夏井&カンパニー読本
■募集終了のお知らせ
「夏井&カンパニー読本」は2024年12月31日(火)をもちまして募集を終了する運びとなりました。夏井&カンパニーのHPに掲載中の鑑賞文については引き続きご覧いただけるよう、アーカイブとして保存していますので、ご投稿いただいた様々な鑑賞文を、ぜひご覧ください。
蔓薔薇や硝子のかけら踏める音 夏井いつき
- 季語
- 蔓薔薇
- 季節
- 初夏
- 分類
- 植物
- 鑑賞
- 一読、見捨てられた庭を思った。(外とは塀で隔てられていて中の様子は入ってみなければわからない。)持ち主は亡くなるか去ってしまっている。長い時間扉を閉められていた庭の錆び付いた扉を開けて何かの理由で恐る恐る入っていく様子を想像した。眠り姫の城に入っていく王子のような感じ。蔓薔薇は世話をする人を失ってその枝を庭中に伸ばしている。
蔓薔薇には棘があり強く握れば血が噴き出る。花は可憐だがうかうかと近づいてはいけない。硝子のかけらもやはり裸足で踏めば怪我をしかねない。靴音はその危険を知らせる硬質な音。何か後ろめたいことをしているようなこれから物語が始まるようなそんな音。小さな虫の羽音まで聞こえてくる。
(鑑賞:矢野リンド)
(出典:句集『伊月集 龍』)
一本の百合のごとくに戦はぬ 夏井いつき
- 季語
- 百合
- 季節
- 初夏
- 分類
- 植物
- 鑑賞
- 一本で凛と立つ百合は、白でしょう。何も言わないけれど、その高き香りで存在を辺り一帯に知らしめていることでしょう。
気高に叫ばなくとも、あからさまな態度で人に逆らわなくても、主義主張を貫く方法は、一本の百合が教えてくれるのかもしれません。
「戦はぬ」と強く言い切る作者の強い意志が、白百合のように眩しく美しいと感じます。
(鑑賞:富山の露玉)
(出典:句集『旗』)
重力を離るるさびしさに蝶は 夏井いつき
- 季語
- 蝶
- 季節
- 三春
- 分類
- 動物
- 鑑賞
- 古来より人間は空に憧れ、空を飛びたいと願っていた。蝶のように軽々と地を離れ、自由に舞い踊れたら、どれほど素晴らしいかと。
けれども蝶は、本当はさびしいのではないか。羽化の瞬間、蝶は地球の重力が自分を引き留めてはくれないことを悟る。そして自由と引き換えに深い孤独を身の内に抱えつつ飛び立つ。あの頼りなさげに飛ぶ様は、自らを留め置かない大地を狂おしく恋うている姿でありはしないか。
人間は知恵と技術によって、ついに翼を手に入れた。重力を克服し、空を飛び、宇宙さえも行けるようになった。それは人類の永年の念願を叶えたが、同時に心に僅かなさびしさを棲まわせることになった。蝶のように。
(鑑賞:鞠月けい)
(出典:句集『蝶語』)
蝶の羽たたむにしずかなる力 夏井いつき
- 季語
- 蝶
- 季節
- 三春
- 分類
- 動物
- 鑑賞
- 蝶がその翅をたたむ前の、翅を開いている時とはどんな状態であるかを思ってみた。まずは日光浴、そして吸水あるいは吸蜜の時、または単に休息している時等がそうなのであるが、♀の場合気に入らない♂からの求愛を拒む時にも翅を開いて抵抗する事もあるようだ。どちらにせよ、蝶がその翅をたたむという事は新しい場面への転換を表す。小さな生き物の小さな動きだというのに、この一句の後半の「しずかなる力」が珠玉だ。これが大いなる力となってスロモーションのように読者にくっきりと瑞々しい映像を見せてくれる。蝶はどこへ行くのだろう。
(鑑賞:井上さち)
(出典:句集『蝶語』)
花びらを追ふ花びらを追ふ花びら 夏井いつき
- 季語
- 花びら
- 季節
- 晩春
- 分類
- 植物
- 鑑賞
- 「花びら」という言葉が三回出てくる。俳句で「花」は桜のこと。「花びら」は桜の花びらのことである。
満開を過ぎると風が吹いていなくても、桜の花びらは次々と散っていく。花びらが意思を持っていて、先に散った花びらを追って、次の花びらが散っていくのかと思うと、花びらのひとつひとつが何とも愛おしく思えてくる。下の句が「追ふ花びら」と字余りなところに余韻が生まれ、きりなく「追ふ花びらを追ふ花びらを追ふ花びらを・・・」と、散っていく花びらから目が離せなくなる。
