株式会社 夏井&カンパニー

〔百囀集〕夏井いつきが一句鑑賞

  • 枯むぐら我等は笑ひつつ亡ぶ  くろやぎ

    季語
    枯葎
    季節
    三冬
    分類
    植物
    鑑賞

     一読後の不穏な心持ちは、「枯むぐら」の蔓に引っかかっている幾万の顔を想像させます。その顔の一つ一つが笑っているとは、なんと怖ろしい光景か……と鳥肌が立ちます。
     子規句の「枯むぐら」に降る「あたゝかな雨」は、次なる再生を促し約束する雨です。「我等は笑ひつつ亡ぶ」を個体の死と読めば、子へと?いでいく命のイメージを掬いとることもできますが、掲出句が想起させるのはもっと暗い未来、つまり「我等」という人類がいつか「笑ひつつ亡ぶ」日が来るかもしれないという啓示とも読めます。「我等は笑ひつつ亡ぶ」という詩語が宣言する真実を、季語「枯むぐら」が優しく怖ろしく突きつけているようでもあります。
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』11月22日掲載分)

  • 冬眠の獣空には狩の星  笑松

    季語
    冬眠
    季節
    三冬
    分類
    動物
    鑑賞

     「冬眠の獣」と表現するだけでは、あまりにも様々な獣がイメージされますから、一瞬曖昧な言葉だなあと思うのですが、一句の魅力は後半の語りによって引き出されてきます。
     「冬眠の獣」で意味が切れた後に出現する「空には狩の星」という措辞は雄大です。こう畳みかけることによって、狩猟の対象となる獣たちは今すやすやと眠っているよと一句は語りかけます。冬眠の獣たちが眠っている間は狩も行われず、地球上は美しい静けさに満ちているというわけです。「狩の星」は射手座でしょうか。季語「冬眠」によって頭上の星座の清浄を表現し、それによって「冬眠」の静けさと安らぎを表現する、見事な発想の作品でありました。
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』12月6日放送分)

  • 冬北斗アフガン荒野に水が来た  松ぼっくり

    季語
    冬北斗
    季節
    三冬
    分類
    天文
    鑑賞

     「国境でボランティア活動をする中村哲医師に送る一句」という前書きのついた作品です。中村哲さんとは、パキスタンやアフガニスタンで三十年にわたって、病人貧しい人弱い人のために医療や開拓、民生支援などの活動をしている方で、福岡アジア文化賞を受賞されているのだそうです。「アフガン荒野に水が来た」はまさに、その活動の中の一場面なのでしょうね。
     「アフガン荒野に水が来た」という口語の語りが、諸手を挙げて喜ぶ現地の人たちの心を代弁した率直さ。柄杓の形をした北斗七星=「冬北斗」がついに「アフガン荒野」に「水」を運んできてくれたよ!という雄大な発想から生まれた賛辞に拍手を贈りましょう。
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』11月29日放送分)

  • 蓮根掘る水蒼穹へ試し撃つ  田中憂馬

    季語
    蓮根掘る
    季節
    初冬
    分類
    人事
    鑑賞

     「蓮根掘る」作業の大きな特色となっているのが、ホースの水圧で泥を動かす「水」の存在です。ゴム長、ゴム手袋で全身を鎧い、蓮田に降り立ち、作業用のホースを手にした男が、まずはその「水」を頭上の「蒼穹=青空」へ放った、という場面。「蓮根掘る」という作業を俳句にしようとすると、どうしても視線が下に行きがちなのですが、そこを裏切ってくれているのも小気味よいですね。
     動詞「掘る」、複合動詞「試し撃つ」で7音を占めていますが、「水」「蒼穹へ」という二つの要素が良い位置に配置され、鮮やかな効果を発揮しています。冷たい青空の下、「蓮根掘」の人物の何気ない動作を、見事に活写した作品です。
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』11月29日掲載分)

  • 縫ひて絞り縫ひて絞りて初時雨  七草

    季語
    初時雨
    季節
    初冬
    分類
    天文
    鑑賞

     「縫ひて絞り」とは絞り染めの作業工程でしょう。縫い具合によって絞り具合によって変化していく紋様を脳内に描き出しつつ、一針一針根気強い作業が続きます。「縫ひて絞」る白布の色、進み行く針の動き、「縫ひて絞」る工程が終わった後の藍染めの色、藍の匂い、時雨の匂い、降っては止む銀色の時雨。それらの光景が「初時雨」という季語によって鮮やかにモンタージュされていく手法に感嘆します。季語というものがここまで豊かな力をもって、季語とは関係のないフレーズを際立せるのだという事実に唸ります。
     染め上がった紺色の地に、花咲く白い紋様。「初時雨」の匂いは、藍の匂いかもしれないと、そんなことも感じた作品でした。
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』11月15日掲載分)