株式会社 夏井&カンパニー

百囀集

夏井いつきが市井の佳句を一句鑑賞

  • その昔旅は死に似て初時雨  やのたかこ

    季語
    初時雨
    季節
    初冬
    分類
    天文
    鑑賞
     昔の人にとって、旅立つってのは死ぬかもしれないということとイコールだったわけですね。
     芭蕉は奥の細道の冒頭のところで『月日は百代の過客にして行きかふ年も又旅人也』と言って、自分も旅=おくの細道に旅立っていくわけですれども、芭蕉の亡くなった忌日は時雨忌という風に呼ばれております。
     時雨忌に捧げる今年の初めての時雨が降る今日であるよ、という一句でございます。
         
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2014年11月15日放送分)
  • ひよどりのあれは青き実食みし声  とおと

    季語
    ひよどり
    季節
    初冬
    分類
    動物
    鑑賞
     うっかり「青い実」を啄んでしまう「ひよどり」も、そりゃいるに違いないよという愉快。さらに「ひよどり」のヒーヨヒーヨと騒ぐ煩い声も、あ、こりゃ青い実だったよ、オレ青い実食っちゃった、みんなこれ苦いぜ! なんて、大袈裟に騒いでいるのかもしれないという空想的実感。
     発想勝負の一句ではありますが、語順がよく工夫されています。「ひよどりの」と始まる上五の後に「あれは」と置きました。代名詞をこの位置に入れることで、何が「あれ」なんだろう? と読み手の好奇心はかすかに動き出します。そして何よりもここから後の展開が鮮やか。「青き実」を食べてしまった……で終わらせず、最後に「声」を提示することで、読後の余白に「ひよどり」のヒーヨヒーヨという煩い声が響きわたらせます。言われてみると、あの声はなんだか苦いものを食べて騒いでいるようも聞こえてきます。作者の思うツボにまんまと嵌る愉快を味わわせてくれた一句でありました。

    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2014年11月8日掲載分)
  • パエリアのエビは有頭黄落す  天宮風牙

    季語
    黄落
    季節
    晩秋
    分類
    植物
    鑑賞
     「パエリアのエビは有頭」これだけの措辞で、「パエリア」が映像としてありありと再現されている点がなんとも見事。(米を着色する材料として使われる)サフランの黄色、有頭エビの赤を描いているだけなのですが、熱々のパエリア鍋が運ばれてきた時の印象はまさにこの通り。鮮やかな切り取り方です。「有頭」の一語もいかにも豊かな印象です。
     この句で最も誉めたいのは下五。上五中七で「パエリア」のことだけを描写し、カットが切り替わり、卓上の「パエリア」からこのレストランを包む「黄落」への展開、実に巧いですね。「黄落」の窓、秋のひかり、硝子のひかり、店内のざわめき、ワイングラスの音、香ばしい香り、有頭エビの赤、サフランの黄色。「黄落」という季語が、全てを包み込む空間が立ち上がってきます。「黄落」の黄色とサフランの黄色が、豊かに調和した作品。ああ、「パエリア」が食べたくなってきました!

    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2014年10月31日放送分)
  • 夜寒なりじきにこの子は雪も知る  茨城翔子 

    季語
    夜寒
    季節
    晩秋
    分類
    時候
    鑑賞
     例えば「じきにこの子も雪を知る」と比較してみます。これだと他の子と同じに「この子も」「雪」というモノを「知る」の意になり、どの子も「雪を知る」のが当たり前のこととして描かれます。
     対する掲出句「この子は」の「は」は、他と区別する助詞。目の前で眠る「この子」は、と取り立てて指さす表現です。「は」の一語に愛があります。さらに「雪も」の「も」は、他にもあることを示す助詞。「この子」はすぐに「雪」も「知る」よ、沢山のことを体験しながら育っていくに違いないよ、というこれも愛の一語の「も」なのです。やがて「雪も知る」「この子」は今、生まれて初めての「夜寒」の中で、健やかな寝息を立てているのでしょう。

    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2014年11月7日掲載分)
  • 鯔掛ける針にたぢからをのみこと  有櫛水母男

    季語
    季節
    三秋
    分類
    動物
    鑑賞
     「鯔掛ける針」とは、太い釣り針三本が放射線状に束ねられたシロモノ。これで「鰡」を引っ掛けるのが一般的な釣り方です。赤い疑似餌に近づいてきた「鰡」をこの太い針で引っ掛ける場面を想像すると、「たぢからをのみこと」という比喩に肯かざるをえません。
     「たぢからをのみこと」とは【天照大神の隠れた天の岩屋の戸を手で開けた大力の神】です。かの強力の神の力が宿っているかのような「鯔掛ける針」であるよという一句は、ボラ掛け針にかかった「鰡」の暴れるさまも想像させます。釣り上げる側は、まさに「たぢからをのみこと」に成りきって「鰡」を引っ掛け、引き揚げるのです。いやはや、大胆にして見事な比喩の一句でありました。

