株式会社 夏井&カンパニー

夏井いつきの一句鑑賞

  • 子の恋よ水鳥の白まぶしみて  夏井いつき

    季語
    水鳥
    季節
    三冬
    分類
    動物
    鑑賞

     川、池、湖…どの風景と解釈してもいいだろう。鳥の種類を具体的に書かずあえて「水鳥」とおおまかに書いているのは、水鳥を遠くに望んでいる景であることを伝えたかったのだろう。夏井の句は、季語の核になるニュアンスをおさえつつ、それを乗り越えようとする。この句を支えているのは実は水鳥ではなく、「子の恋」である。水鳥は脇役だからこそ静けさを演出し、活きている。「白」だけではまだ幼くてはじまったばかり(そしてすぐ終わるかもしれない)恋のメタファーと捉えるとやや常套的かもしれないが、「子の恋よ」と、「や」ではなく「よ」と切れを作ることで、微笑みながら我が子を見つめるまなざしが「白」と響き合うのだ。
    (鑑賞:黒岩徳将)

  • 善玉のほうの狐火連れてくる  夏井いつき

    季語
    狐火
    季節
    三冬
    分類
    地理
    鑑賞

    私の祖母は狐火を見たことがある。夕暮れ時、道の向こうからゆらゆらと近づいてくる火の玉を、思わず立ち尽くして見送ったそうだ。さて、掲句の人物が連れてきたのは「善玉」の狐火。古くから狐火はキツネが人を化かすために変化したものと言われるが、この句の狐火の真意は何なのか。もし悪玉の方を連れてきたら、一体どうなってしまうのか……。想像は尽きない。おどろおどろしい季語を詠みながらもどこか温かみを感じるところに、作者の人柄が表れているような気がしてならない。祖母はその炎の美しさに恐怖心を忘れて見とれたというから、きっと祖母が出会った狐火は「善玉」だったのだろう。「絶滅寸前季語辞典」(2010)所収。
    (鑑賞:長谷川凜太郎)

  • 裸木のために青空つめたくす 夏井いつき

    季語
    裸木
    季節
    三冬
    分類
    植物
    鑑賞

    裸木は、裸であるからこそ美しい。裸の木に、つい夕陽の花を咲かせたり、星を飾りたくなってしまうのは、安易な優しさなのかもしれない。花や葉があれば良くて、花も葉もない枯木は可哀想という考えは、優しさの裏に、差別を生むことがあるのかもしれない。裸木に「青空のつめたさ」を与えるという清々しさ。枯木ではなく、裸木という言葉から、潔く前向きな逞しさも感じられる。裸になってもなお凛として枝を伸ばす冬木には、目の覚めるような美しい青空があればいい。そしてその真っ青な空は、さらにつめたくあればいい。本当の優しさについて、私はこの句から、そして作者の様々な活動から、学ばずにはいられない。
    (鑑賞:香野さとみ)

  • この団栗ドナルド・キーン氏に似たり 夏井いつき

    季語
    団栗
    季節
    分類
    植物
    鑑賞

    指示代名詞「この」で俳句がスタートすることで、主体が団栗を拾うその瞬間に立ち会ったかのような錯覚を覚える。自身の名前の表記を変えるほど日本を愛し、研究するドナルド氏と、眼前の団栗を重ね合わせることで、彼が日本に来てくれたことへの喜びを伝える。これこそ夏井流のおもてなしだ。「氏」の一字から、ドナルド氏へのリスペクトを忘れない作者の人物像もうっすら想像できる。「似たり」と「けり」ではなく、「たり」を用いて表現したことで、団栗をしげしげと眺める人の優しい眼差しも見える。すべての語が強い効果を持ち、他の語を邪魔しない。上六も、固有名詞も、俳句的には荒技だが、技術を悠々と使いこなして想いを伝えている。

    (鑑賞:黒岩徳将)