夏井&カンパニー読本
■募集終了のお知らせ
「夏井&カンパニー読本」は2024年12月31日(火)をもちまして募集を終了する運びとなりました。夏井&カンパニーのHPに掲載中の鑑賞文については引き続きご覧いただけるよう、アーカイブとして保存していますので、ご投稿いただいた様々な鑑賞文を、ぜひご覧ください。
先生と大きな月を待つてゐる 夏井いつき
- 季語
- 月
- 季節
- 三秋
- 分類
- 天文
- 鑑賞
- そういえば私は月の出を待ったことがない。いつもバタバタと暮らしていて何かの拍子に外へ出て月に気が付く。
作者はゆったりと月の出を待っている。しかも大好きな先生と(俳句の先生を想像した。)お酒を酌み交わしながら月の句の話をしているのかもしれない、近況報告をしているのかもしれない。とても豊かで期待に満ちた時間が流れている。句に使われている言葉は平明で、それゆえに月のシンプルな美しさや大きさが表現されていると思う。
「行く春を近江の人と惜しみける」という句がある。心の通じる誰かと琴線に触れる場面を共有する嬉しさというものを私は俳句を始めてから知ったような気がする。月、待ってみようかな。
(鑑賞:矢野リンド)
(出典:句集『伊月集 龍』)
仏壇のまへで昼寝をしてゐたる 夏井いつき
- 季語
- 昼寝
- 季節
- 三夏
- 分類
- 人事
- 鑑賞
- 仏壇があるのは、薄暗い静かな座敷。ここだけ少し空気がひんやりしているような。
仕事が立て込んで、夜も暑くて寝苦しい。そんな日々のすき間の時間。ちょっとだけ横になるといつのまにか眠っていたらしい。
向こうの部屋から家族の声が聞こえます。何を言っているのかまでは分からない声が、子守唄のようにさざめいて、その声の中にはもういないはずの家族の声も混じっているような気がするのです。
もう少しだけ眠っていよう。
(鑑賞:富山の露玉)
(出典:句集『伊月集 龍』)
電線のあまねし竜田姫の空 夏井いつき
- 季語
- 竜田姫
- 季節
- 三秋
- 分類
- 天文
- 鑑賞
- あまねしというと電線の張り巡らされた空でしょうか。それなら下町の空を思い浮かべます。民家が並ぶ狭い露地には鉢植えがはみ出し、秋らしい花のひとつも咲いているかもしれませんが、電線や町並に遮られても空に竜田姫の気配は隠しきれないのだと示されてはっとします。
また、あまねしとは電線が世界の隅々まで行き渡っているさま、とも読むことができます。現代では余程の秘境にでも行かない限り、空を見上げればどこかに電線が走っています。秋の果てなく高い空のように電線も果てなくどこかにつながっていると思えば愉快です。
景色の邪魔をする電線も、竜田姫ならば裳裾の飾り紐としてコーディネートはお手の物なのでしょう。
(鑑賞:抹茶金魚)
(出典:『絶滅寸前季語辞典』)
西瓜割るわるわる叩き割る敗戦 夏井いつき
- 季語
- 西瓜
- 季節
- 初秋
- 分類
- 植物
- 鑑賞
- 恐ろしい句だ。日常に潜む狂気、隠された殺人の記憶が浮かび上がる。
真夏の青空の下、西瓜割りに興じる家族。人々の心にまだ戦争の傷跡が残る時代。微笑みながら、孫を見ていた男はふと空を見上げる。終戦の日もこんな青空だった。そんな感慨から一転、記憶は戦場に跳ぶ。焦土。火薬と鉄の匂い。日常的な暴力。肉が裂け、血が滑る。極限の日々。顔にしぶきが飛んだ瞬間、男は棒を掴み、敵を叩きつけた。ぐしゃりという手応え。身体中の血が逆流する。男は何度も、何度も棒を振り下ろす。赤い血が飛び散る。
「おじいちゃん!?」
孫の泣き声に我に帰る男。目の前には形状をとどめぬ西瓜の残骸と、怯える家族の顔、顔、顔…。
蝉が鳴いている。
(鑑賞:こま)
(出典:句集『旗』)
日盛や漂流物のなかに櫛 夏井いつき
- 季語
- 日盛
- 季節
- 晩夏
- 分類
- 天文
- 鑑賞
- 猛々しい草叢をかき分けてゆくと、小川が目の前にあらわれた。流れから外れた澱みには、漂流物が肩を寄せ合っている。ペットボトルや空缶に混ざって紫色の平たいものが見える。いくつか歯の欠けたプラスチックの櫛。無機質な物のなかで、唯ひとつ命の気配を残している。髪は女の命、言い古されたフレーズではあるけれど。