    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2014年10月24日掲載分)
  • 岩塩に舐め痕残し牧場閉づ  烏天狗

    季語
    牧閉す(まきとざす)
    季節
    晩秋
    分類
    人事
    鑑賞
     「岩塩に舐め痕」という映像をクローズアップし、さらに「残し」とくると、一体これは誰が舐めた痕なのだろう?という小さな謎が浮かびます。下五「牧場閉づ」という季語の出現によって「岩塩に舐め痕」を残していたのが牧場で飼われていた牛や馬であることが分かる、という語順がこの一句の巧さです。
     夏の暑い盛りには牛や馬がしょっちゅう寄ってきては舐めていた「岩塩」。残る窪みは「舐め痕」だったのかという認識が、読者の心に静かな光景を広げていきます。秋が深まった牧場は閉ざされ、放牧していた牛や馬たちは飼い主の元に返されます。「牧場閉づ」頃の風が「岩塩」の色のようにも思えてくる作品でした。

    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2014年9月26日放送分)
  • 幣ゆれて神杉の実の弾けとぶ  七草

    季語
    杉の実
    季節
    晩秋
    分類
    植物
    鑑賞
     「幣」は「ぬさ」「へい」「しで」等と読みます。「神杉」は「しんさん」と読むのだと思っていたのですが、辞書で確認すると「かみすぎ」あるいは「かむすぎ」と読むのが正しいようです。ならば、「かむすぎ」と読みたいなあと思いますし、そうなると「幣」は「ぬさ」と読みたくなります。
     「神杉」は【神域にある杉。神が降臨する杉】を意味します。「幣」の白い紙を揺らす風に触発されたかのように、「神杉の実」が弾け飛びます。動詞「ゆれる」、複合動詞「弾けとぶ」が適材適所の位置におかれているため一句の映像が非常に確か。風の音、「幣」の擦れる音、「杉の実」の匂いが生き生きと立ち上がってきます。

    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2014年10月10日放送分)
  • 落シ水臭クテ手賀ハ豊穣ナリ   土井探花

    季語
    落し水
    季節
    仲秋
    分類
    地理
    鑑賞
     「手賀」とは手賀沼のことですね。江戸時代、新田干拓が行われたこの沼は、行く度もの洪水被害を受けた沼でもあります。
     「落シ水臭クテ」を汚染臭と読む人もいるかもしれませんが、ここは下五「豊穣ナリ」から実りを司る栄養臭だと読みたいですね。稲作もいよいよ大詰めとなってくるのが「落し水」の作業。落ちてゆく水が思いのほか臭いことに、あらっ?と気づく、その小さな発見が俳句の核となりました。この豊かな実りを生んだ末の水なのだなあという実感が、「落シ水臭クテ手賀ハ豊穣ナリ」という言葉となって作者の胸中に姿を為した、そんな一句に違いなかろうと思います。「臭ク」という動詞のイメージとは裏腹なる「豊穣」の一語の豊かさ。この構造はまさに、「落し水」という季語の構造と同じ。なるほど、こんな作り方があったかと勉強させてもらった作品です。
     
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2014年9月4日掲載分)
  • 秋分や夜へ祈りを捧げる木  根子屋

    季語
    秋分
    季節
    仲秋
    分類
    時候
    鑑賞
     「秋分」という季節の折り目を知っている「木」は、世界を支配していく夜へ「祈りを捧げ」ます。「夜」という名の神に向かって、世界が夜という時間に塗りつぶされてしまわないように、太陽の恵みを約束してもらえるように、敬虔な祈りを捧げ始める、それが「秋分」という時候なのだと一句は物語ります。「秋分」という季語に対するこの詩的把握のなんと美しいことでしょう。
     「植物は夜の長さを計って季節を知る」という説もありますから、科学を核として生まれた発想かもしれませんが、私の心に映るのは、世界の果ての美しい崖の上にある一本の「木」。時間を司る「夜」の神へ静かな「祈り」を捧げる、神話のような世界であります。

    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2013年9月27日掲載分)
  • 竹の春スーチー女史の描く国  かのん

    季語
    竹の春
    季節
    仲春
    分類
    植物
    鑑賞
     「スーチー女史」とは、ミャンマーの女性政治家アウンサン・スーチーさん。ニュース映像を通して見る彼女の凜とした表情や優美な微笑みは非常に印象的です。その「スーチー女史の描く国」とは、軍事政権に因らない民主的国家であります。
     ミャンマーとは、昔のビルマ。この国の産物の一つが「竹」なのだそうです。家も垣根も外厠も建設用の足場だって竹で造ってしまうという竹の国、生活の中に竹が息づく国、竹と共に生きる国の、「スーチー女史」が突き進む民主化への厳しい道。多くの犠牲を強いられた時代もありましたが、その「国」にもやがて「竹の春」が訪れるよ、という願いを込めての一句かもしれません。

