百囀集
夏井いつきが市井の佳句を一句鑑賞
奈良や春いろに言うなら蘇芳色 弁女
- 季語
- 春
- 季節
- 三春
- 分類
- 時候
- 鑑賞
- 「奈良や春」から「いろに言うなら」という展開が、まるで和歌のような味わいと調べ。
下五の後に付け句を誘うかのような嫋やかさが魅力の一句です。
(出典:俳句季刊誌 伊月庵通信 2021年夏号 「日本の色歳時記」欄)
まんさくやわらしべ長者のその後のこと 松本だりあ
- 季語
- 満作(まんさく)
- 季節
- 初春
- 分類
- 植物
- 鑑賞
- こんな発想も愉快だなあ。拾った藁を他の何かと交換しながら歩いて、ついには長者さまになってしまうのが「わらしべ長者」のお話ですが、「その後」に思いを馳せたことはありませんでした(笑)。長者になってめでたしめでたし……では終わらない物語があるのかもなあ。
この花がよく咲くとその秋の実りが豊かになると言われることから名付けられたのが、「まんさく」の名のもう一つの由来。「まんさく」「わらしべ長者」の付かず離れずのイメージが楽しい作品です。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2013年2月7日週分)
きみといふみづの器や春を待つ 稲畑とりこ
- 季語
- 春待つ
- 季節
- 仲冬
- 分類
- 時候
- 鑑賞
- 詩歌における「きみ」は恋愛の対象をイメージさせます。
「みづの器」のように瑞々しい「きみ」への真摯な恋心にとどまらず、春を司る佐保姫のような普遍的存在をも匂わせるたおやかな作品です。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2023年1月兼題分)
鯨待つ砲手の洟の乾きけり クズウジュンイチ
- 季語
- 鯨
- 季節
- 三冬
- 分類
- 動物
- 鑑賞
- 「鯨待つ砲手」という人物を一句の世界に置いてみるだけならば誰にでもできますが、この人物に強いリアリティをもたせられるか否かが、かなり高いハードルです。
一句を読んだとたん、行ったこともない南氷洋の捕鯨船の甲板に自分がワープしていることに驚きました。荒れる波、上下に揺れる船、冷たい波飛沫、悴む手、鯨が近くにいると分かる緊張感、「砲手」の横顔。垂れた「洟(はな)」が、そのまま乾いているという描写の、なんたるリアリティでしょう。さらに一瞬も気が抜けない時間の経過が「乾きけり」という詠嘆となります。
「けり」は過去の助動詞ですが、元々は【気づき】を意味する語であったそうです。その状況は兼ねてからそこにあったのに、今、ハッとワタクシが気付いた!という意味で、詠嘆や強意を示す言葉として変化しました。「鯨待つ」という状況、「砲手」という人物、その「洟」がバリバリに「乾き」きっているという状態、それらが抜き差しならぬ映像として読み手に迫ってくる、迫力の「けり」の一句でありました。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2014年11月13日週分)
見上ぐれば雪は鈍色受けて白 樹朋
- 季語
- 雪
- 季節
- 三冬
- 分類
- 天文
- 鑑賞
- 「見上ぐれば」と視線を引き上げ、「鈍色」の影としての「雪」を見せ、手に触れる雪片を「受けて白」と言い切る。
素朴で確かな描写の力だ。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:俳句季刊誌 伊月庵通信 2020年秋号 「日本の色歳時記」欄)
御手植えの県の木冬芽恙なし こりのらはしに
- 季語
- 冬芽
- 季節
- 三冬
- 分類
- 植物
- 鑑賞
- 言葉の経済効率が抜群の一句。「お手植え」の一語で、かつて皇室のどなたかがここを訪れ植樹をなさった木がそこにあることが分かります。さらに植えたモノが「県の木」であるというのが、いかにもお役所的チョイスだなあ~というリアリティ。
「冬芽恙なし」という平和で平穏な下五も、この句には絶妙な効果です。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2014年12月15日週分)
晴れ晴れと千鳥を散らしつつ着岸 古瀬まさあき
- 季語
- 千鳥
- 季節
- 三冬
- 分類
- 動物
- 鑑賞
- 打ち込まれた木の杭、張り渡された板。河口近くの小さな船着き場を思いました。波打ち際では、千鳥たちが餌を漁っています。人々を乗せる渡し舟でしょうか、モノを運ぶ簡素な川舟かもしれません。そんな舟が着岸するさまを眺めているとも読めますが、個人的には舟に乗っている人物の視点から味わいたい作品です。
冬晴れの明るい空。冷たいけれど頬に気持よい風。目指す船着き場に着く寸前、砂浜の千鳥たちがハッと飛び立ち、小舟はコツンと着岸に揺れる。「晴れ晴れと千鳥を散らし」とは、まさにこの実感に違いないと。ややもすると間延びしがちな「~つつ」という措辞が、「着岸」までのささやかな時間を映像化。いかにも季語「千鳥」らしい描写の一句となりました。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2024年11月兼題分)
石呑み込むやうに飯 福寿草がまぶしい いさな歌鈴
- 季語
- 福寿草
- 季節
- 新年
- 分類
- 植物
- 鑑賞