黒髪、茶髪、そして白髪・・・生きて、愛して、涙して、日々髪をくしけずる女たち。
じりじりと照りつける午後の陽。彼女は、汗ばんだ顔ににまとわりつく髪を手の甲でぬぐった。
(鑑賞:中原久遠)
(出典:句集『伊月集 龍』)
手の甲の血は野茨のものである 夏井いつき
- 季語
- 野茨
- 季節
- 初夏
- 分類
- 植物
- 鑑賞
- 「あら、あなた手の甲から血が出ているじゃない。この野茨の棘で怪我をしたんじゃないの。」
「いえ、この血は私の血ではなくて、野茨のものなんです。」
「野茨のものですって。」
「ええ。野茨は臆病で誰にも触れられたくないから、こんな風に棘で自分を守っているんです。それなのに私は可憐な白い花に惹かれて、うっかり野茨に触れてしまいました。野茨のことを傷つけてしまったんです。」
「それで野茨の血があなたの手に。」
「ええ。可哀想なことをしました。」
(鑑賞:片野瑞木)
(出典:句集『伊月集 梟』
居留守して風鈴鳴らしたりもして 夏井いつき
- 季語
- 風鈴
- 季節
- 三夏
- 分類
- 人事
- 鑑賞
- 居留守というのは、会いたくないとか都合が悪い時にするものです。たとえば借金をしていて返せない時などにすると思います。
でも、借金の返済が出来ずにする居留守にしては、切実さがありません。季語の持つ爽やかさからも作者は楽しんでいるようにも思えます。
居留守だよと伝えたがっているようにも思います。本当はもっと積極的に踏み込んできて欲しいというもどかしさも感じます。
これは恋ではなかろうかと思うのです。思い切って自分をさらっていってくれないだろうかという情熱をも感じるのです。
それでいて、悪戯っ子の部分が感じられます。作者の心の奥には、与謝野晶子のような情熱と、幼児のいたずら心が同居しているのかもしれません。
(鑑賞:佐東亜阿介)
(出典:句集『伊月集 梟』)
夕蝉をにぎるだんだんつよくにぎる 夏井いつき
- 季語
- 夕蝉
- 季節
- 晩夏
- 分類
- 動物
- 鑑賞
- 夕蝉の「夕」という字が妖しい雰囲気を醸し出している。
蝉を握ったことはないがその感触はありありと想像できる。
細い電線が張り巡らされたような蝉の羽、中にぎっしり詰め込まれたものを感じさせながらギシギシ動く胴体、黒い目。握った手の中で蝉が放電を行っているようだ。それ以上力を入れたら蝉は壊れてしまうよと声をかけたくなる。
なぜそのようなことになったのだろうか。目の前に蝉を握らなければならない光景が繰り広げられているのか、それとも握っている人の心の中に、昏さを感じさせる光景が浮かんでいるのか。薄い暗闇の中で気持ちが追いつめられて行く。最後の最後で手は開かれたような気はする。蝉は飛び立ち汗ばんだ掌が残る。
(鑑賞:矢野リンド)
(出典:句集『伊月集 梟』)
ダリア繚乱朝食喉をとほらざる 夏井いつき
- 季語
- ダリア
- 季節
- 晩夏
- 分類
- 植物
- 鑑賞
- 夏の終わりの朝、食卓の窓から見える庭に、大輪のダリアが色濃く咲き乱れている。トーストにバターを塗る手がとまる。何かが胸にこみ上げる。
それは、同時期に「衝動の色にダリアのひらきたり」という句を作者が詠んだ、その夏の出来事かもしれないし、或いはもっと遠い記憶が蘇り、こみ上げた想いかもしれない。
初夏の季語である芍薬や牡丹にはない「衝動」を持つ、ダリアという花の色やその佇まいに、読者は想像を掻き立てられ、少し困惑してしまう。そして、作者の快活さの中>にある色香をあらためて意識して、少し照れたりもしてしまう。
(鑑賞:香野さとみ)
(出典:句集『伊月集 龍』)
しつかりと握つたはずの初蛍 夏井いつき
- 季語
- 初蛍
- 季節
- 仲夏
- 分類
- 動物
- 鑑賞
- 「ほらもう蛍が飛んでいたよ」と得意げに見せるはずだったのかしら。
美しいものを見せてあげたいと思う相手は、大事な人です。
でも、蛍はもう手の中にはいないのです。儚い蛍の、あの光り、どこにいつ消えたのか。消えた気配も残さずに、こぼれ落ちてしまったように。
いつの間にか手から抜け落ちてしまっているもの。。。大切なものほど、手の中で握り続けるのは難しいですね。
