夏井&カンパニー読本
■募集終了のお知らせ
「夏井&カンパニー読本」は2024年12月31日(火)をもちまして募集を終了する運びとなりました。夏井&カンパニーのHPに掲載中の鑑賞文については引き続きご覧いただけるよう、アーカイブとして保存していますので、ご投稿いただいた様々な鑑賞文を、ぜひご覧ください。
うぐひすに井戸の深さを教へけむ 夏井いつき
- 季語
- 鶯
- 季節
- 三春
- 分類
- 動物
- 鑑賞
- 「けむ」は、過去推量・過去の原因推量の助動詞。つまり、「教へけむ」は「教えたのだろうか」、「教えたからだろうか」と解釈できる。これがこの句のポイントだ。
すなわち、自分が鶯に井戸の深さを教えた訳ではないが、誰かに井戸の深さを教えられた鶯が、自分の目の前に居るということである。
一体、誰が鶯に井戸の深さを教えたのだろうか。それを知った鶯とは、どんな鶯なのだろうか、何をするのだろうか。様々な想像をかき立てる一句だ。
鶯の透き通った鳴き声が、井戸の奥に広がる空間へと響いてゆく感覚。「うぐひす」の「う」、「井戸」の「い」、「教へけむ」の「お」の、あ行の音韻も美しい。
(鑑賞:若林哲哉)
(出典:句集『伊月集 龍』)
あかがねは力ぞ葺けよ葺け春を 夏井いつき
- 季語
- 春
- 季節
- 三春
- 分類
- 時候
- 鑑賞
- ものみな萌ゆる春は、華やぎと寿ぎが横溢する。だがそれだけであろうか?
銘刀の紋冴ゆる冬の鋭さを耐え抜き、雪のついに水に還る頃、地中でもぞりと蠢く無数の影、灰色の枝先に次々とせり上がる数々。春の本質は、冬をかい潜り一斉に繁吹く生命の猛々しさにこそあるのではなかろうか。
その蠢動に呼応して、早春の屋根に槌の快音が響く。次第に鱗を揃えてゆくが如き有様を、冴えた陽射しが乱反射して、真新しい銅の色を四方八方に主張している。
人間の編み出した銅葺きのあかがね色、夜明けの色が、萌芽の先鋒の勢いで展開してゆく。人間もまた、来たる春に胸の内が逸る本能に気づくのである。
(鑑賞:遠音)
(出典:俳句新聞「いつき組」6号(2016年4月))
長閑かな赤子の尻の穴眺む 夏井いつき
- 季語
- 長閑
- 季節
- 三春
- 分類
- 時候
- 鑑賞
- 赤ちゃんもだいぶん薄着になった。おむつも「寒いから早くかえてあげるね」なんて事はなくなり,気候も作者の心もゆっくりと焦らずにできるようになった頃である。
いつものように、おむつを換えていると,ほんのりと色づくものが目の前にあるのである。それは中心がすぼみ,赤ちゃんの呼吸に合わせて,ひだひだの中心がきゅっとすぼんだり弛んだりする。時おり小さい穴が開いたと思ったら,ふすっと音がしたり,ゆるゆるとうんちが出てきたりする。表情もあわせてみると面白い。ずっと見ていていても飽きがこない。
長閑でなければ,長閑な時だからこそ,ゆっくりじっくり観察できるのである。
(鑑賞:豊田すばる)
(出典:句集『皺くちゃ玉』)
ヒヤシンス手話もぴあのも漂へり 夏井いつき
- 季語
- ヒヤシンス
- 季節
- 初春
- 分類
- 植物
- 鑑賞
- 手話は視覚へピアノは聴覚へ、それらが漂っているという事は、同じ空間に居ながらピアノを弾く人は手話を理解できず、手話を操る人の耳にはピアノの調べが届かないのだろう。
平仮名表記からピアノの奏者は子供なのではと想像でき、幼いが故に手話の意味を理解できないのではとも想像できる。
お互いの最も雄弁な表現手段が通じない二人の関係は虚しいものなのか?
