株式会社 夏井&カンパニー

野茨の雫をためるための棘  夏井いつき

季語
野茨
季節
初夏
分類
植物
鑑賞

 雨上がりの香気をもとめて、茂みの奥へと足をのばした。人のいないところに行きたかった。
 左へ回り込んだ時、ふいに濃い緑の塊に出くわした。野茨だった。
 ひしめくように絡みあう枝も、白い花びらも、すべてが滴っていた。てらいなく泣き濡れたそのさまに惹かれ、顔を寄せた時、葉の下の棘が、ぽこぽこと雫をたたえて連なっているのが見えた。
 他を遠ざけるための、棘。それが今、懸命に雨水を抱きとり、雨と土と緑と花と、ありとある香気をあつめ凝縮し、まろげて、陽が仕上げのひかりをほんのかすか、灯していた。不規則に連なる棘たちは、たった今、世界を歓迎していた。
 耐えきれず、私の頬から雫が滴った。わたしの、棘。
(鑑賞:遠音)
(出典:句集『伊月集 梟』)