蛍は消えても、初蛍を見せてあげたいと思った気持ちは大事な人に伝わりますように。
(鑑賞:富山の露玉)
(出典:句集『伊月集 龍』)
野茨の雫をためるための棘 夏井いつき
- 季語
- 野茨
- 季節
- 初夏
- 分類
- 植物
- 鑑賞
- 雨上がりの香気をもとめて、茂みの奥へと足をのばした。人のいないところに行きたかった。
左へ回り込んだ時、ふいに濃い緑の塊に出くわした。野茨だった。
ひしめくように絡みあう枝も、白い花びらも、すべてが滴っていた。てらいなく泣き濡れたそのさまに惹かれ、顔を寄せた時、葉の下の棘が、ぽこぽこと雫をたたえて連なっているのが見えた。
他を遠ざけるための、棘。それが今、懸命に雨水を抱きとり、雨と土と緑と花と、ありとある香気をあつめ凝縮し、まろげて、陽が仕上げのひかりをほんのかすか、灯していた。不規則に連なる棘たちは、たった今、世界を歓迎していた。
耐えきれず、私の頬から雫が滴った。わたしの、棘。
(鑑賞:遠音)
(出典:句集『伊月集 梟』)
登山帽振るペーターのように振る 夏井いつき
- 季語
- 登山帽
- 季節
- 晩夏
- 分類
- 人事
- 鑑賞
- 友人によく言われる。そんなに苦しい思いをしてどうして山になんか登るのかと。汗だくだくで心臓もばくばく。息も絶え絶えで山頂に到着すると回りは山だらけ、他にはなにも見えない。思わず登山帽を脱ぎ世界中の人に向かって振る。自分の足で一歩ずつ登ったぞとペーターのように帽子を振る。その晴れやかなペーターのような笑顔が目に見えるようだ。山登りをする人にとってスイスの山奥に住むハイジとペーターは特別な存在であこがれの人たちです。
(鑑賞:じゃすみん)
(出典:俳句新聞『いつき組』11号-2017年7月掲載)
芥子色のうんち六月色の雲 夏井いつき
- 季語
- 六月
- 季節
- 仲夏
- 分類
- 時候
- 鑑賞
- 「芥子色のうんち」は、赤ちゃんのこと。大人のそれとは違い、芥子色が健康な状態。離乳食が始まれば茶色くなるらしいので、この句の赤ちゃんは、生まれて間もないのだろう。「六月色の雲」とは、一体何色なんだろう?と、想像を掻き立てられる。六月は初夏。これから夏が始まるという期待が、健やかに成長する赤ちゃんへの期待と合う。また、芥子色のうんちの赤ちゃんが、夏を乗り切れるだけの健康な状態であるようなので、元気な泣き声も聞こえてくるよう。赤ちゃんの未来が、夏空の雲のように無限の可能性があり、また、色を指定しないことにより、様々な未来を、読み手に想像させる。作者のお孫さんに対する、愛情あふれる応援句である。
(鑑賞:天野姫城)
(出典:俳句マガジン『100年俳句計画』2014年6月号)
ぼうたんに触れて子供のはにかみぬ 夏井いつき
- 季語
- ぼうたん(牡丹)
- 季節
- 初夏
- 分類
- 植物
- 鑑賞
- 牡丹の花を初めて見たとき、大きさや豪華さに圧倒された。
幼いころ気軽に摘んだタンポポやシロツメクサとは違う。
子供にとってはまだ少し近寄りがたい花だけれど、ある時そっと触れてみる。
すると、子供は自分が成長していることをなんとなく自覚する。
「手が届いたよ」と誇らしそうで少し照れた表情をして母親の顔を見る。
牡丹は子の成長を祝福するかのように華やいでいる。
自我の目覚めの大きな喜びに成長することの淋しさが少し加わって、はにかむ。
(鑑賞:ときこ)
(出典:『伊月集 龍』)
金星やあじさいは青みなぎらせ 夏井いつき
- 季語
- 紫陽花
- 季節
- 仲夏
- 分類
- 植物
- 鑑賞
- 金星が輝くのは、夕方か朝方です。少し暗いけれどもまだ深夜の闇ではありません。そこに紫陽花の青さが際立ってきます。
紫陽花の青と、金星の光の色や、空の色との対比となっています。紫陽花を若干擬人化し、意志を持って、青をみなぎらせていると詠みます。
みなぎるとは、あふれ出るばかりに満ちるのです。金星やまだ少し明るい夜空に対して、対抗心を抱いて、青をみなぎらせています。
作者が強い意志で、俳句という文化を世に広めようとする姿勢の表れではないでしょうか?
(鑑賞:佐東亜阿介)
(出典:句集『伊月集 梟』)