株式会社 夏井&カンパニー

〔百囀集〕夏井いつきが一句鑑賞

  • 牡丹鍋これは銀次の十頭目  理酔

    季語
    牡丹鍋
    季節
    三冬
    分類
    人事
    鑑賞

     なんと言っても巧いのは、「これは銀次の十頭目」という表現。この措辞だけで、「銀次」が猪撃ちであり、猟の世界に少しずつ慣れてきている男であることが読み取れます。さらに「これが」ではなく「これは」ですから、他にも撃った猪の肉はあるんだけれども「これは」銀次の撃ったヤツだよ、というニュアンスになります。このあたりの助詞の選び方がベテランらしい巧さです。
     「牡丹鍋」とは、猪と牡丹の絵柄が取り合わせられている花札の一枚から生まれた隠語です。花札の世界に、隠語としての「牡丹鍋」や「銀次」という名が似合いますし、季語の持つ色のイメージ「牡丹」の赤、「銀次」の「銀」の取り合わせもニクイ作品です。
       
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年12月19日掲載分)

  • 災の字は火の氷るごと冬至粥  花屋

    季語
    冬至粥
    季節
    仲冬
    分類
    人事
    鑑賞

     「冬至粥」は厄災や邪気を祓う風習。「災」という字はいかにも厄災っぽいよ、だってこの一字は「火」が氷ってるみたいじゃないかという思いが「冬至粥」を煮る行為を意味あるものにします。
     厄災をやっつけるように、「災の字」を溶かすように、「冬至粥」を煮る「火」はあたたかい色に揺れています。熱々の「冬至粥」をふうふう食べれば、人々の心にある氷った「災」をことごとく溶かしてくれるに違いありません。喉から腹におちてくる粥の熱さが、「災」が溶ける実感となって季語「冬至粥」を表現します。冷たいイメージを持つ「冬至」の一語が「氷る」に、熱いイメージの「粥」が「火」の一字に印象を重ね合う点もよく工夫されています。

    (鑑賞:夏井いつき)  
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年12月26日掲載分)

  • 誰もゐない楽しき家や冬の鵙   杉山葵

    季語
    冬の鵙
    季節
    三冬
    分類
    動物
    鑑賞

     「誰もゐない」という負の言葉と「楽しき家」という正の言葉。詩は意味を捻るところにも発生しますが、この句はもっと率直です。さみしさと折り合うのが上手というか、さみしさを嘗めることに安らぎを求められるというか、そのような心の襞がそのままこの詩語になったのでしょう。「誰もゐない楽しき部屋」ではなく「誰もゐない楽しき家」であることが、一句のニュアンスを深めます。
     「誰もゐない楽しき家」で過ごす日常にささやかな変化をもたらすものが、庭に来る「冬の鵙」だと読んでもいいですね。時折「冬の鵙」がキキと鳴くほかは、静かで冷ややかで安らかで少しさみしい、そんな美しい日常が冬の水のようにながれていく暮らしです。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年12月5日掲載分)

  • ジャケットの腕の淫靡に折れ曲がる  クズウジュンイチ

    季語
    ジャケット
    季節
    三冬
    分類
    人事
    鑑賞

    「ジャケット」の一物仕立てとして「淫靡」という言葉が機能するとは思いもしませんでした。比喩のリアリティに戦きます。
     今、脱いだ「ジャケット」がそこに置かれているのでしょうか。ハンガーに掛けられているのかもしれませんね。「腕」の当たりが生身の人間の痕跡そのままに「折れ曲がる」という描写はできるかもしれませんが、「淫靡」と表現したとたん、この「ジャケット」は生々しい存在として、臭い始めます。
    生ぬるい体温を持ち、生臭い息を吐き、生温かい「淫靡」な臭いを発し始めるのです。
     脱ぎ捨てられた「ジャケット」をここまで生々しく表現できる感覚は、まさにクズウジュンイチという作家の持つ奇才でありましょう。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年11月28日掲載分)

  • 花街の乾風休みの三味多忙  しんじゆ

    季語
    乾風
    季節
    三冬
    分類
    天文
    鑑賞

     「乾風」と書いて「あなじ」。主に、西日本で冬の北西の季節風をこう呼びます。「あなじの八日吹き」という言葉もあり、吹き出したらなかなか止まない風として怖れられています。
     今日も「乾風」が吹き荒れている港には、たくさんの船がぎしぎしと舫われています。風が止まなければ船を出すことはできない漁師たちは、これも骨休めだと港の「花街」に繰り出します。「乾風休み」とは実に巧い言い方ですね。「乾風休み」で賑わう「花街」はかき入れ時。三味線の音、手拍子、歌。三味線を小脇にかかえた芸者さんたちは、小走りに次の店に走ります。「三味」の音の向こうに、吹き止まぬ「乾風」の音も聞こえてくる花街の夜であります。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2015年11月13日放送分)