百囀集
夏井いつきが市井の佳句を一句鑑賞
校舎から春潮眺めゐる白衣 はまのはの
- 季語
- 春潮
- 季節
- 三春
- 分類
- 地理
- 鑑賞
- 「校舎」から「春潮」の流れが眺められるのですから、高台にある「校舎」の3階とか4階とかの教室でしょう。
理科室を思ったのは下5「白衣」の一語からの想像かもしれません。春休みでしょうか、離任の決まった日でしょうか。
「眺めゐる」にささやかな時間経過と春の愁いも読み取れます。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2018年2月8日週分)
春愁の舌もてあます歯科の椅子 松本京子
- 季語
- 春愁
- 季節
- 三春
- 分類
- 人事
- 鑑賞
- 「歯科の椅子」に座って大きく口を開けたとき、「舌」は一体どこにおけばいいんだろうという小さな疑問。
それを「春愁」と表現したのが作者のセンスです。
「もてあます」という措辞にも強い共感を覚えます。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:第12回はぴかちゃん歯いく大賞 一般の部・優秀賞)
城山の今日は春めくものを撮る ポメロ親父
- 季語
- 春めく
- 季節
- 初春
- 分類
- 時候
- 鑑賞
- 日本各地に「城山」を真ん中に置いた城下町がありますが、松山の町もその一つです。松山城に登るルートは幾つかありますが、毎朝散歩やジョギングの人たちが天守閣を目指して上ってきます。
一昔前でしたら「撮る」といえば、ずっしりと重い大仰なカメラしか思い浮かびませんでしたが、今はケイタイで誰でも「撮る」ことができる時代。この句の「今日は春めくものを撮る」という言い回しもまた、イマドキの軽やかさですね。
○○を撮ると具体的に提示せず、敢えて「春めくものを撮る」と表現したことで、読み手の心にさまざまな「春めくもの」を想像させます。そこに作者の工夫がみえる一句です。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2013年1月31日週分)
節分の風呂濛々と沸かしけり 尚川
- 季語
- 節分
- 季節
- 晩冬
- 分類
- 時候
- 鑑賞
- 「節分」×「風呂」という取り合わせの句はけっこうありますが、ここまで単純な切り口で「節分」が表現できるのだという驚きの一句。
「節分や」と切ることも考えられるのですが、この句の場合は「節分の」がいいですね。「の」という助詞は、「の」の上にある単語によって、下にある単語を限定していく働きがあります。風呂にも色々あるけど「節分の風呂」を沸かしている、という「限定」の意味になります。
「節分」は二十四節気最後の日。明日からまた新しい二十四節気が始まるというその日に、まずは「風呂」を沸かし、永い冬の間の身の垢を落とそうというのでしょうか。「濛々」たる湯気の匂いが一句の世界に広がり、その香もまた「節分」の気分を盛り上げます。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2014年1月16日週分)
三人目できたら布団どうするか 青海也緒
- 季語
- 布団
- 季節
- 三冬
- 分類
- 人事
- 鑑賞
- 小さなアパートの小さな部屋で健気に生きる家族を思いました。結婚し子どもも授かり、共働きをしながら力を合わせて今日を生き抜く夫婦。そして三人目の懐妊。授かるという喜びの向こうから、仕事はどうしよう、上の子どもたちの預け先は、出産費用の蓄えは……と、現実の厳しさがじわじわと押し寄せてくるのです。
夫と妻との間に二人の子どもたちを寝かせ、今日も無事に過ごせたという安堵にひたる夜。ふっと心を過ったのが、まさにこの思いなのでしょう。
こんな単純な呟きでもって、やがて来る切実な現実と冬という季節の気配を書けるものかと、ささやかな感動を覚えました。俳句はこれでよいのだと、改めてしみじみと思うのです。
(鑑賞:夏井いつき9
(出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2020年1月発表分)
七つ目の雪うさぎおくすべり台 幸の実(9才)
- 季語
- 雪兎
- 季節
- 晩冬
- 分類
- 人事
- 鑑賞
- 「七」という数詞が巧い。「雪うさぎ」を「すべり台」に置くという映像を「七つ」という数詞が支えます。
しかも「七つ目」ですから、一つずつ作っては並べている子どもたちも見えてくる。
小学生って、俳句のタネを自ら生み出す名人だよな! 同時投句「かいねこのざらりとなめるゆきうさぎ」の、猫の舌の「ざらり」と舐める雪の感触にも惹かれました。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2018年11月15日週分) ※年齢は投句時のもの
雪うさぎ机上静かな野となりぬ にゃん
- 季語
- 雪兎
- 季節
- 晩冬
- 分類
- 人事
- 鑑賞
- 季語「雪うさぎ」の解説には「盆の上に飾り」という文言がでてくることが多いですね。
当然のことながら、この「机上」には「雪うさぎ」を飾った盆が置かれているのです。
「雪うさぎ」の明るさ、冷たさが、机の上を「静かな野」にしてしまうという清浄な一句。
