株式会社 夏井&カンパニー

百囀集

夏井いつきが市井の佳句を一句鑑賞

  • 桃の花鳥の形の蒙古班  松山・うらら

    季語
    桃の花
    季節
    晩春
    分類
    植物
    鑑賞
     桃の花と青いアザを取り合わせた句は他にもあるのですが、「蒙古班」ということで赤ん坊だということがわかります。
     桃の花の明るさと、赤ん坊の生命力。
     蒙古斑が「鳥の形」というのがいいですね。生き生きと、今にも羽ばたいていきそうで、見事な一句だったと思います。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2006年3月26日放送分)
  • 熱湯に放てばきゆうと蜆汁  さわらび

    季語
    蜆汁
    季節
    三春
    分類
    人事
    鑑賞
     発音すると「キュウ」になるんですが、かな遣いですね、『き・ゆ・う・と』って書いてあるんですね。歴史的なかな遣いの空気です。
     『放てば』という、この動詞の選び方がうまいですね。ぱっと入れて熱湯に散っていく感じというんでしょうか。
     楽しく、美味しそうな一句です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2007年3月放送分)
  • 一面の焦土女は馬鈴薯植う  中原久遠

    季語
    馬鈴薯植う
    季節
    仲春
    分類
    人事
    鑑賞
     世界は戦いに満ちています。時代を越えて、さまざまな理由で紛争が起こり戦争が繰り広げられています。「一面の焦土」となった故国にて、最初に行動を起こすのは「女」たちかもしれないとハッとします。戦争を起こす男たち、戦争に興奮する男たち、戦争で死ぬ男たちを横目に、「女」たちは、我が子を産み育てることを考えます。「一面の焦土」に打ちひしがれている暇はない。今はまず「馬鈴薯」を植えねばならぬと立ち上がる「女」たち。
     「貧者のパン」と呼ばれていた「馬鈴薯」を「植う」作業は、まさに命を繋ぐための仕事。台所の食材を超えた季語「馬鈴薯」本来の存在感を、読者の胸に打ち込んでくれる力強い作品です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2016年3月18日掲載分)

  • 花冷やブルーチーズの黴ぴりり  トポル

    季語
    花冷
    季節
    晩春
    分類
    時候
    鑑賞
     時候の季語なのに、「花=桜」の映像を内臓しているのが「花冷」の特徴です。この季語をどう表現するか、ストレートに温度としての体感で表現しようとした句は沢山あったのですが、味覚で表現する発想に、おおーこうきたか!という喜びがありました。
     「ブルーチーズ」は、慣れない人にとっては実に面妖な食べ物。表面の青い「黴」に驚きますし、恐る恐る舐めてみると「ぴりり」と舌を刺す風味。いつぞや、「あれ、腐っとったけん」と高級なブルーチーズを母に捨てられてたことを思い出しました(苦笑)。
     「花冷」という季語の奥に広がる桜の色が、「ブルーチーズ」の「黴」の青と対比され、「冷」の一字が持つ負の感覚に対し、「黴」の味の表現である「ぴりり」が呼応します。 さらに興味深いのは、「花冷」と「ブルーチーズ」が単純に取り合わせられているだけでなく、「ブルーチーズの黴ぴりり」という措辞全体が、季語「花冷」を表現する比喩的効果も持っている点です。「花冷」を味覚で表現すれば、「ブルーチーズの黴」であり「ぴりり」と舌を刺す刺激であり、「花」を楽しむように堪能される「ブルーチーズ」であるよ、ということなのですね。
     こんな句を読むと、今夜はブルーチーズをつまみにウィスキーでも飲みたくなってきます。  
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年3月26日週掲載分)
  • 万愚節炎使わぬ暮らしして  鞠月

    季語
    万愚節
    季節
    仲春
    分類
    人事
    鑑賞
     電化住宅を意味するのか、調理されたものを買ってくれば足りる生活を意味するのか……は、ともかく、「炎使わぬ暮らし」が成立していることに、ふと疑問を持つ作者。
     かつて人は「炎」を手にし、そこから文明を手にしてきました。今、「炎を使わぬ暮らし」を手に入れた末に、人類が支払った代償とは何だったのか、そんな作者の自問自答が漏れくるような一句です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2013年3月14日週発表分)
  • あの世まで見えそうな空田を起こす  種村聖巴子

