株式会社 夏井&カンパニー

百囀集

夏井いつきが市井の佳句を一句鑑賞

  • つきみそうリコーダーならラの音だ  ひろしげ8さい

    季語
    月見草
    季節
    晩夏
    分類
    植物
    鑑賞
     「つきみそう」は時間とともに色を変えていく儚げな花。「リコーダー」の柔らかい音だけだと「つきみそう」の美しい負性を表現しきれませんが、「ラの音」には微かな翳りがあります。聞くところによると、沖縄の音階にはレとラがないのだとか。沖縄の歌の懐かしさや温かみは、そんな音の成分にも要因があるのでしょうか。
     「つきみそう」は「リコーダー」の音階に喩えると「ラの音だ」という詩的断定は、さざ波のような淋しさ、そして憂いとなって、読者の心に寄せては返します。「ラ」という音への感性、「つきみそう」の儚さへ寄り添う心、それらが八歳の少年の心を通して、こんな詩語となって結実していることに静かな感動を覚えます。
       
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2016年7月22日掲載分)
  • パリ祭や欠損したる鳩の趾(あし)  あねご

    季語
    パリ祭
    季節
    晩夏
    分類
    人事
    鑑賞
     「バリ」という華やかな都市名を冠したこの季語、一見ロマンチックにして美しい祝祭日を思いがちですが、「パリ祭」とは革命記念日。絶対王制や身分制度に立ち向かったフランス国民が、自ら流した血と引き替えにむしり取った市民革命の日なのです。 
     「パリ祭や」と掲げての取り合わせ。「欠損したる」ものが「鳩の趾」だと分かったとたんの生々しい衝撃。平和の象徴である「鳩」の欠けた「趾」に、フランス革命という凄惨な産みの歴史が重なります。季語「パリ祭」に肉薄した佳句。
    (※ パリ祭=7月14日)  
      
    (鑑賞:夏井いつき)  
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2013年7月12日放送分)
  • ががんぼを扇ぎ夜へと戻しやり  小田寺登女

    季語
    ががんぼ
    季節
    三夏
    分類
    動物
    鑑賞
     「ががんぼ」と「夜」、あるいは「ががんぼ」を「扇ぎ」て追い払うという発想の句はいくらでも目にするのですが、その手の類想から抜け出し得たのが、後半の「夜へと戻しやり」という措辞です。
     「ががんぼ」を扇いでいる作者の動きや、吹かれる「ががんぼ」の様子が目に見えるように感じられるのも、「夜へ」向かって「戻しやる」という表現の巧さです。「夜」という塊が、まるで暗い幕のようにそこにあり、その「夜」へ向かって扇ぎながら戻しやっている描写が、そのまま詩語となりました。動詞「扇ぎ」の位置、微量の厭う気持ちを含んだ複合動詞「戻しやり」の的確な選択、そして映像化。過不足のない言葉の選択が実に見事な作品です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』7月15日放送分)
  • 蜻蛉生るたちまち空は立体へ  矢野リンド

    季語
    蜻蛉生る
    季節
    仲夏
    分類
    動物
    鑑賞
     やごの背が割れて、羽化が始まります。頭、胸、やわらかい翅、そして脚が出て、踏ん張りながら腹の部分を引っ張り出します。「蜻蛉」がトンボとしての全き姿を手に入れたとたん、「蜻蛉」にとっての「空」もまた「たちまち」に「立体へ」と変容していきます。
     二万個もあるという複眼で、「蜻蛉」は立体となっていく「空」を凝視します。「空」が完成し、我が翅がしっかり伸びきったのを確認して、「蜻蛉」は蜻蛉としてその空へ飛び立ちます。
    「蜻蛉」が羽化することを「生る」と表現する季語の本意は、変容への感動。「蜻蛉生る」短い時間の感動を3Dの映像のような「空」で表現してしまうとは、なんとカッコいい発想でしょう。
         
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2016年6月10日掲載分)
  • 冷麦のなんと気楽や箸の国  みなと

    季語
    冷麦
    季節
    三夏
    分類
    人事
    鑑賞
     索麺よりもちょっと太いから茹でるのも時間がかかるんじゃないかしらと思っていたけれど、実際に茹でてみれば、あっという間に茹だるし、喉ごしも気持ちいい! そんな実感が思わず「冷麦のなんと気楽や」という言葉になって転がり出たのでしょう。
     季語「冷麦」を含む上五中下のフレーズで、言いたいことはほぼ言えているわけですから、残り五音をどうまとめるかが一句のポイント。「箸の国」という悠々たる下五の巧さに惚れ惚れします。「箸」の端正な形、機能、「箸」に挟まれた「冷麦」の美しさに改めて感じ入ります。私たちは「箸の国」の人として「箸」という食文化を使いこなし、器用に美しく、今年の「冷麦」をいただきましょう。

