株式会社 夏井&カンパニー

夏井いつきの一句鑑賞

  • 雪の夜の冬剪りダリア束ねらる  夏井いつき

    季語
    季節
    晩冬
    分類
    天文
    鑑賞

     雪の夜である。外はしんしんと降る雪の音のない世界。本来夏の花であるダリアが束ねられるほどの数で室内に置かれている。
     ということは農家のハウス栽培でつくられたダリアであろうか。明日の出荷に向けてダリアはおそらく八分咲きぐらいの状態で作業場に置かれている。売るためのものであるならばその茎はまっすぐで整然とした姿だ。
     外の暗闇の中を降り続く雪の白さ、ダリアの色の鮮明さ、ぴんと張り詰めたような空気とその温度。
     作業が終わり電気は消されるが束ねられたダリアにはスポットライトのように光が当たっている。
         
    (鑑賞:矢野リンド)
    (出典:句集『伊月集 龍』)

  • あの枝は大鷲の枝ゆきの枝  夏井いつき

    季語
    大鷲/雪
    季節
    三冬/晩冬
    分類
    動物/天文
    鑑賞

     見上げる空に木々の枝が重なっている。その枝のひとつに大鷲がいる。真っ白な世界に漆黒の影を刻む。全てを見据え、見張り番の様だ。その枝振りは、大鷲に相応しく立派なものだ。
     大鷲は去り雪は降る。静かにただただ雪は降り、枝は雪を盛り木々のひとつの枝にもどる。
     影も無き、息も無く…また、真っ白な世界にもどる。
     その始終を見ているかのごとく、静かな心となる。
       
    (鑑賞:さとう菓子)
    (出典:句集シングル『ワカサギ』)

  • 微笑みて革手袋は脱がずをり  夏井いつき

    季語
    手袋
    季節
    三冬
    分類
    人事
    鑑賞

     仕事を終えたのか寒いところから戻ったのか。
     微笑んでリラックスしているのなら、ぴたっと締め付ける革手袋など束の間でも脱いでいた方が楽なものを。
    「は」とあるのでコートは既に脱いでいそうだ。
     あえて未だ脱がないのは、革手袋をはめている時のある種の緊張感を好む人なのであろう。
     毛糸の手袋とは違い、手作業に支障が少なく、防寒もだが保護の役目が大きい革手袋。その中の手は、強い意思をもって何かを成し遂げようとしている人の手。革手袋が手を守るように、他人を守ることのできる頼もしい手に違いない。
     脱がず「をり」、そしてまた微笑みも絶やさない。
         
    (鑑賞:ときこ)
    (出典:句集『伊月集 龍』)

  • 微笑みて革手袋は脱がずをり  夏井いつき

    季語
    手袋
    季節
    三冬
    分類
    人事
    鑑賞

     男が微笑みながら女に近づき、首を締めようとしている。指紋が残らないよう手袋はそのままに。
     いや違う。寂しそうな微笑みが見える。別れの場面。手袋も脱げぬほどの悲しみのまま、ソファに深く沈み込んでいる。微笑んでいるだけに、その寂しさは大きい。
     サスペンスの要素を排除したのは「をり」の効果。ただただそこにいるだけしかできな……いやいや、違う!「脱げず」ではなく「脱がず」だ。
     相反する行為に、微笑みが一気に胡散臭いものに変わり、「革」も、ワルの印象を担いだした。やはり、サスペンスだったか。そして、「をり」は、「をり」として、動作を表すだけのものに変わる。
     言葉は不思議だ。
        
    (鑑賞:天野姫城)
    (出典:句集『伊月集 龍』)

  • 湯の神の目尻垂れたりお元日  夏井いつき

    季語
    元日
    季節
    新年
    分類
    時候
    鑑賞

     目尻の垂れた湯の神、といえば忽ち思い浮かぶのが、道後温泉本館や足湯の湯釜に彫られた二柱の神。昔々大国主命と少彦名命が出雲の国から伊予の国へと長旅の途中、少彦名命が急の病にかかり、兄の大国主命が弟の小彦名命を手のひらに載せ、道後の湯につけ温めると、元気を取り戻し玉の石の上で踊った、という伝説の兄弟神。湯釜に彫られた神様の目尻が垂れていたかどうかまで覚えてないが、いかにもそのように微笑んでいそうな円いお姿なのだ。
     何よりも、初湯に身を沈め、ほっこりと湯釜を見上げる人の目尻が垂れているのは間違いない。
      
    (鑑賞:朗善)