    季語
    田起し
    季節
    仲春
    分類
    人事
    鑑賞
     「あの世まで見えそうな空」という比喩に驚きますが、下五「田を起こす」によって、晴れ渡った農村のいかにも春らしい空が見えてきます。季語の力とはこういうものなのかと惚れ惚れ致します。
     あの世ってのは、空の上にあるらしいが、それが見えそうなほどの上天気ではねえか、と見上げる麗かな空。「田」を耕す年月を見守り続けて下さったお天道様。今年も無事に耕せる喜びを噛みしめれば、「あの世」が少しずつ親しいものにも思えてきます。
     作者は秋田県の方だそうです。みちのくの爆発的な春へと続く、まだ早春の空は格別の美しさであろうと想像します。滋味深い一句との出会いが、みちのくの春への憧れを広げてくれます。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:第56回全国俳句山寺大会 特選)

  • 日永訳せばアルカイックスマイル  根子屋

    季語
    日永
    季節
    三春
    分類
    時候
    鑑賞
     発想に軽い驚きを覚えました。「日永」という季語を訳すとすれば「アルカイックスマイル」であるという詩的断定が大胆。
     「アルカイックスマイル」とは【ギリシャのアルカイック彫刻にみられる、口もとに微笑を浮かべた表情。
     中国六朝(りくちょう)時代や日本の飛鳥(あすか)時代の仏像の表情をもいう】と辞書には解説してありますが、お釈迦様の涅槃の頃でもある季語「日永」と「アルカイックスマイル」、発想の原点はそんなところにあるのかもしれません。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2013年2月14日週掲載分)
  • しわくちゃな朝を延ばして燕くる  宙のふう

    季語
    季節
    晩春
    分類
    動物
    鑑賞
     「燕」と「朝」は、気持ちのよさという意味で相性がよいのでしょう。朝の燕を描いた句は沢山あります。一種の類想といってもよいでしょう。類想とは、逆の考え方をすれば大いなる共通理解。
     この句は類想を土台としつつ、「しわくちゃな朝」という比喩でオリジナリティとリアリティを獲得しています。「燕」がしきりに行ったり来たりしているのは、「しわくちゃな朝」をアイロンのように延ばしているのだよという発想の明るさ。
     「しわくちゃな朝」とは慌ただしい朝のことでしょうか。しわくちゃな気持ちで目覚めた朝かもしれません。
     比喩の解釈が縦横に広がっていくのもこの作品の魅力。「燕」の動きを映像として見せる比喩の使い方も見事です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2019年3月発表分)
  • 鳥の影耳にぶつかる梅の園  シュリ

    季語
    季節
    初春
    分類
    植物
    鑑賞
     「梅の園」に集まる「鳥」を詠んだ句は数多ありますが、「鳥の影耳にぶつかる」という措辞のリアリティに、我が耳がハッと反応しました。
     「鳥の影」は「ぶつかる」ものではありませんが、一瞬の影と羽ばたきが連動して「耳にぶつかる」と感じられた。そこに詩があります。
     兼題「梅」に対し「梅の園」としたのにも確たる理由が読み取れます。「鳥の影」の動きや羽ばたきの音を、読者に感知させるための広い空間が必要だからです。
     いきなり頭上をよぎる「鳥の影」と羽音は、硬質な光と響き。「耳」は音だけでなく波動もキャッチする器官だという更なる認識。
     春の寒さの中に咲く白梅の空を想像したのは、その生々しい追体験のせいかもしれません。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2020年2月発表分)
  • 紅梅を飾りて暗きクラブかな  じろ

    季語
    紅梅
    季節
    初春
    分類
    植物
    鑑賞
     うわっ、ちょっと吃驚な一句。「紅梅」とは春の初々しい華やぎをもった季語だと認識し続けてきたので、この妖艶な暗さにドキッとします。
     「白梅」の特徴を「気品」だとすれば、「紅梅」は「華やぎ」ですね。その華やぎにも、濃淡明暗あって然るべしなのですが、ついつい一定方向のベクトルで「紅梅」を捉えがちだったなあと猛反省しております。
     場としての「クラブ」には【1政治・社交・文芸・スポーツ・娯楽などで、共通の目的を持つ人々によって組織された会。また、その集会所。2会員制を建て前とする酒場】と二つの意味がありますが、すぐ上の措辞「暗き」の効果によって、会員制の高級な店が想像されます。
     会員制高級クラブの扉を開くと、しずかなさざめきとともに微かな芳香が広がっていることに気づきます。ん?これは……と踏み出すと、店の奥の大きな壺に、「紅梅」が見事に投げ込まれているのに気づきます。ああ、香りはこれだったかと腑に落ち、そうか、もう「紅梅」の咲く頃かと、心がふっと華やぎます。
     「○○を飾りて」という植物系の句に対しては、他のモノを飾ってもエエんちゃうか?……と反問してみることが必須ですが、この句の「クラブ」という場所、「暗き」という描写によって、「紅梅」の豪華にして妖艶な姿はありありと立ち上ってきます。
     青空の下で見る紅梅とは違う妖しげな美しさと馥郁たる香りを愛でつつ、グラスを傾けるその席には、裾に白梅をあしらった着物のママさんが凜と背筋を伸ばして座っているのかもしれない、と、そんな想像まで膨らんできた作品でした。
     
