株式会社 夏井&カンパニー

〔百囀集〕夏井いつきが一句鑑賞

  • 鯉と鯉ぶつかる匂ひあたたかし  小木さん

    季語
    暖か
    季節
    三春
    分類
    時候
    鑑賞

     季語「暖か」を表現するために、「鯉と鯉」が「ぶつかる」折に発する「匂ひ」に焦点を絞り込んでくるとは、実に鋭敏な感覚の持ち主だと感嘆致しました。「匂ひ」という3音の嗅覚表現が、作者の感知した光景を読者の脳裏に鮮やかに伝えます。
     「あたたか」くなってきた水辺に佇むと、「鯉」たちは餌が貰えるのではないかとざぶざぶ集まってきます。「鯉と鯉」が身を翻し「ぶつかる」時、池の水は大きく揺らぎ、水は「匂ひ」を放ちます。きらきらと春の日を弾く水面、「鯉」たちに揉まれる水の音、生臭い「匂ひ」。視覚と聴覚と嗅覚を、上五中七の12音で見事に表現し得てこその、季語「あたたかし」という実感です。
       
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年4月23日掲載分)

  • 雨の野や馬の子の名はルミエール  東ゆっこ

    季語
    馬の子
    季節
    晩春
    分類
    動物
    鑑賞

     「ルミエール」とはフランス語で「光」の意。こんな名前をつけるということは、生まれた「馬の子」はサラブレッド系でしょうか。
     中七下五の詩句をさらに美しくしているのが上五「雨の野や」という詠嘆。「馬の子」が春の季語ですから、この「野」は春草の芽吹く野原です。朝の雨を想像したのは「ルミエール」という言葉の余韻でしょうか。朝の雨が降る明るい野の美しさ。今朝生まれた「馬の子の名」を「ルミエール」と決めた瞬間の感動が、読み手の心にさざなみのように広がってきます。
     やがてこの輝く野を、光のような鬣をなびかせ、光のように疾駆する「馬の子」は、今やっと立ち上がって母馬の乳房に鼻をすり寄せているのでしょう。
       
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2014年4月11日掲載分)

  • 桜狩轟く滝のところまで  そも

    季語
    桜狩
    季節
    晩春
    分類
    人事
    鑑賞

     主たる季語は「桜狩」ですが、「滝」も大きな時空を持つ夏の季語。このような季重なりが堂々と成立することに驚きつつも、「桜狩」という季語の現場の実感が季重なりというタブーを越え、読者の心にありありと像を結ばせるのだと、気持ちよく理解できます。
     「桜狩」とは、山中に咲く桜を探しに行くこと。その過程を楽しみ、桜を見つけた瞬間を喜ぶことこそが、この季語の本意だと考えます。真っ白に咲く桜を探し歩いていると、真っ白に溢れ「轟く滝」が目に入ってくる、その瞬間の感動が「桜狩」という過程の喜びとして、読者の心に飛び込んできます。下五「ところまで」の余韻もまた「桜狩」という季語の醍醐味に呼応します。
       
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2013年4月12日放送分より)

  • さくらさくらはるかはるかに方舟  山之口卜一

    季語
    季節
    晩春
    分類
    植物
    鑑賞

    「さくらさくら」と繰り返す詠嘆、「はるかはるか」と伸びていく視線の先に密やかにおかれた詩語「方舟」が、読者の思念を遠い遠い時空へと誘います。
     この「方舟」はノアが大洪水を逃れるために用意した、あの方舟でしょうか。それとも、作者の想念を閉じ込めるための小さな方舟、散っていく「さくら」を愛しむ方舟、葬るための方舟……など、さまざまな解釈が生まれる深い作品です。「さくらさくら」と咲きこぼれる花は「はるかはるか」にある異次元空間へと滑り込んでいきます。その「さくら」の一片は小さなひかりとなって、静かな水に浮かぶ「方舟」の哀しみを慰めるのかもしれません。
       
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:徳島県俳句連盟第五一回大会選句集)

  • 狛犬の毬は何色春の風  ぐわ

    季語
    春風
    季節
    三春
    分類
    天文
    鑑賞

     最初は「春の風」と「狛犬」を取り合わせた句という意味での既視感があったのですが、中七「毬は何色」という発想が実に素敵で、次第に強く惹かれていきました。
     石の「狛犬」が手を置く「毬」は当然ながら石の色をしていますので、私は今まで、あの毬は何色だろう?なんて考えたこともありませんでした。中七「毬は何色」というフレーズに続き、下五「春の風」という季語が出現したとたん、その「毬」の一点からみるみるうちに色が生まれ、色が広がり、石の色をした「狛犬」も色を取り戻していくかのような鮮やかな心地。見えない色を見せてくれる驚き。「春の風」という季語の力による言葉の魔法です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年2月27日掲載分)