- 種田山頭火のような自由律の一句。まず押さえたいのは、前半の助詞「に」です。仮に「石飲み込むやうな飯」であれば、固く冷たい飯の意になりますが、「石飲み込むやうに飯」ですから(何かの事情や心身の調子によって)石を飲み込むように飯を食べていると読み解けます。このニュアンスを押さえた上で、出現する後半の「福寿草」にハッと息を飲みます。石を飲み込むようにしても飯が食えている有り難さを、新年の季語「福寿草」の眩しさに託す。「福寿草がまぶしい」という率直な措辞は、季語「福寿草」の存在をまっすぐに読み手の心に差し出すかのようです。灰色の石と白い飯と黄金色の福寿草のイメージの対比も隠し味。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2022年1月兼題分)
日の丸にきれいな余白水仙花 にゃん
- 季語
- 水仙
- 季節
- 晩冬
- 分類
- 植物
- 鑑賞
- 「日の丸」のデザインは、シンプルの極致なる美。赤の周りの白の部分を「きれいな余白」と認識できる感覚そのものが詩だなあと思います。
上五中七の音数を使って「日の丸」の単純美を称えた後の、「水仙花」の取り合わせが絶妙。
水仙の白い花びらと、黄色の芯の部分の配置が、そのまま「日の丸」の単純美と響き合います。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2021年11月20日週分)
ほぼ捨てていくつか売つて寒き家 大岩摩利
- 季語
- 寒し
- 季節
- 三冬
- 分類
- 時候
- 鑑賞
- 冬の時候の季語「寒し」は、体感だけでなく、心情を重ねて表現する場合もあります。実家処分の場面と「寒し」を取り合わせる発想はそれなりにありますが、掲出句には強い現場証明を感じました。
どこにも「実家」とは書いていませんが、両親の居なくなった家を片付けているに違いないと読みました。感傷的な気持ちはあまりなく、面倒くさい処分を託されていることを苦々しく思っているのではないでしょうか。
一句の構成として巧いのは、「捨てて」「売つて」と動作を重ねたことだけでなく、「ほぼ」「いくつか」というニュアンスを添えた点。この工夫が真実味となりました。
下五「寒き家」は、何もなくなった空間的寒さであり、家や親に対する冷ややかな心情をも表しているのではないかと。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2024年1月兼題分)
都合悪いと蜜柑ばっかり剥いて、もう 可不可
- 季語
- 蜜柑
- 季節
- 三冬
- 分類
- 植物
- 鑑賞
- 読点を巧く使った一句。二人の人物がいるわけですが、女性と思われる側の言葉(あるいは心の内の言葉)を書き留めることによって、両方の人物を描写している点が興味深いですね。
最後の「、もう」の部分を、どんな台詞まわしで声にするかによって、一句のドラマはいかようにも変化していきます。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年10月29日週分)
日めくりの豊かな虚や十二月 栗田すずさん
- 季語
- 十二月
- 季節
- 仲冬
- 分類
- 時候
- 鑑賞
- 「虚」は、「うろ」と読みます。内部が空になっているところという意味の「うろ」には、「虚」「空」「洞」等の文字がありますが、「虚」という文字は句の内容に対して的確です。
一日一日「日めくり」を破っていくと、過ぎた日数分の枚数が、破れた断面の厚みとなって残ります。それを「豊かな虚」と表現したのです。時候の季語「十二月」は、本来映像を持たないのですが、目に見える厚みとして実感させているのが、この句の眼目。しかも、その「虚」を「豊かな」と感じているのですから、作者にとってこの一年がどういうものであったかも、読み取ることができます。
中七の「や」の詠嘆は、作者にとっての「十二月」という季語への詠嘆にも重なってきます。
「日めくり」と「十二月」は、言わばベタな取り合わせですが、中七の工夫があれば十二分に新しくなれる。そんなお手本のような作品です。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2022年12月兼題分)
枇杷の花小鳥1の役に決まったよ 座敷わらしなつき(7才)
- 季語
- 枇杷の花
- 季節
- 仲冬
- 分類
- 植物
- 鑑賞
- 「枇杷の花」の咲く頃の発表会でしょうか。クラスで演じる劇の役どころは「小鳥1の役」。1があれば、2も3もあるのでしょう。
口々に「枇杷の花」を苛む役か。はたまた慰める役か。醜いアヒルの子のような「枇杷の花」をめぐる小鳥たちのおしゃべり。
どんな劇なのかと想像が広がります。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2018年11月1日週分)
※ 年齢は投句時
冬蜂や怒りは遅い毒のやう 渋谷 晶
- 季語
- 冬蜂
- 季節
- 三冬
- 分類
- 動物
- 鑑賞
- 「冬蜂や」という詠嘆に取り合わせたのは「怒り」という感情。
「遅い毒のやう」という比喩のリアリティが、じわじわと効いてくる。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:俳句季刊誌 伊月庵通信 2023年春号 雑詠欄「百囀集」)
太陽は今日も灰色帰り花 松廣李子
- 季語
- 帰り花
- 季節
- 初冬
- 分類
- 植物
- 鑑賞
- 初冬の「太陽」は「今日も灰色」です。
「も」という助詞が示す変わらない日常を、ポッと灯すかのように「帰り花」が咲きます。
「灰色」との対比という意味でも、ここは色のある「帰り花」を想像したい一句。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2018年11月兼題分)