株式会社 夏井&カンパニー

百囀集

夏井いつきが市井の佳句を一句鑑賞

  • さくらさくらはるかはるかに方舟  山之口卜一

    季語
    季節
    晩春
    分類
    植物
    鑑賞
     「さくらさくら」と繰り返す詠嘆、「はるかはるか」と伸びていく視線の先に密やかにおかれた詩語「方舟」が、読者の思念を遠い遠い時空へと誘います。
     この「方舟」はノアが大洪水を逃れるために用意した、あの方舟でしょうか。それとも、作者の想念を閉じ込めるための小さな方舟、散っていく「さくら」を愛しむ方舟、葬るための方舟……など、さまざまな解釈が生まれる深い作品です。「さくらさくら」と咲きこぼれる花は「はるかはるか」にある異次元空間へと滑り込んでいきます。その「さくら」の一片は小さなひかりとなって、静かな水に浮かぶ「方舟」の哀しみを慰めるのかもしれません。
       
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:徳島県俳句連盟第五一回大会選句集)
  • 狛犬の毬は何色春の風  ぐわ

    季語
    春風
    季節
    三春
    分類
    天文
    鑑賞
     最初は「春の風」と「狛犬」を取り合わせた句という意味での既視感があったのですが、中七「毬は何色」という発想が実に素敵で、次第に強く惹かれていきました。
     石の「狛犬」が手を置く「毬」は当然ながら石の色をしていますので、私は今まで、あの毬は何色だろう?なんて考えたこともありませんでした。中七「毬は何色」というフレーズに続き、下五「春の風」という季語が出現したとたん、その「毬」の一点からみるみるうちに色が生まれ、色が広がり、石の色をした「狛犬」も色を取り戻していくかのような鮮やかな心地。見えない色を見せてくれる驚き。「春の風」という季語の力による言葉の魔法です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年2月27日掲載分)
  • 今飛んだの見た蘆の角揺れている  河合郁

    季語
    蘆の角
    季節
    仲春
    分類
    植物
    鑑賞
     眼前にあるのは、揺れ残る「蘆の角」のみですが、「今飛んだの見た」という言葉が生き生きと映像を伝えます。「今飛んだの」がなんであったかは語られていませんが、鳥であったことは分かります。「今飛んだ」鳥を見つけたささやかな興奮が、春の岸辺の散策の楽しさを語り、揺れ残っている「蘆の角」が作者の心に春の印象的なシーンとして刻まれます。きらめく春を喜ぶシーンのなんと楽しいことでしょう。
     「今」見た?青い綺麗な鳥!翡翠かな。翡翠って夏の季語でしょ?うん、そうだけど、この辺りに翡翠の巣があるから、時々飛んでるのを見るよ。そんな会話が交わされたのかもしれませんね。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年4月4日掲載分)
  • 荷車の墓石を曳いて春の牛  ポメロ親父

    季語
    季節
    三春
    分類
    時候
    鑑賞
     「荷車」という言葉自体がどこか懐かしい響きを持っていますが、「荷車」に積まれた「墓石」を「曳いて」いるのが「春の牛」であるよ、となるとさらに一昔前の光景にワープする心持ちです。
     この手の季語の使い方には懐疑的な俳人もいらっしゃるかとは思いますが、「春」というのどやかな季節が「荷車」や「牛」が現役で活躍していた時代の気分に似合っているのは間違いのない事実。「荷車」の前後には「墓石」を立てる人足の男らもいるのでしょう。荷台に積まれた新しい「墓石」は、「春」の柔らかな日射しに包まれてほんのりと温かく、優しい光を放っているのでしょう。「春の牛」のゆっくりとした歩幅も一句の味わいであります。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出展:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2015年5月2日放送分)
  • 絵踏せし足を河原の石責むる  天玲

    季語
    絵踏
    季節
    初春
    分類
    人事
    鑑賞
    「絵踏」がなぜ春の季語なのか。江戸時代、陰暦一月から三月頃に九州各地で禁制のキリシタン狩として行われたことに由来します。陰暦一月八日、長崎丸山遊郭の着飾った遊女たちの絵踏には、沢山の見物人も集まったそうです。
     掲出句はこの「絵踏」の世界にワープ。作者自身がさっきキリストの絵を踏んできたかのような真情溢れる作品です。「河原の石」が「絵踏」した我が「足」を責めているよという嘆きが、読み手の足裏に「石」の感触を再現。「責むる」という連体形の後の空白を、足はジンジンと痛み続けます。虚の季語「絵踏」をリアルな肉体感覚で表現できる。俳人の強靱な想像力が生み出した逸品です。
          
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2016年4月8日放送分)
  • 決めるなら決めろワシらは海苔を掻く  旧重信のタイガース