いや、きっと楽しげにピアノを奏でる幼子の姿は聴覚を失った人の目に楽しく心地好く映るだろうし、それへの惜しみない拍手は、幼いピアニストにこれ以上無く明快な手話となって届くだろう。
そんな穏やかで幸せな時間を、ヒヤシンスの香りが二人の共通言語となって優しく満たしている。
(鑑賞:立志)
(出典:句集『伊月集 龍』)
春愁の眼を水にひらきたる 夏井いつき
- 季語
- 春愁
- 季節
- 三春
- 分類
- 人事
- 鑑賞
- 春の朝、顔を洗おうと水を満たした洗面器を見ていると、春の愁いがふつふつと湧いてくる。なんともし難いもどかしさに、思わずえいやっと顔を突っ込んだ。「い~ち、に~い、さ~ん、し~~・・・」
愁うる心を払いのけたい、消し去りたいそんな気持ちなのだろう。そして数秒の後、閉じていた目を水の中でゆっくり開く。
あえてひらがなの「ひらく」なのは、ゆっくりと開いていく感じがする。
愁は吹き飛んだか? 消えたか? とりあえず、この人は顔を洗って今日一日を始めるのである。
(鑑賞:ひでやん)
(出典:句集『伊月集 龍』)
さへづりや顎てふ美しき角度 夏井いつき
- 季語
- 囀(さへづり)
- 季節
- 三春
- 分類
- 動物
- 鑑賞
- 鳥は囀る。「顎てふ」ということは空を見上げて囀っているのだろう。
哺乳類の下顎は歯骨とよばれる骨がひとつであるのに対し、鳥類は歯骨、上角骨、角骨、関節骨と4種類あるらしい。
背中を毛繕うときも、しなやかに嘴で背中をつつく。多種の骨をもつ鳥類だからかもしれない。
その鳥類が囀るとき、しなやかな骨格全てを使うのだ。
なんと美しき骨格の角度なのだろう。
「さへづりや」と詠嘆したことで、鳥を特定せず鳥類全体の美しい骨格を表していて、とても清々しい一句だ。
(鑑賞:更紗 ゆふ)
(出典:俳句新聞『いつき組』14号)
山羊の乳のんで春愁そだてたり 夏井いつき
- 季語
- 春愁
- 季節
- 三春
- 分類
- 人事
- 鑑賞
- 母は年老いてから、よく故郷の話をするようになった。生まれた時から東京育ち。みたいに振る舞い続けていたのに、「おばあちゃまは、お乳の出が悪かったからね。私も叔母様たちも山羊のお乳を飲んで育ったのよ。あの頃の小さな農家には牛乳なんて贅沢品だったもの。」なんて聞かされた時には、母や叔母たちや、早逝してあまり記憶に無い祖母や、寡黙な祖父が愛しくてたまらなくなったものだった。もうみんな天に召されてしまった。今、北イタリアの小さな村のホテルで山羊の乳を飲んでいる。母は三月に生まれて三月に死んだ。
山羊の乳は臭いと聞いていたけれど、このホテルのは臭くない。何だかがっかりだ。その臭気が強いほど、春愁めいた懐かしさが募っていく気がする。私はもっと春の切なさを噛みしめたいのだ。
(鑑賞:ラーラ)
(出典:俳句新聞『いつき組』2号)
つながれぬ手は垂れ末黒野の太陽 夏井いつき
- 季語
- 末黒野
- 季節
- 初春
- 分類
- 地理
- 鑑賞
- 裸の句である。隠れる場所もない広大な末黒野で、今や偽ることもできず剥き出しの心で立ち尽くす二人を、太陽が酷薄に照らし出す。晒し者にするとさえ言ってよい。ゆえに、掲句に修辞などない。ありのままに定型を逸脱しながら、座四は日輪でもお日様でもなく、「太陽」である。
野は焼かれたのだ。二人は再び手を取り合うことはないが、同じ太陽を見ており、決して忘れることはないだろう。それぞれに、新たな命の予感に戸惑いながら。
(鑑賞:彼方ひらく)
(出典:句集『伊月集 梟』)
雪の夜の冬剪りダリア束ねらる 夏井いつき
- 季語
- 雪
- 季節
- 晩冬
- 分類
- 天文
- 鑑賞
- 雪の夜である。外はしんしんと降る雪の音のない世界。本来夏の花であるダリアが束ねられるほどの数で室内に置かれている。
ということは農家のハウス栽培でつくられたダリアであろうか。明日の出荷に向けてダリアはおそらく八分咲きぐらいの状態で作業場に置かれている。売るためのものであるならばその茎はまっすぐで整然とした姿だ。
外の暗闇の中を降り続く雪の白さ、ダリアの色の鮮明さ、ぴんと張り詰めたような空気とその温度。
作業が終わり電気は消されるが束ねられたダリアにはスポットライトのように光が当たっている。
(鑑賞:矢野リンド)
(出典:句集『伊月集 龍』)
あの枝は大鷲の枝ゆきの枝 夏井いつき
- 季語
- 大鷲/雪
- 季節
- 三冬/晩冬
- 分類
- 動物/天文
- 鑑賞
