株式会社 夏井&カンパニー

百囀集

夏井いつきが市井の佳句を一句鑑賞

  • 膝掛の配られ義母の通夜整う  トリオパンジーズ姫ひめばあちゃん

    季語
    膝掛
    季節
    三冬
    分類
    人事
    鑑賞
     前半の措辞だけで「膝掛」を配っている人物と配られている人物がいることが分かり、後半「通夜」の一語にて場面が確定すると、「膝掛」を配っているのは葬儀社の人、配られているのは弔問客だと分かる。さらに季語「膝掛」によって「通夜」の日がしんしんと寒い夜であることも伝わる。実に見事な映像の描き方です。
     もう一つ誉めたいのは最後の動詞「整う」の一語です。この動詞の選択が一句を引き締めます。「膝掛」が参列者全員に配られ終わると、いよいよ「通夜」の儀式が始まります。全てが整ったという空気は冷たい緊張感となり、あとは僧侶の入場を待つばかりの静けさ。改めて「義母」への思いががひたひたと作者の胸に募ります。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2016年12月4日放送分
  • 広州の喧騒の朝蒸饅頭(むしまんとう)  とうへい

    季語
    蒸饅頭
    季節
    三冬
    分類
    人事
    鑑賞
     「広州の喧騒=コウシュウ、ケンソウ」という音の響きが佳いですね。
     「朝」の一字がポンと入ることで「蒸饅頭」の湯気がありありと見えてくる効果もあります。
     中国の朝の光景は、まさにこのような屋台が並びます。
     勢いの良い中国語の挨拶も飛び交っているに違いないと、映像が生き生きと広がってくる一句でした。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2015年11月22日放送分)
  • 東国の荒ぶるこころ葱鮪鍋  井上じろ

    季語
    葱鮪鍋
    季節
    三冬
    分類
    人事
    鑑賞
     眼前の「葱鮪鍋」はグツグツ煮えたぎっています。鍋を囲んでいるのは、「東国」の荒々しい武士か、はたまた「東国」の「荒ぶるこころ」をDNAに残した企業戦士たちか。
     「東国の荒ぶるこころ」という措辞は、関東という土地を意味するだけでなく、男という種族が持つ荒々しい闘争心をも思わせます。「鮪」と「葱」だけの質素な鍋が醸し出す旨味は、「東国の荒ぶるこころ」が生み出した逸品。酒を飲みながら交わされる議論もまた次第に熱を帯び、荒々しくなっていくに違いありません。
     「東国」名産の太い葱、「東国」を吹き荒れる乾いた空っ風。「東国」の一語から広がるそれらのイメージが、目の前の「葱鮪鍋」をますます美味そうに滾らせます。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年11月13日掲載分)

  • 冬隣軍靴の磨く石畳  みいみ

    季語
    冬隣
    季節
    晩秋
    分類
    時候
    鑑賞
     「磨く」というと美しくするために「磨く」という、そういう「磨く」の使い方が多いでしょう。
     でも、この「磨く」というのは意味が違います。軍靴、兵隊の靴によって磨かれていく――兵隊がたくさんそこを通ることで磨かれていく「石畳」というものに、反戦の思いを入れ込んだわけです。
     目の前に冬が来ているのではないかという、一人の母親としての作者の思いが込められた一句です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2014年10月24日放送分)
  • 天空の墓目印は烏瓜  てんきゅう

    季語
    烏瓜
    季節
    晩秋
    分類
    植物
    鑑賞
     「天空の墓」の一語で、私の脳裏には新居浜市別子銅山の奥深い山中にある墓=ラントウバの光景がありありと蘇ってきました。「卵塔場・乱塔場・蘭塔場」とも書くこの墓は、元禄7年(1694)の大火災で亡くなった百数十人を祀っています。ラントウバの写真は拙著『森になった街』にも掲載してありますが、旧別子が見渡せる切り立った岩山の上にコの字型の石積みをした墓所です。
     風の吹き荒ぶ「天空の墓」、石積みに絡みついた「烏瓜」。その赤はラントウバに眠る魂たちの声かもしれないとも思われました。
     「烏瓜」は、この赤を「目印」に逢いに来い逢いに来いと、ゆらりゆらり「天空」の風に揺れているに違いありません。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2014年11月8日)
  • 針焼いて突くうそ寒の足の肉刺(まめ)  ふづき

