き通っていることへの気づきを表現しています。
     「影」として立つ人物は「水鉄砲」を撃とうと構えているのか、はたまた撃たれた一瞬の放心か。賑やかで元気な印象の強い「水鉄砲」ですが、不思議な静寂もまたこの作品の大きな魅力です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2019年3月21日週分)
  • 長生きの月夜の金魚だからあげる   緑風佳

    季語
    金魚
    季節
    三夏
    分類
    動物
    鑑賞
     これはよくよく読むと怖い句です。「長生き」の「金魚だからあげる」と言われても、長生きだからこそ明日死ぬかもしれないわけで、それを善意で押しつけられているかのような不条理感。ニッと笑って「金魚」を手渡されているような不気味さもあります。
     「月」は秋の代表的な季語ですが、この句においては「月夜の金魚」という詩語として機能しており、その詩語がさらに静かな怖ろしさを演出しています。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2013年7月13日週分)
  • その歯には力があるか夏氷  松山市立南中学校一年 山本七海

    季語
    夏氷
    季節
    三夏
    分類
    人事
    鑑賞
     「その歯には力があるか」という力強い呼びかけが魅力的な一句。読んだ人ひとり一人に向かって、あなたの歯はいかが!?と問いかけるような口調が愉快です。
     下五の季語「夏氷」も溌刺とした強さ。「その歯」で勢いよくガリリと噛み砕く瞬間を、否応なく追体験させてくれる痛快な一句です。
     ※ 学年は受賞時  

    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:第10回はぴかちゃん歯いく大賞 はぴか大賞)
  • 電気臭き果実雲の峰迫る   トマト使いめりるりら

    季語
    雲の峰
    季節
    三夏
    分類
    天文
    鑑賞
     「電気臭き果実」とはどんな果実でしょうか。甘いんだけど舌先がビリッとするような、えぐ味のある熱帯の果実を思いました。
     晴天の雷を運んで来そうな「雲の峰」は南国特有の激しさで迫ってきます。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2020年6月兼題分)
  • 百物語尽きて畳のぶよぶよと  西田克憲

    季語
    百物語
    季節
    晩夏
    分類
    人事
    鑑賞
     「百物語」という季語の成分には、湿度もあります。「百物語」が尽きたとたん、足元の「畳」がいきなり「ぶよぶよと」湿気ていくという生々しさ。
     皮膚が感じ取る湿度で恐怖を表現することもできるのですね。百物語と畳の取合せの句は他にもありますが、「尽きて~ぶよぶよと」という湿度に実感があります。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年7月2日週分)
  • 父さんがいつもせんたく夏の空  難波小2年 渡部愛梨

    季語
    夏の空
    季節
    三夏
    分類
    天文
    鑑賞
     いいなあ! なんだか嬉しそうに堂々と洗濯物を干してるこの「父さん」、いいなあ! 「夏の空」っていう季語のやる気満々の明るさが、この「父さん」に似合っている。
     「いつもせんたく」してくれて家事もバリバリ片付ける「父さん」カッコイイ!って、愛梨ちゃんも思ってるんだろうな。娘にこんな句作ってもらえる「父さん」も、サイコーの気分だろうな~♪ 
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2013年6月13日週分) 
  • さぼりたる風鈴百にひとつくらい  田中木江

    季語
    風鈴
    季節
    三夏
    分類
    人事
    鑑賞
     色とりどりの風鈴が並ぶ市でしょうか、ホームに沢山の風鈴を吊している地方の小さな駅かもしれません。
     風鈴が一斉に鳴る様子を詠んだ句は色々ありますが、「百にひとつくらい」鳴ってない風鈴があることに気づく。それが小さな発見です。読者である私たちは、言われてみると確かにそんな場面を見たことがあると体験的に納得します。
     この句の巧さは「さぼりたる風船」に焦点を当てつつ、一斉に美しい音色を放つ風鈴の様子を、きちんと伝え得ている点にあります。「百にひとつ」と言い切って、鳴らない一つに焦点を当てるのではなく、「~くらい」と曖昧にすることで、鳴っている沢山の風鈴を主役にする。そこに、作者の大きな工夫があるのです。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2021年7月兼題分)
  • ゴミ箱にビニール垂れる垂れる梅雨  いかちゃん

    季語
    梅雨
    季節
    仲夏
    分類
    時候
    鑑賞
     「ゴミ箱」にいい加減に突っ込んだ「ビニール」が、「梅雨」の風に煽られながら増々垂れ下がってくるのです。
     「垂れる垂れる」のリフレインが、「梅雨」の一語を引っ張り出してくるという構造も巧みな一句です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2019年5月兼題分)