- 見上げる空に木々の枝が重なっている。その枝のひとつに大鷲がいる。真っ白な世界に漆黒の影を刻む。全てを見据え、見張り番の様だ。その枝振りは、大鷲に相応しく立派なものだ。
大鷲は去り雪は降る。静かにただただ雪は降り、枝は雪を盛り木々のひとつの枝にもどる。
影も無き、息も無く…また、真っ白な世界にもどる。
その始終を見ているかのごとく、静かな心となる。
(鑑賞:さとう菓子)
(出典:句集シングル『ワカサギ』)
微笑みて革手袋は脱がずをり 夏井いつき
- 季語
- 手袋
- 季節
- 三冬
- 分類
- 人事
- 鑑賞
- 仕事を終えたのか寒いところから戻ったのか。
微笑んでリラックスしているのなら、ぴたっと締め付ける革手袋など束の間でも脱いでいた方が楽なものを。
「は」とあるのでコートは既に脱いでいそうだ。
あえて未だ脱がないのは、革手袋をはめている時のある種の緊張感を好む人なのであろう。
毛糸の手袋とは違い、手作業に支障が少なく、防寒もだが保護の役目が大きい革手袋。その中の手は、強い意思をもって何かを成し遂げようとしている人の手。革手袋が手を守るように、他人を守ることのできる頼もしい手に違いない。
脱がず「をり」、そしてまた微笑みも絶やさない。
(鑑賞:ときこ)
(出典:句集『伊月集 龍』)
湯の神の目尻垂れたりお元日 夏井いつき
- 季語
- 元日
- 季節
- 新年
- 分類
- 時候
- 鑑賞
- 目尻の垂れた湯の神、といえば忽ち思い浮かぶのが、道後温泉本館や足湯の湯釜に彫られた二柱の神。昔々大国主命と少彦名命が出雲の国から伊予の国へと長旅の途中、少彦名命が急の病にかかり、兄の大国主命が弟の小彦名命を手のひらに載せ、道後の湯につけ温めると、元気を取り戻し玉の石の上で踊った、という伝説の兄弟神。湯釜に彫られた神様の目尻が垂れていたかどうかまで覚えてないが、いかにもそのように微笑んでいそうな円いお姿なのだ。
何よりも、初湯に身を沈め、ほっこりと湯釜を見上げる人の目尻が垂れているのは間違いない。
(鑑賞:朗善)
微笑みて革手袋は脱がずをり 夏井いつき
- 季語
- 手袋
- 季節
- 三冬
- 分類
- 人事
- 鑑賞
- 男が微笑みながら女に近づき、首を締めようとしている。指紋が残らないよう手袋はそのままに。
いや違う。寂しそうな微笑みが見える。別れの場面。手袋も脱げぬほどの悲しみのまま、ソファに深く沈み込んでいる。微笑んでいるだけに、その寂しさは大きい。
サスペンスの要素を排除したのは「をり」の効果。ただただそこにいるだけしかできな……いやいや、違う!「脱げず」ではなく「脱がず」だ。
相反する行為に、微笑みが一気に胡散臭いものに変わり、「革」も、ワルの印象を担いだした。やはり、サスペンスだったか。そして、「をり」は、「をり」として、動作を表すだけのものに変わる。
言葉は不思議だ。
(鑑賞:天野姫城)
(出典:句集『伊月集 龍』)
湯婆や夢のひらべつたく覚めて 夏井いつき
- 季語
- 湯婆
- 季節
- 三冬
- 分類
- 人事
- 鑑賞
- 目覚まし時計が鳴り出す直前、ぱっと目が覚めた。ジリリリと音が鳴る。
夢をみていた。懐かしい人に会えてとても嬉しかった夢のような気がするのだけれど、何故だかうまく思い出せない。
ほんの1分ほど前のことなのに、まるで砂の城が波にどんどん溶けていくように、かりそめの記憶の顔は崩れ去ってかたちを消していく。
思い出すのはもう諦めて布団から立ち上がる。布団からすっかり冷え切った湯婆を取り出し、洗面台で水を捨てた。あっという間に水を吐ききってぺたんこになった湯婆は、今夜もまた使うので大事になおす。
(鑑賞:24516(にしこういちろう))
(出典:俳句新聞 いつき組9号)
こんなにも寒くて漢字なほも書く 夏井いつき
- 季語
- 寒し
- 季節
- 三冬
- 分類
- 時候
- 鑑賞
- 「最近、女性を中心に写経が流行ってるらしいよ」
確かに、特集記事の載った女性誌を片手にやってくる女が目立つ。
「でも、どーせ、いっときの事だろ?」
日本人は、流行に弱いのだ。
「あ、また一人やってきた」
「あの子も、足が痛ーいとか、つまんなーいって、すぐ投げ出すよ」
「今日は一段と寒いしね」
「……」
「やめないね」
「足も痺れているだろうにね」
予想を裏切り、中々やめない女。
「黙々と漢字を書き写してる、よほど叶えたいことがあるのかな?」
「リフレッシュしたいのかな?」
「綺麗だよなぁ」
凛とした空気の中、背筋を伸ばす女を見ていると、空気が一層凛とし、私の気持ちも清々しいものになった。
(鑑賞:天野姫城)
(出典:句集『伊月集 龍』)