株式会社 夏井&カンパニー

夏井いつきの一句鑑賞

  • 湯婆や夢のひらべつたく覚めて  夏井いつき

    季語
    湯婆
    季節
    三冬
    分類
    人事
    鑑賞

     目覚まし時計が鳴り出す直前、ぱっと目が覚めた。ジリリリと音が鳴る。
     夢をみていた。懐かしい人に会えてとても嬉しかった夢のような気がするのだけれど、何故だかうまく思い出せない。
     ほんの1分ほど前のことなのに、まるで砂の城が波にどんどん溶けていくように、かりそめの記憶の顔は崩れ去ってかたちを消していく。
     思い出すのはもう諦めて布団から立ち上がる。布団からすっかり冷え切った湯婆を取り出し、洗面台で水を捨てた。あっという間に水を吐ききってぺたんこになった湯婆は、今夜もまた使うので大事になおす。
      
    (鑑賞:24516(にしこういちろう))
    (出典:俳句新聞 いつき組9号)

  • 凍滝を視てきしくちびるとおもふ  夏井いつき

    季語
    凍滝
    季節
    晩冬
    分類
    地理
    鑑賞

    「視て」の漢字は「見て」よりも滝の前に長く立ちじっと凝視した様子を想像させる。
     結果、くちびるは少し乾き赤みを失い凍えている。でもきっと凍滝を視たこの人の目は感動で輝いているに違いない。。
     それにしてもセクシーな句だ。唇に目が行くなんて。
    「おもふ」なのでその唇に触れるほどの関係ではない。
     会話をかわしているのだが頭の隅では相手の唇が気になっているって秘めた恋なんだろうか?
     実際の凍滝ではないのかもしれないとも考える。人は生きているといろいろな事に出会う。
     凍滝のような厳しい状況を潜り抜けてきた人を目の前にしているのかもしれない。
     唇に血の色が戻るように凍滝もやがて氷解し音を立てて流れ落ちるようになる。
         
    (鑑賞:矢野リンド)
    (出典:句集『伊月集 龍』)

  • 雪女ことことここへ来よ小鳥  夏井いつき

    季語
    雪女
    季節
    晩冬
    分類
    天文
    鑑賞

     雪女が呼んでいる。行ってはいけない、行けば氷にされてしまうと僅かに心が粟立つ。
    「ことことここへ来よ小鳥」ああまた、それにしてもなんて心地の良いひびきなのだろう。
     この誘惑に抗うことはもうできそうにない。ことこと雪女の元へ。
     私も淋しいのです。

    (鑑賞:あまぶー)
    (出典:句集『伊月集 梟』/『夏井いつきの「雪」の歳時記』)

  • こんなにも寒くて漢字なほも書く  夏井いつき

    季語
    寒し
    季節
    三冬
    分類
    時候
    鑑賞

    「最近、女性を中心に写経が流行ってるらしいよ」
      確かに、特集記事の載った女性誌を片手にやってくる女が目立つ。
    「でも、どーせ、いっときの事だろ?」
     日本人は、流行に弱いのだ。
    「あ、また一人やってきた」
    「あの子も、足が痛ーいとか、つまんなーいって、すぐ投げ出すよ」
    「今日は一段と寒いしね」
    「……」
    「やめないね」
    「足も痺れているだろうにね」
     予想を裏切り、中々やめない女。
    「黙々と漢字を書き写してる、よほど叶えたいことがあるのかな?」
    「リフレッシュしたいのかな?」
    「綺麗だよなぁ」
      凛とした空気の中、背筋を伸ばす女を見ていると、空気が一層凛とし、私の気持ちも清々しいものになった。

    (鑑賞:天野姫城)
    (出典:句集『伊月集 龍』)

  • たかだかと冬蝶は日にくだけたり  夏井いつき

    季語
    冬蝶
    季節
    三冬
    分類
    動物
    鑑賞

     孫を連れて小春日和の野を散歩している。
     めずらしく蝶を見つけたが、もうこの寒さだ。弱々しく飛んですぐ見えなくなってしまった。
    「寒くてかわいそうだからおうちに連れて帰ろう」と言い出す孫。
    「お日様を見てごらん、ほら今光ったのがてふてふさん。
     あんなにたこう飛んで、重とうなった羽もくだけて、
     日と一緒にのんびり暮らすから、ずーっと暖かいやろねぇ、よかったねぇ、、」

    (鑑賞:ときこ)
    (出典:句集『伊月集 龍』)