株式会社 夏井&カンパニー

夏井いつきの一句鑑賞

  • 春愁の眼を水にひらきたる  夏井いつき

    季語
    春愁
    季節
    三春
    分類
    人事
    鑑賞

     春の朝、顔を洗おうと水を満たした洗面器を見ていると、春の愁いがふつふつと湧いてくる。なんともし難いもどかしさに、思わずえいやっと顔を突っ込んだ。「い~ち、に~い、さ~ん、し~~・・・」
     愁うる心を払いのけたい、消し去りたいそんな気持ちなのだろう。そして数秒の後、閉じていた目を水の中でゆっくり開く。
     あえてひらがなの「ひらく」なのは、ゆっくりと開いていく感じがする。
     愁は吹き飛んだか? 消えたか? とりあえず、この人は顔を洗って今日一日を始めるのである。
       
    (鑑賞:ひでやん)
    (出典:句集『伊月集 龍』)

  • ヒヤシンス手話もぴあのも漂へり  夏井いつき

    季語
    ヒヤシンス
    季節
    初春
    分類
    植物
    鑑賞

     手話は視覚へピアノは聴覚へ、それらが漂っているという事は、同じ空間に居ながらピアノを弾く人は手話を理解できず、手話を操る人の耳にはピアノの調べが届かないのだろう。
     平仮名表記からピアノの奏者は子供なのではと想像でき、幼いが故に手話の意味を理解できないのではとも想像できる。
     お互いの最も雄弁な表現手段が通じない二人の関係は虚しいものなのか?
     いや、きっと楽しげにピアノを奏でる幼子の姿は聴覚を失った人の目に楽しく心地好く映るだろうし、それへの惜しみない拍手は、幼いピアニストにこれ以上無く明快な手話となって届くだろう。
     そんな穏やかで幸せな時間を、ヒヤシンスの香りが二人の共通言語となって優しく満たしている。
        
    (鑑賞:立志)
    (出典:句集『伊月集 龍』)

  • さへづりや顎てふ美しき角度  夏井いつき

    季語
    囀(さへづり)
    季節
    三春
    分類
    動物
    鑑賞

     鳥は囀る。「顎てふ」ということは空を見上げて囀っているのだろう。
     哺乳類の下顎は歯骨とよばれる骨がひとつであるのに対し、鳥類は歯骨、上角骨、角骨、関節骨と4種類あるらしい。
     背中を毛繕うときも、しなやかに嘴で背中をつつく。多種の骨をもつ鳥類だからかもしれない。
     その鳥類が囀るとき、しなやかな骨格全てを使うのだ。
     なんと美しき骨格の角度なのだろう。
    「さへづりや」と詠嘆したことで、鳥を特定せず鳥類全体の美しい骨格を表していて、とても清々しい一句だ。
       
    (鑑賞:更紗 ゆふ)
    (出典:俳句新聞『いつき組』14号)

  • 山羊の乳のんで春愁そだてたり  夏井いつき

    季語
    春愁
    季節
    三春
    分類
    人事
    鑑賞

     母は年老いてから、よく故郷の話をするようになった。生まれた時から東京育ち。みたいに振る舞い続けていたのに、「おばあちゃまは、お乳の出が悪かったからね。私も叔母様たちも山羊のお乳を飲んで育ったのよ。あの頃の小さな農家には牛乳なんて贅沢品だったもの。」なんて聞かされた時には、母や叔母たちや、早逝してあまり記憶に無い祖母や、寡黙な祖父が愛しくてたまらなくなったものだった。もうみんな天に召されてしまった。今、北イタリアの小さな村のホテルで山羊の乳を飲んでいる。母は三月に生まれて三月に死んだ。
     山羊の乳は臭いと聞いていたけれど、このホテルのは臭くない。何だかがっかりだ。その臭気が強いほど、春愁めいた懐かしさが募っていく気がする。私はもっと春の切なさを噛みしめたいのだ。
       
    (鑑賞:ラーラ)
    (出典:俳句新聞『いつき組』2号)

  • つながれぬ手は垂れ末黒野の太陽  夏井いつき

    季語
    末黒野
    季節
    初春
    分類
    地理
    鑑賞

     裸の句である。隠れる場所もない広大な末黒野で、今や偽ることもできず剥き出しの心で立ち尽くす二人を、太陽が酷薄に照らし出す。晒し者にするとさえ言ってよい。ゆえに、掲句に修辞などない。ありのままに定型を逸脱しながら、座四は日輪でもお日様でもなく、「太陽」である。
     野は焼かれたのだ。二人は再び手を取り合うことはないが、同じ太陽を見ており、決して忘れることはないだろう。それぞれに、新たな命の予感に戸惑いながら。
       
    (鑑賞:彼方ひらく)
    (出典:句集『伊月集 梟』)