(鑑賞:片野瑞木)
(出典:句集『伊月集 龍』)
遺失物係の窓のヒヤシンス 夏井いつき
- 季語
- ヒヤシンス
- 季節
- 初春
- 分類
- 植物
- 鑑賞
- 今は幸いにして元気になったが40代後半私は軽い鬱だった。よく物を失くした。気が付くと大事なものが魔法のように消えている。財布の場合、電話してカードを止めてその後警察に紛失届を出しに行かなければならない。最寄りの警察署へ自転車で重い体を引きずるようにして出かけて行く。小さなガラスの引き戸の向うの係りの人に渡す必要な書類を書き込んだ後、それを受け付けてもらう時間が少し空く。
たいていぼんやり引き戸のガラスに貼られたお知らせの文章を読んでいることが多かった。この句ではその場面でヒヤシンスが登場する。もしヒヤシンスが目に入れば(その時だけでも)あのどうしようもない倦怠感を救ってくれたのでないかと思う。
(鑑賞:矢野リンド)
(出典:句集『伊月集 龍』)
ここでもないわここでもないわとつぶやく蝶 夏井いつき
- 季語
- 蝶
- 季節
- 三春
- 分類
- 動物
- 鑑賞
- いきなりの「ここでもないわ」のリフレインに面食らう。誰のどんな状況なのかと心が騒ぐ。下五の「つぶやく蝶」に又も動揺。そんなことあるはずないと思う。
ある日、止っては飛び、飛んでは止り、気忙しく、居場所を探しているかのような蝶に出会った。心地よい居場所を求めて飛び続ける。私にも蝶の声が聞こえた。
(鑑賞:野風)
(出典:句集『蝶語』)
海女組合理事長再婚てふ噂 夏井いつき
- 季語
- 海女
- 季節
- 晩春
- 分類
- 人事
- 鑑賞
- 発端はミチヨであった。携帯電話に質問を浴びせつつ菜箸をそよがせて三軒隣へ駆け込み、組合理事長が村役場で婚姻届を貰い受けたことをリークするやいなや放射状に情報は拡散し、「そういやぁこの前ん日曜に理事長が見慣れんひらひらした女と上区ん裏参道歩いておったわぁ」などと横糸も次々に補強され、加速度的に可能性は事実と成った。
アシンメトリーなパーマをなびかせ秋色の口紅を引いて春の磯辺をイタリア製のパンプスでそぞろ歩いていた女の名は「マチコ」、ミチヨ以下桃色海女倶楽部総勢六名は今、理事長が回すドアノブをひたと凝視している。
(鑑賞:遠音)
(出典:『絶滅危急季語辞典』)
抱きしめてもらへぬ春の魚では 夏井いつき
- 季語
- 春
- 季節
- 三春
- 分類
- 時候
- 鑑賞
- 春の夜、その人は湖心の小舟に平和な微睡を愉しんでいる。岸に佇む私は、悲しいかな私のままでは彼に触れる手段を持たない。けれど触れたい、抱きしめてもらいたい。妄執と化したジレンマが生む幻の大魚。
大魚はぬるりと水に入る。音も無く近づく彼女の波に揺れる小舟。恋人は只ならぬ揺れに目を覚まし舟べりを覗き込む。見たのは水深を緩やかに迫る恐ろしい大魚の影。
私よ、あなた、声にならない熱情は大きな波と化し小舟をさらに揺らす。抱きしめてもらいたい一心でここまで来たのに、愛しい人は恐れおののくばかり。このまま化身の代償として、独り湖の底へ沈んでゆく運命なのか。
春夜の恋情が生んだ、悲しくも生臭いパラドックス。
(鑑賞:めいおう星)
(出典:伊月集『龍』)
桜貝ビスコの箱に入れてある 夏井いつき
- 季語
- 桜貝
- 季節
- 三春
- 分類
- 動物
- 鑑賞
- ビスコの箱、という所から想像が膨らんで行く。
桜貝を拾い集めはしたが、それが目的の外出ではなかったので適当な入れ物が無く、たまたま持っていたビスコの空き箱に入れたのだろう。
そうすると、海へ来たのもたまたま。
きっと春の日差しの暖かさに誘われて外出し、潮の香りに誘われて海へ来たのだろう。
そして桜貝の可愛らしさに心惹かれて拾い集める。
その時その時の気持ちの赴くままに行動する人の、自由な心の動きが心地好い。
「入れてある」もポイントで、桜貝を拾っている最中の「入れている」ではなく、もう拾い終わった「入れてある」
自由な心の持ち主は、ビスコの箱をカラカラ鳴らしながら、次はどこへ向かっているのだろうか。