    季語
    海苔
    季節
    初春
    分類
    植物
    鑑賞
     一読、諫早湾干拓事業を巡る論争を思いました。いきなり出現する「決めるなら決めろ」という強い呟きは、誰が誰に向かって発している言葉なのだろうという疑問が湧くのですが、下五「海苔を掻く」という季語によって、状況が立ち上がってきます。
     県や国の方針が転換する度に、振り回されるのは地元住民。干拓のために潮受け堤防の水門を閉鎖してから、養殖海苔の色落ち等の漁業被害が報道されました。水門を開けるか開けないか、二転三転する方策に、日々募る苛立ち。お上がどう決定しようが「ワシら」は我が生活のために海苔を掻くだけだ。「決めるなら決めろ」とは強いシュプレヒコールであり、「ワシら」の無言の抵抗なのです。
       
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2015年2月6日放送分)
  • 黒北風じゃ蒙古が来るぞ子を盗るぞ  太郎

    季語
    黒北風
    季節
    仲春
    分類
    天文
    鑑賞
     まずは、「黒北風」が吹いてきそうな西高東低の気圧配置だぞ、凶暴な風がくるぞと脅し、さらに「蒙古が来るぞ」「子を盗るぞ」と畳み掛ける三段切れが見事に成功しました。俳句において三段切れはタブーとされていますが、考え方を変えればこれも一つの技法。うまく使いこなすと、武器になるテクニックの一つです。
     「(蒙古襲来の度に吹いた神風)黒北風」が吹く=「黒北風」が吹くと「蒙古」が来る、という逆説的発想。大事な我が「子」を盗られるかもしれないぞと訴える調べが危機感を煽ります。民族の記憶としてインプットされている感情が、季語「黒北風」を表現する要素として巧みに使われていることに感心させられた一句でした。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2015年3月6日放送分)
  • 白梅を挿頭しやりたし相撲取   きらら☆れい

    季語
    白梅
    季節
    初春
    分類
    植物
    鑑賞
     「挿頭し」は「かざし」と読み【上古の日本人が神事に際して髪や冠に挿した草花】を指します。「相撲」も元々は神事として始まったものですから、このあたりの言葉の選び方もよく工夫されています。「相撲」も秋の季語ですが、正月場所が終わる頃を思えば「白梅」との取り合わせに違和感はありませんし、「白梅」が主役の季語として描かれていることはいうまでもありません。
     贔屓にしている「相撲取」に「白梅」を「挿頭し」てやりたいとは、今場所の活躍への賛辞でしょうか。新入幕から気に掛けている力士の新十両を祝う思いかもしれません。堂々たる大銀杏を思うか、やっと結えた小さい髷を思うかで、一句の味わいも変わります。
       
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年2月13日掲載分)
  • しんしんとソムチャイさんの冬服に  るびい

    季語
    冬服
    季節
    三冬
    分類
    人事
    鑑賞
     「ソムチャイさん」は、南方からの留学生でしょうか、観光客でしょうか。着慣れない「冬服」を着ている「ソムチャイさん」のぎこちない、それでも冬という季節を新鮮な気持ちで楽しんでいる表情までもが想像できる作品です。
     この句を非常にうまく演出しているのが「しんしんと」という上五のオノマトペ。冬の冷気と同時に、降ってくる雪のイメージを膨らませます。さらにそのオノマトペを受け止めているのが、最後の助詞「に」。この助詞が目に入ったとたん「しんしん」なるものが、今「冬の服」に降ってきたかのような印象を与えます。下五の「冬服に」の後の切れのない余情も、深い味わいを残します。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年2月6日掲載分)
  • 遺骨拾い戻る車列に波の花  波恋治男

    季語
    波の花
    季節
    晩冬
    分類
    地理
    鑑賞
     「遺骨拾い」とあれば、読み手は皆、今まさに骨あげのための長い箸を手にしているのだと想像します。焼き上がったばかりの骨の熱を生々しく感じとる人もいるでしょう。が、続く一語ごとに一句の映像はどんどん変化していきます。
     「遺骨拾い」に続く「戻る」という動作、「戻る」ものが何台も何台も続く黒い「車列」であるという事実、そして「車列」に吹き千切れる「波の花」。
     季語が出現したとたん、熱を帯びた「遺骨」から寒風に飛ぶ「波の花」へと、めまぐるしい臨場感をもって一句の光景が完成します。
     黒い車列へ吹きつける「波の花」は、その色の印象を「遺骨」の色に重ねつつ、忘れ難い光景として作者の心に刻まれているのでしょう。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2016年2月5日放送分)
  • どうかしてゐる歌留多にひらがなは群れて  Y音絵

