株式会社 夏井&カンパニー

〔百囀集〕夏井いつきが一句鑑賞

  • しんしんとソムチャイさんの冬服に  るびい

    季語
    冬服
    季節
    三冬
    分類
    人事
    鑑賞

     「ソムチャイさん」は、南方からの留学生でしょうか、観光客でしょうか。着慣れない「冬服」を着ている「ソムチャイさん」のぎこちない、それでも冬という季節を新鮮な気持ちで楽しんでいる表情までもが想像できる作品です。
     この句を非常にうまく演出しているのが「しんしんと」という上五のオノマトペ。冬の冷気と同時に、降ってくる雪のイメージを膨らませます。さらにそのオノマトペを受け止めているのが、最後の助詞「に」。この助詞が目に入ったとたん「しんしん」なるものが、今「冬の服」に降ってきたかのような印象を与えます。下五の「冬服に」の後の切れのない余情も、深い味わいを残します。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年2月6日掲載分)

  • 遺骨拾い戻る車列に波の花  波恋治男

    季語
    波の花
    季節
    晩冬
    分類
    地理
    鑑賞

     「遺骨拾い」とあれば、読み手は皆、今まさに骨あげのための長い箸を手にしているのだと想像します。焼き上がったばかりの骨の熱を生々しく感じとる人もいるでしょう。が、続く一語ごとに一句の映像はどんどん変化していきます。
     「遺骨拾い」に続く「戻る」という動作、「戻る」ものが何台も何台も続く黒い「車列」であるという事実、そして「車列」に吹き千切れる「波の花」。
     季語が出現したとたん、熱を帯びた「遺骨」から寒風に飛ぶ「波の花」へと、めまぐるしい臨場感をもって一句の光景が完成します。
     黒い車列へ吹きつける「波の花」は、その色の印象を「遺骨」の色に重ねつつ、忘れ難い光景として作者の心に刻まれているのでしょう。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2016年2月5日放送分)

  • 九年母や亀甲墓につづく道  笑松

    季語
    九年母
    季節
    三冬
    分類
    植物
    鑑賞

     最初読んだときにですね、「亀甲墓に」ってなってるいるので、これ亀甲墓が奥にあるんなら「亀甲墓へ続く道」ではないかと思ったんですが。
     ひょっとすると「亀甲墓に」でそこの場所を言っといて、さらに奥に続く道があるという――奥へ奥へ続く道があるというそういうことなのかもしれないなと納得をいたしました。
     光景の描き方としても非常に的確ですし、沖縄らしさというのも正に「亀甲墓」で出ておりますね。
       
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2015年1月23日放送分)

  • しみじみとお世話になろう寒蜆  春爺

    季語
    寒蜆
    季節
    晩冬
    分類
    動物
    鑑賞

     「寒蜆」の難しさは、「浅蜊」でもただの「蜆」でもいいんじゃないの?といわれる句になりがち……ということでしょう。
     春の季語「蛤」「浅蜊」「蜆」を詠み分けるのも難しいのですが、冬の季語「寒蜆」の場合は「薬効があるとされている」という特徴が一つのポイントになりますね。そのイメージが一句にうまく入ってくると良いのだろうなあと思います。
     「しみじみとお世話になろう」は、まるで小津安二郎の映画のお父さんが呟くような台詞です。この言葉に「寒蜆」という季語が取り合わせられるだけで、まさに映画のワンシーンのような光景が立ち上がってきます。
     厨の桶の中で砂抜きをしている「寒蜆」を眺めているのでしょうか、一椀の蜆汁の温かみを両手に感じているのかもしれません。滋養に満ちた「寒蜆」の汁を一口啜ると、身体中にしみ渡る心地良い熱さ。一人暮らしを続けると強情に言い張ってきたけれど、もうそろそろ考え直してもよい頃かもしれない。「しみじみとお世話になろう」という気持ちがゆっくりと広がってくる、そんな場面。
     この季節の「寒蜆」は身体によいから「お世話になろう」という浅い意味から始まり、人生のささやかな決断の場面まで、一句はしみじみと深まっていきます。心して正座していただく「寒蜆」の味は、作者の心に忘れ難く広がっていきます。
       
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年1月16日掲載分)

  • どうかしてゐる歌留多にひらがなは群れて  Y音絵

    季語
    歌留多
    季節
    新年
    分類
    人事
    鑑賞

     いきなり畳みかけられる「どうかしてゐる」という呟きに惹きつけられます。困惑か、憤りか。「歌留多」の一語で、おやおや理不尽に負けましたかと一句の展開を見抜いた気になった瞬間、目に飛び込んでくる「ひらがなは群れて」の措辞に、心がハッと動きます。
     「どうかしてゐる」は、目の前にある百人一首の取り札に向けられた呟き。長方形の札いっぱいに「ひらがな」ばかりが「群れ」ていることへの美しい困惑。
     初めて百人一首の取り札を見たときに、確かに私自身も感じそのまま忘れ去っていた違和感が、上五の独白によってありありと蘇ってきたことに驚きました。改めて取り札の一枚一枚を眺めながら、この句の詩語の鮮度に感じ入りました。
       
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2016年1月8日掲載分)