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2014年1月30日週掲載分)
  • 鶯笛しーつ静かに人さらひ  じゃすみん

    季語
    鶯笛
    季節
    初春
    分類
    人事
    鑑賞
     これは独特な感性の一句ですね。
     鶯笛を吹いている人がいる。「シーッ」って……「吹くのやめて、シーッ」と言われるわけです。
    「シーッ 静かにして」……「どうしたの?」「今、人攫いが近くに来ている」「あぁ!」
     ひとつの世界がちゃんと一句の中にパッキングされているんですね。俳句ってすごいなぁ、と改めて思いますね。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2019年3月22日放送分)
  • 医薬酒のあまき草の香春めける  緑の手

    季語
    春めく
    季節
    初春
    分類
    時候
    鑑賞
     「医薬酒」というと養命酒を思い浮かべてしまうワタクシですが、勿論それに限定する必要はありません。
     「医薬酒」の匂いを「あまき草の香」と表現することで、こくのあるとろんと香る薬酒がうかんできます。
     下五「春めける」は連体形。倒置法で語順が入れ替えられていますので、意味としては「春めける医薬酒」「春めけるあまき草の香」と解釈することができます。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2013年1月31日週発表分)
  • 春浅し何も掴めぬ足の指  あいだほ

    季語
    春浅し
    季節
    初春
    分類
    時候
    鑑賞
     「春浅し」は映像を持たない時候の季語。その季語を表現するために取り合わせたのが「何も掴めぬ足の指」です。確かに、手と同じように足にも指があるのに、手の指のように自在に掴めないのが「足の指」。
     長い冬を終え、春を迎えた我が足の指をしげしげ眺めているのでしょうか。それとも、足元に落ちた何かを無精にも足の指でつまみ上げようとしているのか。
     何一つ巧く「掴めぬ」我が足の指のなんと不器用なことかと「足の指」の不自由を嘆く。いやいや、まだ春が浅いから足の指の動きも鈍いのかもしれぬ。これが春爛漫の頃ともなれば! なんて考え始めている作者なのかもしれないと思うと、ますます可笑しくなってくる、愛すべき作品です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2019年2月発表分
  • 雪うさぎのなんとあたたかさうな白  ぐでたまご

    季語
    雪兎
    季節
    晩冬
    分類
    人事
    鑑賞
     なんとも単純にして、なんとも「雪うさぎ」らしさにあふれた一句。「雪うさぎ」と「あたたか」という言葉を取り合わせる発想の句はあるに違いありませんが、全ての言葉を受け止める「白」の一語が鮮やかです。
     例えば、「雪うさぎ」と「雪だるま」の違いを確保したい時、大きさや場所の違いを書きたくなりがちですが、「あたたかさうな白」という心情を含んだ質感で表現する。その感覚が瑞々しいのです。
     小さな「雪うさぎ」は、その小ささゆえに雪の日の太陽を透かせ、表面の雪の粒が光を弾きます。丸いかたち、赤い実の目、小さな葉っぱの耳。季語「雪うさぎ」の存在そのものが「あたたか」なものなのだなと、読み手の心まであたたかくなってくる作品でした。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2018年11月15日週発表分)
  • 探梅や天智天武の恋幾たび  めいおう星

    季語
    探梅
    季節
    晩冬
    分類
    人事
    鑑賞
     「探梅」は、冬の人事の季語。「雪深い山に梅を尋ねること」と歳時記には解説してあります。春告草とも呼ばれる梅を探しに行くという風流が、季語の核となります。
     天智天皇、天武天皇が生きていた時代には、花といえば「梅」を意味していました。額田王をめぐる三角関係説もある、兄の「天智」と弟の「天武」。
     彼らの「恋」が「恋幾たび」も華やいだ時代には、かぐわしい梅の香りが似合います。雪深い山に梅を尋ねて分け入っていく「探梅」は、かの時代の相聞歌のイメージと重なります。
     季語「探梅」の野生味と情趣を表現しようとする時、万葉集の時代の「恋」と取り合わせる手があったか!と、膝を打った次第です。上五の季語を強める「や」から、下五「幾たび」でおさめるあたりのバランス感覚もさすがの一句です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2017年11月26日週発表分)