(鑑賞:立志)
(出典:『伊月集 龍』)
つながれぬ手は垂れ末黒野の太陽 夏井いつき
- 季語
- 末黒野
- 季節
- 初春
- 分類
- 地理
- 鑑賞
- つながれぬ手とは別離を意味するのだろう。大事な人が消えてしまった。つないでいた手が離れてしまった。後を追うこともできず、その手は垂れたままだ。焼き払われ黒く焦げた野に呆然と立ち尽くす姿が見える。喪失感と孤独感がひしひしと伝わってくる。
しかし、この句の凄さはそこに終わらないことだ。ぽつねんと焦土に立ちながらも、顔を上げて、目は「太陽という希望」を見据えているのである。別離の哀しみや辛さを体験した者は垂れた手に己を重ね、やがて、太陽に伸ばそうとしている手に心を揺さぶられる。感動の一句。
(鑑賞:柝の音)
(出典:伊月集 梟)
卵色の月のばぼんと暖かし 夏井いつき
- 季語
- 暖か
- 季節
- 三春
- 分類
- 時候
- 鑑賞
- 記憶の中の卵色の月は、大きくて低い位置にある。遠く天井にある神々しい銀の月ではない。卵色の月はどこかぬくぬくと暖かく手が届きそうな月である。手で包めそうな大きくて黄色の暖かい月。手で包んでいたら何かが産まれてきそうである。夜空に浮かぶ卵子なのかもしれない。
ばぼんとは、何なのか?何かが産まれてくる音なのか。月の弾む音なのか。弾んで弾んで母の中に入る音なのか。生命の育みの多い春。ばぼんと産まれて大きく育つのである。
(鑑賞:さとう菓子)
(出典:俳句新聞いつき組2号 放歌高吟)
ももいろの錠剤バレンタインの日 夏井いつき
- 季語
- バレンタインデー
- 季節
- 初春
- 分類
- 人事
- 鑑賞
- 単なる薬、面倒な嫌な薬も、それがバレンタインの日でももいろの錠剤であれば、なんだか愛らしく楽しい気分になってくる。
ただ「物」と「季語」を置いただけで世界を創り出せる、二物衝撃。まさに俳句という形式でこそ伝わるささやかな感動があるのだと、あらためて思わされる。
ありふれた日常に、さりげなく転がっている様々な物には、それぞれこんな風に出会うべき季語があるのかもしれない。
「商業主義的イベント」でもいいではないか。バレンタインの日にこんな発見をする作者はきっと、少女のように笑う人だ。
(鑑賞:香野さとみ)
(出典:『伊月集 龍』)
鳴く亀のひとつひとつをうらがへす 夏井いつき
- 季語
- 亀鳴く
- 季節
- 三春
- 分類
- 動物
- 鑑賞
- 亀を打つ男がいる。
白鳥のいるT池には餌台が一枚水に浮んでいる。担当者が餌をまくと白鳥ばかりか外来種のミドリガメ達も泳いで寄ってくる。台に前脚を掛け貪欲に首を伸ばすと、担当の男は亀めがけて棒を振り下ろす。何度も何度も、その打擲は息を呑むほど激しい。
さて掲句だが、牧歌的な気分に満ちている。「鳴く亀」が空想の季語なら「ひとつひとつをうらがへす」のも空想の行為だ。仰向けで困っている亀の可愛らしさ。裏返し放題に亀の居る楽しさ。ひらがなの柔らかさが童心を誘う。日本固有種の温和なカメでなければこの季語もこの句の味わいも成立しない。日本に日本の亀がいる幸せを改めて思う。
(鑑賞:岡田 三月)
(出典:『絶滅寸前季語辞典』)
東京の春のかもめを数ふるよ 夏井いつき
- 季語
- 春のかもめ
- 季節
- 三春
- 分類
- 動物
- 鑑賞
- 私は「春のかもめ」が歳時記に掲載されているのを見たことがない。「冬鴎」は載っている。インターネットで検索すると、先発・後発の「春鴎」の句はあるようだ。春のかもめが大きく飛んでいる。東京湾だろうか。「かもめ」の平仮名表記に大都会に居る感傷的な思いが読み取れるが、眼目は中七ではなく「数ふるよ」の「よ」である。「数へけり」とすることもできるが、あえて「よ」で詠嘆したのは、数えている今を生きている私がここにいる、ことを強く打ち出している。風景の中で動物を数えるということは、多かれ少なかれその数に意味性を見いだしているということだ。この句では自身とかもめが拮抗し、ぶつかりあっている。かもめも夏井も強い。
(鑑賞:黒岩徳将)
(出典:『伊月集 龍』)