    季語
    うそ寒
    季節
    晩秋
    分類
    時候
    鑑賞
     「針焼いて」ってところに一瞬熱い感じがありますが、「突くうそ寒」で温度がクーンと低くなって、「足の肉刺」へと更にその針の先が入っていくというリアルな身体感覚。
     この映像の作り方が巧いですし、その不安感みたいなものが率直に出ている、そんな一句ですね。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2014年10月17日放送分)
  • 海溝のごとき渋谷を後の月  音絵野あよ

    季語
    後の月
    季節
    晩秋
    分類
    天文
    鑑賞
     「海溝」の一語が深く暗い海底の亀裂を思わせた瞬間「~ごとき渋谷」という言葉が飛び込んできます。「海溝」がビルの屹立する「渋谷」に転換する意外性と納得。「海溝のごとき」という比喩が暗く冷たい海底を想起させますので、下五「後の月」の夜という時間がそのまま一句を支配していきます。
     「渋谷」の駅前から多方向に伸びる路と屹立するビル群を「海溝」だと感じ取る作者の心にあるのは殺伐たる都会人の淋しさでありましょうか。
     「~を」という助詞は、経過していく時間や場所を表現します。
     「海溝のごとき渋谷」を彷徨う作者の淋しさは、季語「後の月」の本意が持つ淋しさへ深く静かに重なってゆきます。
    (※ 「後の月」は陰暦9月13日の月。十三夜、栗名月などとも。2019年は10月11日)
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2014年10月10日掲載分)
  • 啄木鳥や鋸の歯は熱を持ち  山香ばし

    季語
    啄木鳥
    季節
    三秋
    分類
    動物
    鑑賞
     チェーンソーではなく、昔ながらの「鋸」を想像しました。人力による摩擦熱が「熱」となる驚き。「鋸」を引く動作の強弱が「熱」の量に転化される実感。「鋸の歯」に焦点を絞り、「木樵」の一語を使わずにその場面を表現した点が巧い展開です。
     「啄木鳥」は木の幹を叩き穴を開けます。中七下五は「鋸の歯は熱を持ち」としか述べていませんが、ひょっとすると「啄木鳥」の嘴も「熱」を帯びているのではないかという思いも広がります。「啄木鳥」の木を叩く音と、人が「鋸」を使う音。読み手は一句の世界に共存する二つの音を感じ取りますが、言葉の上では「音」という語は使われていない。そこにも作者の大いなる工夫があります。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2016年9月2日掲載分)
  • 沢水の洗顔痛し秋薊   篠田ピンク

    季語
    秋薊
    季節
    仲秋
    分類
    植物
    鑑賞
     一読、「沢水」という場所情報に加え、「洗顔」の一語によって、前夜はこの「沢」の近くで野営したのではないかと想像できます。
     野営の朝を迎えての「洗顔」を、「沢水の洗顔」という言葉で端的に表現したのが鮮やか。さらに「洗顔」の感覚としての「痛し」のリアリティ。この一語が、春の「薊」でもなく、「夏薊」でもない、「秋薊」という季語の本意と呼応します。
     最後に出現する「秋薊」は、具体的な種ではなく、秋に咲いている薊全般を指す季語。「秋」の一字の爽やかさ、秋冷の感触を連想させる特徴が生かされた下五の選択です。
     朝の清澄な空気、「洗顔」の「水」の感触。野営の現場が生き生きと伝わってくる作品です。
        
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2016年9月30日掲載分)
  • 胡麻爆ぜて晴天続く二十日間  木好

    季語
    胡麻
    季節
    仲秋
    分類
    植物
    鑑賞
     「胡麻爆ぜて」は、炒って爆ぜるではなく、植物として実が熟して爆ぜる状態です。
     いよいよ「胡麻」が爆ぜ始めたよ、ここのところ続いている「晴天」が今年の「胡麻」の生育をぐんとよくしてくれたに違いない。
     「胡麻」という植物は、【旱魃に強く、生育後期の乾燥にはたいへん強い】のだそうです。刈り取りが近づいた頃に、雨が多いと生育は悪くなります。 「晴天二十日間」は「胡麻」にとっては最高のお天気。「胡麻」の花の美しさ、「胡麻」の実の存在感、それらを日々眺めている人だからこその「晴天続く二十日間」という措辞ではないかと思うわけです。この「晴天」に感謝をしつつ、今年の見事な「胡麻」の収穫を喜びましょう。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2016年9月16日掲載分)
  • めいげつやだいおういかのめはおおきい  たくみ・三才