「静かな野」という詩語に格調が添います。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2018年11月15日週分)
七日目に生まるる地球仏の座 緑風佳
- 季語
- 仏の座
- 季節
- 新年
- 分類
- 植物
- 鑑賞
- イザナギ・イザナミの物語だと読んだのですが、日本列島ではなく「地球」とありますから、作者としては聖書の物語をイメージしているのかもしれません。
「仏の座」という季語との取り合わせが、日本の神話を想像させる力を持っているので、そのラインでの推敲もあり?!かなとは思います。
が、ともあれ「仏の座」という季語に対して、このような発想を持てることを讃えたい作品です。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2013年12月12日週分)
去年今年指にぴく ぴく不整脈 トポル
- 季語
- 去年今年
- 季節
- 新年
- 分類
- 時候
- 鑑賞
- 「指」の先の「不整脈」の断続を、この微妙な一マスの空白で表現するアイデア。
文字面で「不整脈」の一拍を見せつつ、声に出してみるとちゃんと17音になっているあたりも、ベテランの粋な技だなあ。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2019年12月発表分)
クリスマス君らマッチも擦れんのか 久我恒子
- 季語
- クリスマス
- 季節
- 仲冬
- 分類
- 人事
- 鑑賞
- 聖歌隊のキャンドルサービスを思いました。蝋燭に灯をともして街を歩いているのでしょう。歌はこんなに巧いのに「君らマッチも擦れんのか」という年配者の呟き。
現代の「クリスマス」の点景としてなんともリアルな一句です。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2019年11月発表分)
円陣のラガーひしゃげた耳の湯気 月の道
- 季語
- ラグビー
- 季節
- 三冬
- 分類
- 人事
- 鑑賞
- 「ラガー」たちの「耳」は独特のかたちに「ひしゃげ」ます。そこに焦点を絞ってみるのも一手です。
最初の「円陣」の一語で状況と映像を、最後の「湯気」で臨場感を表現。
「円陣のラガー」で一度カットが切れて、「ひしゃげた耳」のアップになるカメラワークもいいですね。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2017年11月30日週分)
マスクする鼻梁うるはし大女優 明田句仁子
- 季語
- マスク
- 季節
- 三冬
- 分類
- 人事
- 鑑賞
- 「鼻」を描く句は勿論たくさんありますが、「鼻」ではなく「鼻梁」、しかも「うるはし」という形容がそのまま「大女優」という人物をありありと描写しています。
冬の乾燥から喉を守るのも女優の大切な心得ですね。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2019年1月発表分)
きんいろはかなしい色ね枯葎 すな恵
- 季語
- 枯葎
- 季節
- 三冬
- 分類
- 植物
- 鑑賞
- この句を読むと「きんいろはかなしい色ね」という言葉の明るい切なさに癒やされます。
「きんいろ」とは一面の「枯葎」にそそぐ太陽でしょう。そして「枯」という状態が放つ色でもあるでしょう。
「かなしい色ね」という呟きのあとに「枯葎」は温かな存在として、読み手の心を包み込みます。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2013年10月31日週分)
凩に磨かれ唖の木叫びけり テツコ
- 季語
- 凩
- 季節
- 初冬
- 分類
- 天文
- 鑑賞
- 「木」は言葉が話せません。「唖の木」という詩語が胸を刺します。「凩」は「木」を磨くように冷たく吹きつけます。裸木でしょうか。「磨かれ」という描写が、その幹の硬質なひかりを読者の脳内にありありと再生します。
さらに「凩」という季語を強く表現しているのが後半の措辞。言葉を話せない「木」が叫ぶかのように揺れます。強く冷たい葉擦れの音。揺れに揺れる枝。冷たく光る幹。「磨かれ~叫び」という動詞が共鳴し合い「凩」という季語の本質を描き出します。「叫びけり」という下五の強さに、また胸を衝かれます。
「唖の木」という比喩に対して擬人化「叫びけり」を重ねているのに、言葉の質量のバランスが崩れてない。その技術にも感嘆します。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:俳句生活 ~よ句もわる句も~ 2018年10月発表分)
おさがりのジャケット何の臭いだろ 三島ちとせ
- 季語
- ジャケット
- 季節
- 三冬
- 分類
- 人事
- 鑑賞
- お父さんから叔父さんから先輩からもらった「おさがりのジャケット」を、ありがとうございます! と手に取ってみると、今まで嗅いだことのない「臭い」がしているのに気付きます。
ナフタリンでも煙草でも酒でもない、未知の「臭い」。誰かの人生が染みた「臭い」の「ジャケット」は,ずっしりと重く作者の手にあります。
(鑑賞:夏井いつき)
(出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2014年10月30日週分)