株式会社 夏井&カンパニー

〔百囀集〕夏井いつきが一句鑑賞

  • 水神に火の粉浴びせよ川開  中原久遠

    季語
    川開
    季節
    晩夏
    分類
    人事
    鑑賞

     「川開」は元々「水難にあった人の鎮魂の行事」「水辺の安全を祈願する行事」でしたが、現在では「花火大会」を意味するようになってきたというなかなか曲者の季語です。
     季語「川開」の現場にあるのは真っ暗な水。そこには人間の傲慢を罰しようとする「水神」もいるに違い有りません。そんな「水神」へむかって浴びせる「火の粉」は贖罪であり、鎮魂であり、祈りであり、また生きてある喜びでもあります。さらに中七「浴びせよ」は、様々な思いを凝縮した一語。暗い水面を迸る「火の粉」の映像だけでなく、季語「川開」の持つ複雑な思いも表現し、「水神」「火の粉」「川開」の三語を繫ぐ働きもしています。
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』 2014年7月11日掲載分)

  • 九龍の錆吐き出せるシャワーかな  奈津

    季語
    シャワー
    季節
    三夏
    分類
    人事
    鑑賞

     「九龍=クーロン」は香港の地名。この固有名詞が持つ連想力(イメージ喚起力)は、充分に詩語と成り得ます。
     「九龍の錆」とは何?「錆」を「吐き出せる」とはどういう状況?と、脳が目まぐるしく意味を探ろうとしたとたん、下五に「シャワーかな」と季語が出現する語順がなんとも絶妙。香港の「九龍」のホテルの「シャワー」から出てきたのは「錆」の混じった水だった、と意味が分かったとたん、「錆」の臭いが我が鼻腔に生々しく再生されます。香港を歩き回った一日の埃と汗を流す水に混じる「錆」は、エネルギッシュな香港の街の臭いのようでもあります。季語「シャワー」が引き出す鮮やかな肉体的記憶の再生です。
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』5月30日掲載分)

  • 毛虫焼く昨日は護符を焼きし畑  篠原そも

    季語
    毛虫
    季節
    三夏
    分類
    動物
    鑑賞

     季語「毛虫焼く」という行為は、害虫を駆除するという正当な必然性を持っているにもかかわらず、残酷で後ろめたい気分もあるのですが、その季語の本意をこう表現するとは見事な展開です。
     集めた毛虫を火の中に放り込む時、そういえば昨日もここで火を燃やしたなあと思い出す。昨日焼いていたのは「護符」であったという事実が、作者の胸に奇妙な感慨をもたらします。
     作物を荒らす「毛虫」も、一年の効用期限が過ぎた「護符」も、同じ畑の隅で焼き払ってしまうという行為は、人間の側の都合の良い解釈であったり理屈であったり。バチバチと火を弾いて燃える毛虫は、地獄の業火に焼かれる我と我が身のようでもあります。
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』2014年5月16日放送分)

  • 籐椅子や追伸に山青きこと  ハラミータ

    季語
    籐椅子
    季節
    三夏
    分類
    人事
    鑑賞

     「追伸に山青きこと」としか書かれてないのに、この人物が自分宛の葉書なり手紙なりを手にしていること、その内容が十分に涼やかであること、座っている「籐椅子」の感触が「追伸」の内容を実感させるかのような内容であることが、ありありと想像できます。
     さらにもう一つの読みもできます。「追伸」を書いている人物が「籐椅子」に座っている人物であるという読みです。避暑に訪れた山々の「青」の清々しさに心が洗われんばかり。旅の思いを家族へ友へ恋人へ伝えたくなるのは、当然の心持ちでしょう。「追伸」を書き終えて、座り直すと「籐椅子」は静かに軋みます。その軋みもまた心安らぐ旅の実感でありましょう。
    (鑑賞:夏井いつき)
    (出典:松山市公式サイト『俳句ポスト365』2014年5月9日掲載分)

  • 蛍火やキトラ古墳に獣の絵  桜井教人

    季語
    蛍火
    季節
    仲夏
    分類
    動物
    鑑賞

     「キトラ古墳」は奈良県明日香村の古墳。亀虎古墳とも書くのだそうです。現在私たちが入っていくことは出来ない「キトラ古墳」ですが、かつて「キトラ古墳」が封印される前、この古墳に絵を描いた人物がいたはずです。古墳の中に灯された松明に、描きかけの「獣の絵」がゆらりゆらりと揺れていたはずです。一日の作業が終わり、静けさを取り戻した古墳内の闇に、「蛍火」が一つ二つと点滅する光景が、作者の脳内でありありと再生されていてこそ、生まれた一句。生きて在る「蛍」の「火」と、壁画に描かれた「獣」たち。黴臭い古墳の匂いと、生臭い蛍の匂い。虚の「蛍」と実の「蛍」。そんな断片がコラージュのように浮かんでは消える作品です。
    (鑑賞:夏井いつき)
    (松山市公式サイト『俳句ポスト365』 2014年6月20日掲載分)