    (鑑賞:夏井いつき)
    (松山市公式サイト『俳句ポスト365』7月8日掲載分)
  • アイスコーヒーと眺む多肉植物の憂い  無窮花(むぐんふぁ)

    季語
    アイスコーヒー
    季節
    三夏
    分類
    人事
    鑑賞
     「多肉植物」とは、サボテンのように肥厚した葉や茎などに多量の水分を含んでいる植物を指します。乾燥した土地や塩分の強い土地などに生育するのが特徴ですが、最近はインテリアとしてユニークな形の「多肉植物」を飾るのも流行っているようです。
     エアコンのきいた涼しい部屋で「アイスコーヒー」を飲んでいるのか、お洒落なカフェか。片隅に置かれた大きな「多肉植物」か、卓上に飾られた小さなものか。「多肉植物」たちは「憂い」を抱えているから、妙な形に膨らんだり鋭い棘が生えだしたりしてくるんじゃないのか……。「多肉植物の憂い」をぼんやりと眺める作者の心を過る想念。都会の憂いが溶ける「アイスコーヒー」の苦さ。

    (鑑賞:夏井いつき)
    (ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』6月17日放送分)
  • 巴旦杏愛は真円ならざりき  長野・遠音

    季語
    巴旦杏
    季節
    仲夏
    分類
    植物
    鑑賞
     「巴旦杏」とは、スモモの一品種。大形の実の先が尖っているため、「とがりすもも」という呼び名もあるようです。中国原産で、熟すと赤い表皮に白い粉を帯びる美しい果実です。
     尖がっている「巴旦杏」に対して、「愛は真円ならざりき」と呟く作者。「なら・ざり・き」を品詞分解すると、断定+打消+過去となりますから、「愛は真円ではなかった」というニュアンスでしょうか。「愛」とは真円ではなく、歪んだり尖ったりしていると読んでもいいし、凸凹の「愛」に包まれて人はみな傷心の日々を生き、やがて再生していくのだよと読むのも一興。
     巴旦杏の尖ったお尻を見ながら、私たちは「愛」というものについて考え始めるのです。

    (鑑賞:夏井いつき)
    (ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』6月24日放送分)
  • 夏暁を鎌研ぐ音が急き立てる  日土・だんご虫

    季語
    夏暁
    季節
    三夏
    分類
    時候
    鑑賞
     夏の農作業は、お日さまが上がるまでの涼しい時間にどれだけ仕事を片付けられるかが重要なのです。日中の暑い間は、屋根の下でできる作業をしたり、ちょっと横になって休憩したりするのです。
     日々の疲れが溜まる夏の暁、思わずも寝過ごしてしまったのでしょうか。「鎌」を「研ぐ」シュッシュッという「音」が、早くしないとお日さまが上ってしまうよ……という焦りをかき立てます。「夏暁を」の「を」は、経過していく時間や場所を意味する助詞。一音の使い方にも心が行き届いています。「鎌研ぐ音が急き立てる」という擬人化で、このような現場証明のある「夏暁」を表現できるのは、やはり農業に携わる人ならではの実感の強さゆえでしょう。
     
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2016年7月1日放送分)
  • 蜜柑の花散つて熊楠まつぱだか  博士

    季語
    蜜柑の花
    季節
    初夏
    分類
    植物
    鑑賞
     「熊楠」とは南方熊楠のこと。博物学者で生物学者で民俗学者。驚異的な記憶力を持ちつつ様々な奇行でも有名な人でした。「まつぱだか」もその一つ。ふんどしだけで野山を跋扈していたとの逸話を思う時、後半の措辞「熊楠まつぱだか」は微笑ましくもあります。
     熊楠が生まれた和歌山は、蜜柑の産地。彼の地の「蜜柑の花」の濃厚な香りが、奇才の脳髄を凜々と刺激していたに違いないと、そんな妄想も抱きます。臨終の際に「花が消えるから」と医者を拒否したという熊楠。「蜜柑の花散つて」は、熊楠という巨星への弔辞であり、小さな星のような花をこぼした後に実る蜜柑という豊かな果実への賛辞でもあるのでしょう。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2016年5月27日掲載分)
  • 龍の息めく鮒鮓の臭気(かざ)なせり  佐藤直哉

    季語
    鮒鮓
    季節
    三夏
    分類
    人事
    鑑賞
     「鮒鮓」は琵琶湖を擁する滋賀県の名産。「鮒鮓」の臭いを詠んだ句は沢山ありますが、「龍の息めく」という比喩が卓抜です。その見事な比喩を「臭気なせり」という古風な言い回しが受け止めることで、一種の格調も醸し出します。
     空想上の生き物「龍」の生々しい「息」を想像できるのが俳人たる嗅覚。琵琶湖に潜んでいる「龍」だから、沢山の鮒を食べているに違いない。一気に吸い込まれた鮒たちは、腹の中で長い時間をかけて発酵しているかもしれない。となれば、その「龍の息」もきっと腥いに違いない。琵琶湖へのご挨拶も含めて、二重三重の仕掛けをもって「鮒鮓」という季語を表現した逸品です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2016年5月13日掲載分)
  • 初夏や跳ねては沈む野の兎  でこはち