    季語
    歌留多
    季節
    新年
    分類
    人事
    鑑賞
     いきなり畳みかけられる「どうかしてゐる」という呟きに惹きつけられます。困惑か、憤りか。「歌留多」の一語で、おやおや理不尽に負けましたかと一句の展開を見抜いた気になった瞬間、目に飛び込んでくる「ひらがなは群れて」の措辞に、心がハッと動きます。
     「どうかしてゐる」は、目の前にある百人一首の取り札に向けられた呟き。長方形の札いっぱいに「ひらがな」ばかりが「群れ」ていることへの美しい困惑。
     初めて百人一首の取り札を見たときに、確かに私自身も感じそのまま忘れ去っていた違和感が、上五の独白によってありありと蘇ってきたことに驚きました。改めて取り札の一枚一枚を眺めながら、この句の詩語の鮮度に感じ入りました。
       
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2016年1月8日掲載分)
  • 九年母や亀甲墓につづく道  笑松

    季語
    九年母
    季節
    三冬
    分類
    植物
    鑑賞
     最初読んだときにですね、「亀甲墓に」ってなってるいるので、これ亀甲墓が奥にあるんなら「亀甲墓へ続く道」ではないかと思ったんですが。
     ひょっとすると「亀甲墓に」でそこの場所を言っといて、さらに奥に続く道があるという――奥へ奥へ続く道があるというそういうことなのかもしれないなと納得をいたしました。
     光景の描き方としても非常に的確ですし、沖縄らしさというのも正に「亀甲墓」で出ておりますね。
       
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2015年1月23日放送分)
  • しみじみとお世話になろう寒蜆  春爺

    季語
    寒蜆
    季節
    晩冬
    分類
    動物
    鑑賞
     「寒蜆」の難しさは、「浅蜊」でもただの「蜆」でもいいんじゃないの?といわれる句になりがち……ということでしょう。
     春の季語「蛤」「浅蜊」「蜆」を詠み分けるのも難しいのですが、冬の季語「寒蜆」の場合は「薬効があるとされている」という特徴が一つのポイントになりますね。そのイメージが一句にうまく入ってくると良いのだろうなあと思います。
     「しみじみとお世話になろう」は、まるで小津安二郎の映画のお父さんが呟くような台詞です。この言葉に「寒蜆」という季語が取り合わせられるだけで、まさに映画のワンシーンのような光景が立ち上がってきます。
     厨の桶の中で砂抜きをしている「寒蜆」を眺めているのでしょうか、一椀の蜆汁の温かみを両手に感じているのかもしれません。滋養に満ちた「寒蜆」の汁を一口啜ると、身体中にしみ渡る心地良い熱さ。一人暮らしを続けると強情に言い張ってきたけれど、もうそろそろ考え直してもよい頃かもしれない。「しみじみとお世話になろう」という気持ちがゆっくりと広がってくる、そんな場面。
     この季節の「寒蜆」は身体によいから「お世話になろう」という浅い意味から始まり、人生のささやかな決断の場面まで、一句はしみじみと深まっていきます。心して正座していただく「寒蜆」の味は、作者の心に忘れ難く広がっていきます。
       
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年1月16日掲載分)
  • 牡丹鍋これは銀次の十頭目  理酔

    季語
    牡丹鍋
    季節
    三冬
    分類
    人事
    鑑賞
     なんと言っても巧いのは、「これは銀次の十頭目」という表現。この措辞だけで、「銀次」が猪撃ちであり、猟の世界に少しずつ慣れてきている男であることが読み取れます。さらに「これが」ではなく「これは」ですから、他にも撃った猪の肉はあるんだけれども「これは」銀次の撃ったヤツだよ、というニュアンスになります。このあたりの助詞の選び方がベテランらしい巧さです。
     「牡丹鍋」とは、猪と牡丹の絵柄が取り合わせられている花札の一枚から生まれた隠語です。花札の世界に、隠語としての「牡丹鍋」や「銀次」という名が似合いますし、季語の持つ色のイメージ「牡丹」の赤、「銀次」の「銀」の取り合わせもニクイ作品です。
       
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年12月19日掲載分)
  • 災の字は火の氷るごと冬至粥  花屋

    季語
    冬至粥
    季節
    仲冬
    分類
    人事
    鑑賞
     「冬至粥」は厄災や邪気を祓う風習。「災」という字はいかにも厄災っぽいよ、だってこの一字は「火」が氷ってるみたいじゃないかという思いが「冬至粥」を煮る行為を意味あるものにします。
     厄災をやっつけるように、「災の字」を溶かすように、「冬至粥」を煮る「火」はあたたかい色に揺れています。熱々の「冬至粥」をふうふう食べれば、人々の心にある氷った「災」をことごとく溶かしてくれるに違いありません。喉から腹におちてくる粥の熱さが、「災」が溶ける実感となって季語「冬至粥」を表現します。冷たいイメージを持つ「冬至」の一語が「氷る」に、熱いイメージの「粥」が「火」の一字に印象を重ね合う点もよく工夫されています。

    (鑑賞:夏井いつき)  
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年12月26日掲載分)