株式会社 夏井&カンパニー

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夏井いつきの一句鑑賞

  • こんなにも寒くて漢字なほも書く  夏井いつき

    季語
    寒し
    季節
    三冬
    分類
    時候
    鑑賞

    「最近、女性を中心に写経が流行ってるらしいよ」
      確かに、特集記事の載った女性誌を片手にやってくる女が目立つ。
    「でも、どーせ、いっときの事だろ?」
     日本人は、流行に弱いのだ。
    「あ、また一人やってきた」
    「あの子も、足が痛ーいとか、つまんなーいって、すぐ投げ出すよ」
    「今日は一段と寒いしね」
    「……」
    「やめないね」
    「足も痺れているだろうにね」
     予想を裏切り、中々やめない女。
    「黙々と漢字を書き写してる、よほど叶えたいことがあるのかな?」
    「リフレッシュしたいのかな?」
    「綺麗だよなぁ」
      凛とした空気の中、背筋を伸ばす女を見ていると、空気が一層凛とし、私の気持ちも清々しいものになった。

    (鑑賞:天野姫城)
    (出典:句集『伊月集 龍』)

  • たかだかと冬蝶は日にくだけたり  夏井いつき

    季語
    冬蝶
    季節
    三冬
    分類
    動物
    鑑賞

     孫を連れて小春日和の野を散歩している。
     めずらしく蝶を見つけたが、もうこの寒さだ。弱々しく飛んですぐ見えなくなってしまった。
    「寒くてかわいそうだからおうちに連れて帰ろう」と言い出す孫。
    「お日様を見てごらん、ほら今光ったのがてふてふさん。
     あんなにたこう飛んで、重とうなった羽もくだけて、
     日と一緒にのんびり暮らすから、ずーっと暖かいやろねぇ、よかったねぇ、、」

    (鑑賞:ときこ)
    (出典:句集『伊月集 龍』)

  • 雪片にふれ雪片のこわれけり  夏井いつき

    季語
    雪片
    季節
    晩冬
    分類
    天文
    鑑賞

     一読でポール・ギャリコ『雪のひとひら』が浮かぶ。ローゼン千津さんの解説(※注)にもある描写の科学的な正しさにまず感心。そして「雪片」のリフレイン。兼題は降りしきる雪の「せっぺん」だが、この句の印象は「ゆきひら」。「ふれ」て雪だと感じるのは一瞬だが、単に降り落ち消えるのではない。誰彼と「ふれ」合い関わり、そこに生ずるあれこれがあり、故に最期「こはれ」る。これを女性の一生に喩えたギャリコ。原文にも矢川澄子の名訳にもそれぞれに趣の違う美しさがあるが、この句は17音でそれらを凡て表す。改めて俳句の奥深さを感じ入る。
     はかない句だが、作者にひそむ本質=繊細な優しさがきらり、しんとした余韻がいつまでも残る。
    (注:夏井いつき著『雪の歳時記』より)

    (鑑賞:明 惟久里)
    (出典:句集『伊月集 梟』)

  • 冬帝やことに手強きジャムの蓋  夏井いつき

    季語
    冬帝
    季節
    三冬
    分類
    時候
    鑑賞

     冬帝は冬を神格化した季語である。冬と言えば極端な低温や積雪で被害が出る場合もある。しかしながら、北海道・東北・北陸などそう言った低温や積雪の被害が大きい地方とは異なり、そうでない地方なら、冬の概念も違ってくるかもしれない。
     この句は、上五に冬帝の季語をおいて、一旦「や」で切っている。冬帝はひとまず置いておこうという感じがある。
     問題はジャムの蓋が開かないことなのだ。おそらく、目の前には何もつけていない食パンかコッペパンがあるだろう。その周りにはお腹を空かせた子ども達がいる。目玉焼きはもう出来上がっているかもしれない。
     この句には、子ども達に早く美味しい食事を与えたいという作者の優しさが感じられる。

    (鑑賞:佐東亜阿介)
    (出典:句集『伊月集 梟』)

  • ポケットに入らぬものに朴落葉  夏井いつき

    季語
    朴落葉
    季節
    初冬
    分類
    植物
    鑑賞

     朴の葉は大きい。私の手のひらよりずっと大きい。朴の葉が緑色をしていた夏のころなら柔らかくてしなやかだから、くるくる丸めて小さくすることも出来たかもしれない。けれど今は冬。カサカサに乾いて落ち葉となった今は、まるで薄く伸ばして焼いた煎餅かクッキーのようだ。ポケットに入れようものなら、入れる端からパリパリと音を立てて砕け、その形を失くしてしまう。
     ああ、でも持って帰りたい。この大きくて立派な朴落葉を。極限まで乾いて緊張感に満ちた美しい形。どこも欠けていない完璧な形は奇跡的だ。
     仕方ない。後の予定はあきらめよう。神官が大切な供物を捧げ持つように、この朴落葉を持って家に帰ることにしよう。

    (鑑賞:片野瑞木)
    (出典:句集『伊月集 龍』)