夏井&カンパニー読本
■募集終了のお知らせ
「夏井&カンパニー読本」は2024年12月31日(火)をもちまして募集を終了する運びとなりました。夏井&カンパニーのHPに掲載中の鑑賞文については引き続きご覧いただけるよう、アーカイブとして保存していますので、ご投稿いただいた様々な鑑賞文を、ぜひご覧ください。
ふくろうに聞け快楽のことならば 夏井いつき
- 季語
- 梟
- 季節
- 三冬
- 分類
- 動物
- 鑑賞
- 知恵の女神ミネルヴァの使いとされるフクロウ。丸い眼を見開いてじっとものを見つめる姿は、まるで老いた哲学者のようだ。夜目が利き、音もなく飛んで小動物を捕まえる獰猛さや逞しさを併せ持つ。鳥の仲間というより、ひどく人間臭い生きものであるような気もする。
人が人として生まれ、生きるとはどういうことなのか。食べること、眠ること、生殖することは三大欲求と言われるが、そのひとつひとつについてフクロウという鳥が見せてくれる姿はその奥に深い思索や思弁が隠されているように見える。「快楽」という言葉の表す中身の豊かさを思う。
(鑑賞:佐藤香珠)
(出典:句集『伊月集 梟』)
銀貨ひとつ聖夜をわたる帆のひとつ 夏井いつき
- 季語
- 聖夜
- 季節
- 仲冬
- 分類
- 人事
- 鑑賞
- クリスマスの夜、一枚の銀貨を握り締めた少年が小さな帆かけ舟に乗り込もうとしている情景を想像しました。
「銀貨ひとつ」「帆のひとつ」の「ひとつ」のリフレインの心地良さもさることながら、「銀貨」と「聖夜」が微かに響き合った後、「わたる帆」によって画面がいっぺんに広がり輝き始めます。お守りのように握られた「銀貨」は祈りの象徴のようで、「聖夜をわた」り天空に上れば、地上の安穏を願わずにはいられません。
様々な空想が広がる絵本のいちページのような一句です。
鑑賞:吉野川
出典:句集『伊月集 梟』
さまよひの枯野の端つこに書店 家藤正人
- 季語
- 枯野
- 季節
- 三冬
- 分類
- 地理
- 鑑賞
- 初め、彷徨う人物の主人公を登場させて読んだ。道に迷って誰かの助けを求めて、すがる思いで見つけた書店と読むのも良いが、人生に彷徨って、本という指南書に出会えた喜びの書店と読むのもいい。
しかし、何度も御句を読んでいると、ふと彷徨っているのは、枯野自体ではないかとも思う。枯野が書店に集う人々の軽やかさや香りから、かすかな春の感触を得て、枯野のままでいていいものか戸惑い、彷徨う。
人間の営みと自然の共存を、温かみある目で捉えた御句。
(鑑賞:織部なつめ)
(出典:句集『磁針』)
冬満月てつたふあるかぬかとみてる 家藤正人
- 季語
- 冬満月
- 季節
- 三冬
- 分類
- 天文
- 鑑賞
- 「月」といえば秋である。清明な秋の月は昔から人々に愛され、お月見の行事も浸透している。しかし、一番美しい月は冬の月ではあるまいか。冷たく澄み切った冬の空気は、月の光を余すところなく地上まで届けてくれる。今日のような満月であればなおのこと、すさまじいほどの美しさと刺すような光である。
目の前の鉄塔は、そんな冬の満月の光にさらされて、いつもより力強く存在している。いまに生命が宿って歩き出しそうなほどである。
(鑑賞:片野瑞木)
(出典:句集『磁針』)
小春日の猫に嗅がれてゐるタイヤ 美杉しげり
- 季語
- 小春日
- 季節
- 初冬
- 分類
- 時候
- 鑑賞
- 俺の自転車...…なんか臭うのか? さっき銀杏並木を通ってきたから。もしかして、踏んだか?
