株式会社 夏井&カンパニー

百囀集

夏井いつきが市井の佳句を一句鑑賞

  • 名残の空春日神社の火の当番  長緒連

    季語
    名残の空
    季節
    仲冬
    分類
    天文
    鑑賞
    (同時投句)名残の空徳利の数の榊摘む   長緒連

     季語「名残の空」とは、ゆく年を惜しむ名残つきない空の意。元々は和歌で使われていた言葉で、恋や別れの思いを抱いて眺める空を表しましたが、転じて俳句では大晦日の空の意となりました。
     大晦日の「春日神社」、境内では「火の当番」をする人がおり、その傍らでは竹箒をもった若い祢冝たちが参道を掃き清めています。
     社の中では「榊」を挿してお供えする「徳利」の準備が始まり、その「徳利の数」だけの「榊」を「摘む」人もいる。祢冝の水色の袴、巫女の赤い袴がひらりひらりと勤しむさまも見えてきます。
     この難しい季語を表現するために、神社の光景を丁寧に切り取り、誠実に描写していく俳人としての姿勢にも感銘を受けた二句です。
       
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2017年12月30日放送分)
  • 風邪喰うて我百貫の無用者  93kgのプッコラ

    季語
    風邪
    季節
    三冬
    分類
    人事
    鑑賞
     上五「風邪」を「食う」という表現、大袈裟だなあと思ったとたん「我百貫」という数詞と共に、巨体が出現します。「百貫」の体ならば「食う」という動詞も腑に落ちるよと思ったとたん、下五の「無用者」という自嘲。なるほど、そうきたかと笑えました。
     「好き嫌いのないのはいいが、なんでもかんでもバクバクバクバク食いやがって、とうとう流行の風邪まで食いやがった!」なんて家族に憎まれ口を叩かれているのでしょうか。
     風邪の身でありながら、食欲だけは落ちない「我百貫の無用者」。意味としては自嘲ですが、ユーモアの漂う語り口がこの句の味わい。
     その俳諧味を演出しているのが「喰う」という動詞の効果。飄々たる作品です。
       
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2017年12月9日掲載分)
  • 磁針揺れやまず原発に狐火  小市

    季語
    狐火
    季節
    三冬
    分類
    地理
    鑑賞
     「磁針揺れやまず」は、磁石をズームアップした映像。いつまでも揺れ止まない「磁針」の映像が得体の知れない不安を掻き立てます。句またがりの型によってカットが替わった後半に現れる「原発」の二文字は、心に生まれた不安を明確なものにし増幅させ、「原発の狐火」という虚の世界にはひたひたと恐怖が満ちていきます。
     「磁針」は「地震」と同音異義語。目で見るよりも声に出してみると、さらなる不穏に心が支配されていくようでもあります。なぜこの磁石の「磁針」は止まらないのか。これでは北がどちらなのか、どちらに向かって進めばよいのかわからないじゃないか……。
     そんな困惑の向こうに「狐火」はゆらゆらと青白く揺れ始めるのです。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2016年1月15日放送分)


  • 山眠る熊胆闇色に干され  鈴木牛後

    季語
    山眠る
    季節
    三冬
    分類
    地理
    鑑賞
     「熊胆」は「ゆうたん」と読みます。クマ類の胆汁を乾燥したもので、苦味健胃、鎮痛、消炎、解熱等に効能がある漢方薬です。
     「山眠る」頃は、猟の季節でもあります。食べ物を求めて里に下りてくる「熊」を撃つ。これもまた里山に生きる人たちの切実な仕事です。
     昨日撃った「熊」は丁寧に解体され、肉は肉として、皮は皮として仕分けられています。取り出された「熊胆」は貴重な漢方薬。値の見込める大事な部位です。冬の乾いた風の中、昼と夜を繰り返しながら「熊胆」はゆっくりと乾いていきます。
     眠ったかのような冬の山に生きる熊と人間の関わり、生きるための営みが、曼荼羅図のように組み込まれている一句に深い感銘を覚えます。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2016年12月25日掲載分)
  • ねんねこより初めて見しは荒るる海  雪うさぎ