    季語
    名月
    季節
    仲秋
    分類
    天文
    鑑賞
      この投句には、たくみ君のお母ちゃん(あるきしちはる)のコメントが添えられていました。それが見事な鑑賞になっています。
     「組長、たくみに名月の話を振ったら、何故かダイオウイカの話をはじめました。名月とダイオウイカの取り合わせなんてなかなかないですよね。しかも名月の丸くて大きい感じと、ダイオウイカの目。夜空のイメージと深海のイメージ、悪くないんじゃない?」
     「名月」はただの月ではなく、一年に一度の中秋の名月を愛でる気持ちを含んだ難しい季語。「だいおういか」という名前との堂々たる取り合わせが天晴れです。三歳の息子のつぶやきに詩があることを気づくことのできる母ちゃん。それもまた天晴れです。
    (※ 2019年の中秋の名月は9月13日。満月は翌14日)  
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2016年9月16日放送分)
  • 秋の蝶ほしはゆっくりうごくけど  さな(3さい)

    季語
    秋の蝶
    季節
    三秋
    分類
    動物
    鑑賞
     「今度は秋の蝶々さんよ。何かお話聞かせて、といってできた五七五です」というお便りとともに届いた一句。さなちゃんは、お祖母ちゃんから「今度は秋の蝶々さんよ」と言われて、蝶々が秋という季節に急かされるように、せわしなく飛んでいるさまを思い出したのかもしれません。
     「ほしはゆっくりうごくけど」という言葉がどんな会話の流れででてきたのかはわかりませんが、悠久の動きである「ほし」と死を拒絶するように飛び回る「秋の蝶」の対比は、一句の世界に深い奥行きを作ります。
     「秋の蝶」も「ほし」も、時間の長さは違いますが、いつかは滅びていくもの。静かな滅びの影をも感じ取ってしまうのは、オトナの側の深読みではありますが。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年9月11日掲載分)
  • 初潮の光寄せ来る能舞台  八木ふみ

    季語
    初潮
    季節
    仲秋
    分類
    地理
    鑑賞
     「初潮」とは 陰暦8月15日の大潮のことで、「葉月潮」という傍題もあります。さらに「初潮」には【潮の満ちるときに最初にさしてくる潮】という辞書的意味もありますので、大潮の満潮のイメージが強い季語ではないかと(個人的には)受け止めています。
     満潮の高さを「初潮の光寄せ来る」と表現した一句は、宮島の「能舞台」を思い出させます。ひたひたと水位をあげてくる潮、海臭い風、たっぷりと翻るひかりの反射。それらが「能舞台」の臨場感となって、作者が見たものと同じ光景を読み手の心に再生していきます。
     「初潮」の「初」の一字のイメージが、一句の世界に瑞々しい「光」を満たしていく、静かな迫力が漲る作品です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2013年 9月27日放送分)
  • 青磁なる壺中覗かば桔梗の野  山上 博

    季語
    桔梗
    季節
    初秋
    分類
    植物
    鑑賞
     眼前にあるのは「青磁」の「壺」のみです。「壺」の中を覗き込むという発想の句もありますが、「青磁なる壺中」に「桔梗の野」が広がっているよという幻想に美しい眩暈を感じてしまいました。
     「壺中」に吸い込まれるようにたどり着いた花野には、「桔梗」が点々と咲いているのでしょうか、それとも一面にひろがる群生でしょうか。風のあるはずのない「壺中」ですが、下五「桔梗の野」という詩語が目に入ったとたん、我が身も「桔梗の野」の風に吹かれていることに気付き、美しい「桔梗」がこの「壺」と同じ「青磁」の色であることにハッとする。仮想の「野」にありて、季語「桔梗」を堪能させる手法に、静かな感動を覚えた作品です。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』8月21日掲載分)
  • 俳句甲子園朱夏にとどめを刺しに行く  空見屋

    季語
    俳句甲子園
    季節
    初秋
    分類
    人事
    鑑賞
     俳句甲子園という季語が悩ましいのは、地方予選あたりはまさに六月夏なんですけれども、本戦になると立秋を越えてからの大会(=初秋)になります。幅の広い夏なのか秋なのかはっきりせい! みたいな季語なんですが、「朱夏」、夏にとどめを刺しに行くのが俳句甲子園だと、しかも俳句甲子園が終わらないと夏は終わらないんだよとそういう熱気も込めての一句でございますね。
    「朱夏に止めを刺しに行く」いやぁ、そういう熱い戦いが始まります。是非会場におこしください。
     (※ 第22回俳句甲子園は、2019年8月17日(土)・18日(日)開催)
        
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典・ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2014年8月22日放送分)