    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2013年9月6日放送分)
  • 別れ烏や屈強の山正面に  ターナー島

    季語
    別れ烏
    季節
    初秋
    分類
    動物
    鑑賞
     烏という生き物は親子の情愛が深いのだそうです。秋になってやっと親離れ子離れをするというのが、季語「別れ烏」の本意です。
     それにしても「屈強の山」というのは面白い表現です。親の元を離れて、いざ飛び立った子烏の前に立ちはだかっているのが、この「屈強の山」。高く聳えた猛々しい山なのでしょう。「別れ烏や」と7音で季語を詠嘆し、さらに「屈強の山」という7音が中七に聳え立ち、下五「正面に」と5音で納める構造と調べが、一句の内容を際立てます。子烏の心細さを、我が心の不安として生々しく受け止める作者だからこそ、この季語の世界において「屈強の山」という詩語をつかみ取れたのに違い有りません。

    (鑑賞:夏井いつき) 
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2014年9月5日放送分)
  • 葛の風はや月山を駆け上る  あんみつゆか姫

    季語
    季節
    三秋
    分類
    植物
    鑑賞
     「葛」は秋の季語。秋の七草の一つに数えられ、その根は食材(葛粉)や漢方薬として重用される植物です。
     上五「葛の風」は、葛の原を駆け抜ける風を表現した言葉。野を駆け抜ける風は一面の「葛」の原を揺らしながら、山を駆け上っていきます。その「葛の風」が吹き渡る場所が「月山」であるよ、というこの地名の持つイメージの何と鮮やかなことでしょう。
     作者の眼前に広がる「葛」がバーッと動き出し、その風を目で追っていくと、「月山」という美しい名をもった山がそこにある。一読、宮崎駿監督が様々な作品で描いてきた「風」を、まさに言葉で体現していることにささやかな感動を覚えた一句です。

    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2013年9月20日放送分)
  • 釜蓋朔日焔の如く花飾る  ドクトルバンブー

    季語
    釜蓋朔日
    季節
    初秋
    分類
    人事
    鑑賞
     「釜蓋朔日」とは、陰暦七月始めの朔日に地獄の釜の蓋が開いて亡者たちが戻ってくるという伝説から生まれた季語です。
     この面妖な季語に対して取り合わせられた「焔」の一語は、蝋燭や迎火の印象と重なりますが、それだけで終わったのでは面白くありません。「焔」は火の印象を一瞬なげかけ、そのまま「焔の如く花飾る」と後半へ傾れ込みます。ここで丁寧に読まねばならないのが「如く」の一語。「如き」ならば単なる「花」の形容に終わりますが、「如く」は「飾る」にかかります。「花」を「焔」のように飾るという行為そのものが、「釜蓋朔日」に捧げる祈りとなるのです。残暑に咲くオレンジ色の花々が脳裏に浮かんでは消えていきます。

    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2013年8月16日放送分)
  • 鯊釣をチリの女に習いけり  蘭丸

    季語
    鯊釣
    季節
    三秋
    分類
    動物
    鑑賞
     「鯊釣」を誰かに習うという発想はありがちですが、まさか「チリの女」が登場するとは思いもしませんでした(笑)。
     「チリの女」は顔見知りでしょうか、なんでこんなとこで外国人の女が釣りを?と気になり声をかけたのかもしれません。話しかけてみると、片言の日本語はしゃべれるし、器用に釣ってるし、そのうち「アンタもやる?」なんて竿を持たされたのでしょう。
     上五は「鯵釣」「根魚釣」等も考えられますが、大した仕掛けもいらない簡易な「鯊釣」は一句の物語においてささやかな説得力を発揮します。釣り上げる「鯊」のユーモラスなようでそこはかとない悲哀もある貌が、「チリの女」の人生の陰影をうかがわせます。

    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2013年8月30日掲載分)
  • 法師蝉船霊さまへ申し上ぐ  亜桜みかり

    季語
    法師蝉
    季節
    初秋
    分類
    動物
    鑑賞
     「船霊」とは船の守護霊です。御神体として女の髪・男女1対の人形・2個のサイコロ・一文銭十二枚・五穀などを、帆柱の根の部分に納めるということを今回初めて知りました。
     「法師蝉」が鳴きはじめると、台風シーズンの到来。「板子一枚下は地獄」と言い習わされる自然の驚異を骨身に知っているのが船乗りたちです。「船霊さまへ申し上ぐ」は、彼らの信心深さを思わせる措辞であり、敬虔に頭を垂れる姿でもあります。
     「法師蝉」のつくつくぼうしつくつくぼうしという鳴き声は、「筑紫恋し」と聞きなされてもいたようです。船乗りたちの陸を恋う思いもまた、つくづく恋しつくづく恋し、なのでありましょう。

    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2014年8月15日掲載分)