    季語
    初夏
    季節
    初夏
    分類
    時候
    鑑賞
     試みに「野兎の跳ねては沈む夏はじめ」と、語順を替えてみましょうか。述べている意味は同じですが、一句の勢いは全く違います。 掲出句の上五「初夏や」という切字の勢い。中七「跳ねては沈む」という描写のリアリティ。下五「野」という広さを思わせてからの「~の兎」という生き物への焦点の絞り方。この語順が一句の世界を生き生きと立ち上がらせているのです。あるべき言葉が見事に選択され、適所に置かれていることが手に取るように分かる作品。
    「跳ねては沈む野の兎」は「初夏」のひかりを弾きながら、あっという間に「野」のなかに消えていきます。その速さがまた「初夏」の躍動感となって、読者の心に清々しく印象付けられます。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年5月15日掲載分)
  • 茅花流しやアトランタより巨船  緑の手

    季語
    茅花流し
    季節
    初夏
    分類
    天文
    鑑賞
     「茅花流し」とは、茅花の銀色の絮を揺するように吹く風のこと。そして、「アトランタ」とはアメリカのジョージア州にある都市です。「アトランタ」という地名の響きが「茅花流し」という季語の世界に吹き込んでくることに、非常に新鮮な思いがありました。
     「アトランタより巨船」とは、アトランタを出発して日本に到着した客船でしょうか、貨物船でしょうか。茅花流しの風に乗って、という印象が優しくもありダイナミックでもあります。
     一読、リズムが気になる人もいるかとは思いますが、「茅花流しや/アトランタより/巨船」の773の調べが独特の味わい。足してみると17音になるという工夫も誉めたいところです。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2015年5月15日放送分)
  • 産気づく象舎や春の月は望  長緒 連

    季語
    春の月
    季節
    三春
    分類
    天文
    鑑賞
     上五中七「産気づく象舎や」で象舎内を描写し、「や」の強調からカットが替わり、象舎の上にのぼっている「春の月」がクローズアップされます。「春の月のぼる」ではなく「春の月は望」としたところも巧いですね。「望」は「望月」つまり満月のことです。「象舎」では母象が「産気」づいて、いよいよお産が始まるよ、折しも上ってきた「春の月」は、見事な「望」の月であるよ、という詠嘆が、いよいよ始まるお産への期待感を表現します。
     「産気づく象」ではなく「象舎」と述べることで、緊張感が満ちる象舎の様子や出入りする飼育員の表情をも想像させます。「春の月」が命の始まりのイメージとして表現された悠々たる作品です。
       
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年5月1日掲載分)
  • 鯉と鯉ぶつかる匂ひあたたかし  小木さん

    季語
    暖か
    季節
    三春
    分類
    時候
    鑑賞
     季語「暖か」を表現するために、「鯉と鯉」が「ぶつかる」折に発する「匂ひ」に焦点を絞り込んでくるとは、実に鋭敏な感覚の持ち主だと感嘆致しました。「匂ひ」という3音の嗅覚表現が、作者の感知した光景を読者の脳裏に鮮やかに伝えます。
     「あたたか」くなってきた水辺に佇むと、「鯉」たちは餌が貰えるのではないかとざぶざぶ集まってきます。「鯉と鯉」が身を翻し「ぶつかる」時、池の水は大きく揺らぎ、水は「匂ひ」を放ちます。きらきらと春の日を弾く水面、「鯉」たちに揉まれる水の音、生臭い「匂ひ」。視覚と聴覚と嗅覚を、上五中七の12音で見事に表現し得てこその、季語「あたたかし」という実感です。
       
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年4月23日掲載分)
  • 雨の野や馬の子の名はルミエール  東ゆっこ

    季語
    馬の子
    季節
    晩春
    分類
    動物
    鑑賞
     「ルミエール」とはフランス語で「光」の意。こんな名前をつけるということは、生まれた「馬の子」はサラブレッド系でしょうか。
     中七下五の詩句をさらに美しくしているのが上五「雨の野や」という詠嘆。「馬の子」が春の季語ですから、この「野」は春草の芽吹く野原です。朝の雨を想像したのは「ルミエール」という言葉の余韻でしょうか。朝の雨が降る明るい野の美しさ。今朝生まれた「馬の子の名」を「ルミエール」と決めた瞬間の感動が、読み手の心にさざなみのように広がってきます。
     やがてこの輝く野を、光のような鬣をなびかせ、光のように疾駆する「馬の子」は、今やっと立ち上がって母馬の乳房に鼻をすり寄せているのでしょう。
       
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2014年4月11日掲載分)