    季語
    ねんねこ
    季節
    三冬
    分類
    人事
    鑑賞
     「ねんねこ」という言葉に出会うと、必ず想い出すあの日の「荒るる海」。母におぶわれた「ねんねこ」の中の記憶の「海」は両親の生まれ故郷か。はたまた夜逃げ同然にたどりついた未知の町か。
     「ねんねこ」という季語の成分には、そのあったかさ、幸福感に満ちた匂いなどが内包されていますが、この句はそれらの要素を逆手にとりつつ、「ねんねこ」の本意を表現します。「荒るる海」から吹く風の凶暴な冷たさ、不安を募らせる潮の匂い、「ねんねこ」から出ている顔の凍るような冷たさ、「ねんねこ」に包まれた体の暖かさ、母の酸っぱく甘い匂い。
     たった十七音から、読み手に果てしない物語を感知させる言葉の力を堪能させてもらった作品です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2016年11月27日掲載分)
  • 膝掛の配られ義母の通夜整う  トリオパンジーズ姫ひめばあちゃん

    季語
    膝掛
    季節
    三冬
    分類
    人事
    鑑賞
     前半の措辞だけで「膝掛」を配っている人物と配られている人物がいることが分かり、後半「通夜」の一語にて場面が確定すると、「膝掛」を配っているのは葬儀社の人、配られているのは弔問客だと分かる。さらに季語「膝掛」によって「通夜」の日がしんしんと寒い夜であることも伝わる。実に見事な映像の描き方です。
     もう一つ誉めたいのは最後の動詞「整う」の一語です。この動詞の選択が一句を引き締めます。「膝掛」が参列者全員に配られ終わると、いよいよ「通夜」の儀式が始まります。全てが整ったという空気は冷たい緊張感となり、あとは僧侶の入場を待つばかりの静けさ。改めて「義母」への思いががひたひたと作者の胸に募ります。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2016年12月4日放送分
  • 広州の喧騒の朝蒸饅頭(むしまんとう)  とうへい

    季語
    蒸饅頭
    季節
    三冬
    分類
    人事
    鑑賞
     「広州の喧騒=コウシュウ、ケンソウ」という音の響きが佳いですね。
     「朝」の一字がポンと入ることで「蒸饅頭」の湯気がありありと見えてくる効果もあります。
     中国の朝の光景は、まさにこのような屋台が並びます。
     勢いの良い中国語の挨拶も飛び交っているに違いないと、映像が生き生きと広がってくる一句でした。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2015年11月22日放送分)
  • 東国の荒ぶるこころ葱鮪鍋  井上じろ

    季語
    葱鮪鍋
    季節
    三冬
    分類
    人事
    鑑賞
     眼前の「葱鮪鍋」はグツグツ煮えたぎっています。鍋を囲んでいるのは、「東国」の荒々しい武士か、はたまた「東国」の「荒ぶるこころ」をDNAに残した企業戦士たちか。
     「東国の荒ぶるこころ」という措辞は、関東という土地を意味するだけでなく、男という種族が持つ荒々しい闘争心をも思わせます。「鮪」と「葱」だけの質素な鍋が醸し出す旨味は、「東国の荒ぶるこころ」が生み出した逸品。酒を飲みながら交わされる議論もまた次第に熱を帯び、荒々しくなっていくに違いありません。
     「東国」名産の太い葱、「東国」を吹き荒れる乾いた空っ風。「東国」の一語から広がるそれらのイメージが、目の前の「葱鮪鍋」をますます美味そうに滾らせます。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年11月13日掲載分)

  • 冬隣軍靴の磨く石畳  みいみ

    季語
    冬隣
    季節
    晩秋
    分類
    時候
    鑑賞
     「磨く」というと美しくするために「磨く」という、そういう「磨く」の使い方が多いでしょう。
     でも、この「磨く」というのは意味が違います。軍靴、兵隊の靴によって磨かれていく――兵隊がたくさんそこを通ることで磨かれていく「石畳」というものに、反戦の思いを入れ込んだわけです。
     目の前に冬が来ているのではないかという、一人の母親としての作者の思いが込められた一句です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2014年10月24日放送分)
  • 天空の墓目印は烏瓜  てんきゅう

    季語
    烏瓜
    季節
    晩秋
    分類
    植物
    鑑賞
     「天空の墓」の一語で、私の脳裏には新居浜市別子銅山の奥深い山中にある墓=ラントウバの光景がありありと蘇ってきました。「卵塔場・乱塔場・蘭塔場」とも書くこの墓は、元禄7年(1694)の大火災で亡くなった百数十人を祀っています。ラントウバの写真は拙著『森になった街』にも掲載してありますが、旧別子が見渡せる切り立った岩山の上にコの字型の石積みをした墓所です。
     風の吹き荒ぶ「天空の墓」、石積みに絡みついた「烏瓜」。その赤はラントウバに眠る魂たちの声かもしれないとも思われました。
     「烏瓜」は、この赤を「目印」に逢いに来い逢いに来いと、ゆらりゆらり「天空」の風に揺れているに違いありません。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2014年11月8日)
  • 針焼いて突くうそ寒の足の肉刺(まめ)  ふづき