あっあの表情、ほらほら、なんていうんだっけ? 猫が臭いもの嗅いだときにするアレ。やっぱ臭いんだwヤバ、ウケるww
写真あげとこ。おっ、もういいねついた。
また嗅いでるよ。臭いってわかってんだから嗅ぐなよ。またあの顔。ふふ、いいよなぁ猫は。あーー、いい天気すぎてムカつく。
(鑑賞:えむさい)
(出典:句集『愛撫』)
水鳥や無冠のごとくみづをゆく 夏井いつき
- 季語
- 水鳥
- 季節
- 三冬
- 分類
- 動物
- 鑑賞
- 二年前に無事定年を迎えた夫。「ゆっくりしたい。ゆっくりしたい。」と、ばかりのたまっていた願いが晴れて叶ったのだが、半年ほどでその生活を捨て仕事を再開した。生来の貧乏性が顔を出したのか、水鳥のように優雅にみづをゆくのに飽きたようだ。
「無冠のごとく」とは、肩書きの無いことと読んだのだが、そうなって心豊かに緩やかにみづを行くのか、はたまた水鳥の水中の足はバタバタと忙しいらしいので肩書きを無くしてもまだまだせわしなく暮らしている市井の人を表しているのか。どちらにも思えて味わい深い。
(鑑賞:うえともこ)
(出典:伊月庵通信2024春号 放歌高吟)
ハム放り入れて粗末な狸罠 家藤正人
- 季語
- 狸罠
- 季節
- 三冬
- 分類
- 人事
- 鑑賞
- 箱型の罠だろう。仕掛けが作動するとガシャンと扉が閉じて狸を閉じ込める。
しかし、年季の入った粗末な罠はどうにも頼りない。狸が暴れたら壊れてしまうんじゃなかろうか。いや、そもそもこんな罠に狸がだまされるんだろうか。
危ぶみながら、とりあえず奥の方にハムを放り込む。
どうなることやらと帰り支度をしていると、あざけるように風がひやひやと吹き過ぎていった。
(鑑賞:つどひ)
(出典:句集『磁針』)
猛りだすもう焚火とは呼べぬほど 夏井いつき
- 季語
- 焚火
- 季節
- 三冬
- 分類
- 人事
- 鑑賞
- 炎の揺らぎにリラックス効果があることは、よく知られている。「焚火」として、大人しくコントロールされている時は、その暖かさと光の明滅も相まって、その効果は尚更だ。
しかし、火には恵みと災いの二面性がある。大人しかった焚火が、何かの拍子に勢いがつき、「猛りだす」と、それまでリラックスしていた脳が、一転、緊張と不安、恐怖を感じ始める。
心のどこかで警鐘が鳴っているのに、なぜかその場を離れることができない。そのうちだんだん気持ちが高ぶってきて、酩酊しているような心地になる。
そして今、完全に炎の虜になってしまった。私は、「焚火とは呼べぬほど」の炎に照らされ、恍惚の表情を浮かべている。
(鑑賞:日永田陽光)
(出典:句集『伊月集 鶴』)
月光に積み上げてゆく砂袋 夏井いつき
- 季語
- 月光
- 季節
- 三秋
- 分類
- 天文
- 鑑賞
- 砂袋を積み上げるとは、どのような光景だろうか。線状降水帯発生の多い昨今、川の氾濫を防ぐための砂袋か、もしくは冬支度のための道路凍結防止材を入れた砂袋だろうか。色々な想像ができる。
ひょっとして戦場の兵士が命を守るための壁として、砂袋を積んでいるということもあるかもしれないと思うと急に恐ろしさが増してくる。
上五を「や」で切らないことで、月光の光そのものよりも、砂袋の人影が強調され、その人物の静かな月光下の不安感や黙々と作業する動きに印象が残る。
(鑑賞:織部なつめ)
(出典:句集『伊月集 梟』)
菊の酒注ぐ神主の頬に瘤 夏井いつき
- 季語
- 菊の酒
- 季節
- 晩秋
- 分類
- 人事
- 鑑賞
- 昔読んだ「こぶとりじいさん」のお話を思い浮かべてしまった。まさかあんなに大きい瘤ではなかろうが、酒を注いでいるこの神主も結構年配の方ではないだろうか。そしてきっと『いいおじいさん』の方。
菊酒は重陽に不老長寿を願うものであると理解する。しかし、今回鑑賞文を書くにあたっていくつかのこの季語の例句をあたっていると、ことのほか何処かに可笑しみのある句が多い事に気づいた。人間は歳をとると自分の意に反して、その行動が他人の目には時に滑稽に映るものなのかもしれない。
