株式会社 夏井&カンパニー

〔百囀集〕夏井いつきが一句鑑賞

  • 荷車の墓石を曳いて春の牛  ポメロ親父

    季語
    季節
    三春
    分類
    時候
    鑑賞

     「荷車」という言葉自体がどこか懐かしい響きを持っていますが、「荷車」に積まれた「墓石」を「曳いて」いるのが「春の牛」であるよ、となるとさらに一昔前の光景にワープする心持ちです。
     この手の季語の使い方には懐疑的な俳人もいらっしゃるかとは思いますが、「春」というのどやかな季節が「荷車」や「牛」が現役で活躍していた時代の気分に似合っているのは間違いのない事実。「荷車」の前後には「墓石」を立てる人足の男らもいるのでしょう。荷台に積まれた新しい「墓石」は、「春」の柔らかな日射しに包まれてほんのりと温かく、優しい光を放っているのでしょう。「春の牛」のゆっくりとした歩幅も一句の味わいであります。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出展:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2015年5月2日放送分)

  • 黒北風じゃ蒙古が来るぞ子を盗るぞ  太郎

    季語
    黒北風
    季節
    仲春
    分類
    天文
    鑑賞

     まずは、「黒北風」が吹いてきそうな西高東低の気圧配置だぞ、凶暴な風がくるぞと脅し、さらに「蒙古が来るぞ」「子を盗るぞ」と畳み掛ける三段切れが見事に成功しました。俳句において三段切れはタブーとされていますが、考え方を変えればこれも一つの技法。うまく使いこなすと、武器になるテクニックの一つです。
     「(蒙古襲来の度に吹いた神風)黒北風」が吹く=「黒北風」が吹くと「蒙古」が来る、という逆説的発想。大事な我が「子」を盗られるかもしれないぞと訴える調べが危機感を煽ります。民族の記憶としてインプットされている感情が、季語「黒北風」を表現する要素として巧みに使われていることに感心させられた一句でした。
      
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2015年3月6日放送分)

  • 絵踏せし足を河原の石責むる  天玲

    季語
    絵踏
    季節
    初春
    分類
    人事
    鑑賞

    「絵踏」がなぜ春の季語なのか。江戸時代、陰暦一月から三月頃に九州各地で禁制のキリシタン狩として行われたことに由来します。陰暦一月八日、長崎丸山遊郭の着飾った遊女たちの絵踏には、沢山の見物人も集まったそうです。
     掲出句はこの「絵踏」の世界にワープ。作者自身がさっきキリストの絵を踏んできたかのような真情溢れる作品です。「河原の石」が「絵踏」した我が「足」を責めているよという嘆きが、読み手の足裏に「石」の感触を再現。「責むる」という連体形の後の空白を、足はジンジンと痛み続けます。虚の季語「絵踏」をリアルな肉体感覚で表現できる。俳人の強靱な想像力が生み出した逸品です。
          
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2016年4月8日放送分)

  • 決めるなら決めろワシらは海苔を掻く  旧重信のタイガース

    季語
    海苔
    季節
    初春
    分類
    植物
    鑑賞

     一読、諫早湾干拓事業を巡る論争を思いました。いきなり出現する「決めるなら決めろ」という強い呟きは、誰が誰に向かって発している言葉なのだろうという疑問が湧くのですが、下五「海苔を掻く」という季語によって、状況が立ち上がってきます。
     県や国の方針が転換する度に、振り回されるのは地元住民。干拓のために潮受け堤防の水門を閉鎖してから、養殖海苔の色落ち等の漁業被害が報道されました。水門を開けるか開けないか、二転三転する方策に、日々募る苛立ち。お上がどう決定しようが「ワシら」は我が生活のために海苔を掻くだけだ。「決めるなら決めろ」とは強いシュプレヒコールであり、「ワシら」の無言の抵抗なのです。
       
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2015年2月6日放送分)

  • 白梅を挿頭しやりたし相撲取   きらら☆れい

    季語
    白梅
    季節
    初春
    分類
    植物
    鑑賞

    「挿頭し」は「かざし」と読み【上古の日本人が神事に際して髪や冠に挿した草花】を指します。「相撲」も元々は神事として始まったものですから、このあたりの言葉の選び方もよく工夫されています。「相撲」も秋の季語ですが、正月場所が終わる頃を思えば「白梅」との取り合わせに違和感はありませんし、「白梅」が主役の季語として描かれていることはいうまでもありません。
     贔屓にしている「相撲取」に「白梅」を「挿頭し」てやりたいとは、今場所の活躍への賛辞でしょうか。新入幕から気に掛けている力士の新十両を祝う思いかもしれません。堂々たる大銀杏を思うか、やっと結えた小さい髷を思うかで、一句の味わいも変わります。
       
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2015年2月13日掲載分)