    季語
    うそ寒
    季節
    晩秋
    分類
    時候
    鑑賞
     「針焼いて」ってところに一瞬熱い感じがありますが、「突くうそ寒」で温度がクーンと低くなって、「足の肉刺」へと更にその針の先が入っていくというリアルな身体感覚。
     この映像の作り方が巧いですし、その不安感みたいなものが率直に出ている、そんな一句ですね。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2014年10月17日放送分)
  • 海溝のごとき渋谷を後の月  音絵野あよ

    季語
    後の月
    季節
    晩秋
    分類
    天文
    鑑賞
     「海溝」の一語が深く暗い海底の亀裂を思わせた瞬間「~ごとき渋谷」という言葉が飛び込んできます。「海溝」がビルの屹立する「渋谷」に転換する意外性と納得。「海溝のごとき」という比喩が暗く冷たい海底を想起させますので、下五「後の月」の夜という時間がそのまま一句を支配していきます。
     「渋谷」の駅前から多方向に伸びる路と屹立するビル群を「海溝」だと感じ取る作者の心にあるのは殺伐たる都会人の淋しさでありましょうか。
     「~を」という助詞は、経過していく時間や場所を表現します。
     「海溝のごとき渋谷」を彷徨う作者の淋しさは、季語「後の月」の本意が持つ淋しさへ深く静かに重なってゆきます。
    (※ 「後の月」は陰暦9月13日の月。十三夜、栗名月などとも。2019年は10月11日)
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2014年10月10日掲載分)
  • 啄木鳥や鋸の歯は熱を持ち  山香ばし

    季語
    啄木鳥
    季節
    三秋
    分類
    動物
    鑑賞
     チェーンソーではなく、昔ながらの「鋸」を想像しました。人力による摩擦熱が「熱」となる驚き。「鋸」を引く動作の強弱が「熱」の量に転化される実感。「鋸の歯」に焦点を絞り、「木樵」の一語を使わずにその場面を表現した点が巧い展開です。
     「啄木鳥」は木の幹を叩き穴を開けます。中七下五は「鋸の歯は熱を持ち」としか述べていませんが、ひょっとすると「啄木鳥」の嘴も「熱」を帯びているのではないかという思いも広がります。「啄木鳥」の木を叩く音と、人が「鋸」を使う音。読み手は一句の世界に共存する二つの音を感じ取りますが、言葉の上では「音」という語は使われていない。そこにも作者の大いなる工夫があります。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2016年9月2日掲載分)
  • 沢水の洗顔痛し秋薊   篠田ピンク

    季語
    秋薊
    季節
    仲秋
    分類
    植物
    鑑賞
     一読、「沢水」という場所情報に加え、「洗顔」の一語によって、前夜はこの「沢」の近くで野営したのではないかと想像できます。
     野営の朝を迎えての「洗顔」を、「沢水の洗顔」という言葉で端的に表現したのが鮮やか。さらに「洗顔」の感覚としての「痛し」のリアリティ。この一語が、春の「薊」でもなく、「夏薊」でもない、「秋薊」という季語の本意と呼応します。
     最後に出現する「秋薊」は、具体的な種ではなく、秋に咲いている薊全般を指す季語。「秋」の一字の爽やかさ、秋冷の感触を連想させる特徴が生かされた下五の選択です。
     朝の清澄な空気、「洗顔」の「水」の感触。野営の現場が生き生きと伝わってくる作品です。
        
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2016年9月30日掲載分)
  • 胡麻爆ぜて晴天続く二十日間  木好

    季語
    胡麻
    季節
    仲秋
    分類
    植物
    鑑賞
     「胡麻爆ぜて」は、炒って爆ぜるではなく、植物として実が熟して爆ぜる状態です。
     いよいよ「胡麻」が爆ぜ始めたよ、ここのところ続いている「晴天」が今年の「胡麻」の生育をぐんとよくしてくれたに違いない。
     「胡麻」という植物は、【旱魃に強く、生育後期の乾燥にはたいへん強い】のだそうです。刈り取りが近づいた頃に、雨が多いと生育は悪くなります。 「晴天二十日間」は「胡麻」にとっては最高のお天気。「胡麻」の花の美しさ、「胡麻」の実の存在感、それらを日々眺めている人だからこその「晴天続く二十日間」という措辞ではないかと思うわけです。この「晴天」に感謝をしつつ、今年の見事な「胡麻」の収穫を喜びましょう。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2016年9月16日掲載分)