だが、それを言う心の底には年長者を敬う気持ちも潜んでいる。おもしろうてやがて...…である。
(鑑賞:東京堕天使)
(出典:句集『伊月集 鶴』)
仕事なし秋のビーサンうすつぺら 夏井いつき
- 季語
- 秋
- 季節
- 三秋
- 分類
- 時候
- 鑑賞
- 頼りない、情けない、お金ない……いきなり仕事なしといわれるとこんな言葉がつらつらと出てきてしまう。なのにこの句には悲壮感がありません。
ビーサンとはビーチサンダルの略です。略すことで軽薄な感じが漂います。ビーサンと略されたこの代物はビーチで使うためにここにあるのではありません。もう秋ですし。ちょっとそこまで引っ掛けて、ぺたんぺたんと歩くのです。
なんだかなあと自分でも思っているから「ビーサンうすつぺら」なのでしょう。でも、この客観的な視点、つまり俳句があれば「仕事なし」の状況でも結構楽しく生きていけそうです。
(鑑賞:富山の露玉)
(出典:句集『伊月集 鶴』)
黄落や猫の見てゐる猫の影 美杉しげり
- 季語
- 黄落
- 季節
- 晩秋
- 分類
- 植物
- 鑑賞
- 猫は動くものが好きである。獲物をねらう野生の本能がさわぐのだろう。動いているものを追いかけたり、掴まえたりするものである。
銀杏の黄色くなった葉がはらはらと落ち始めたのも、気になって仕方ないようだ。葉を追って右に左にと動き回ったり、掴まえようと前脚で空をひっかいたりしている。
そんな風に落ち着きなく動いていた猫がぴたりとその動きを止めた。自分の影をじっと見つめている。黄落は絶え間なく猫に降りかかり、猫の陰に黄落の影が吸い込まれていくように見える。そして黄落の影を吸い込んで、猫の影がだんだん濃く、大きくなっていくように見えてきて、わたしは猫の影から目がはなせなくなる。
(鑑賞:片野瑞木)
(出典:句集『愛撫』)
露は露の力をひかるばかりなり 夏井いつき
- 季語
- 露
- 季節
- 三秋
- 分類
- 天文
- 鑑賞
- 古来、はかなきものの象徴である露。しかし本当にそれだけだろうか。自分の眼で露を見る。露そのものと対峙する。露にある一瞬が、作者の一瞬と重なる。極小にして鮮明な輪郭。透明なそれは、万物の入れ物とも、ひかりの入れ物ともなる。風にゆれる。ふるえる。輪郭が撓んでも、露はそのひかりを離さない。一粒の露からひかりの筋が、角度を変えつつ放射される。あるいはその身内にひかりを溜める。これは、力。今、目の前にあるこの露は、露の力でもって、この瞬間をただひかるのみ。
(鑑賞:穂積天玲)
(出典:句集『伊月集 鶴』)
二十四の椅子爽やかに並べたる 夏井いつき
- 季語
- 爽やか
- 季節
- 三秋
- 分類
- 時候
- 鑑賞
- 「並べたる」、どこか力がこもります。折り畳みの椅子がカシャンと秋の爽やかな日の一室に響いているようです。
「二十四の」と読み始めたことで、これから椅子に座る人物の瞳をおぼえます。二十四人は仲間のように思います。かつての仲間なのかもしれません。
話し合いたいこと、伝えたいことがある。心は判然とし、清々しく椅子を並べている場面に見えました。
(鑑賞:三緒破小)
(出典:伊月庵通信2023冬号 放歌高吟)
二十四の椅子爽やかに並べたる 夏井いつき
- 季語
- 爽やか
- 季節
- 三秋
- 分類
- 時候
- 鑑賞
- 学びの場だと思いました。講師のお話を聞く講習会でしょうか。24という数は2列でも3列でも4列でも6列でもきれいに割り切れて、椅子は美しく並びます。座談会形式であれば、長机ひとつに3つのパイプ椅子。机は8つあればいいです。
あ、もしかしたら句会! これから始まる句会にわくわくして、みんなでてきぱきと和やかに椅子を並べていく。そして今、椅子は爽やかに並び整えられました。
整然と並べられた椅子に、学ぶということの爽快感が表現されていると思います。
(鑑賞:富山の露玉)
(出典:伊月庵通信 2023年冬号 放歌高吟)